第2章ー⑧ ――生きる道の途中
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
夜明け前。
廃都市を抜け、岩肌の多い荒野へと入った頃、
αチームの車両はようやく速度を落としていた。
遠くに、追撃の兆候はない。
「……一旦、休憩だ」
バルカの声に、全員が小さく息を吐いた。
車両を岩陰に停め、
最低限の偽装を施す。
静けさ。
戦闘の後に訪れる、
短く、貴重な時間。
ロゼッタは、車両の外に降り、
夜明けの空を見上げていた。
薄紫から、淡い橙へと変わる空。
闘技場では、決して見なかった色。
「……綺麗」
ぽつりと零れた声。
ベルベットが、隣に立つ。
「初めて?」
ロゼッタは、ゆっくり頷く。
「朝焼。
観戦席は、屋根が在った」
「勝っても、
空は見えなかった」
ベルベットは、何も言わず、
同じ空を見る。
少し離れた場所では――
ドグとモヒカンが、車両の後部を占領していた。
「……で」
モヒカンが、巨大な工具箱を開けながら言う。
「本当に作る気か」
ドグは、目を輝かせている。
「当然」
「素材は十分」
「精度は落ちるが――
使える右手は出来る」
モヒカンは、ロゼッタの方をちらりと見る。
彼女の右腕は、肘から先が無い。
包帯の下に、空白だけが残っている。
「……ガキに、重過ぎねぇか」
「大丈夫」
ドグは即答した。
「この子、
骨格と筋反応が異常に良い」
「調整すれば、
違和感は最小限で済む」
モヒカンは、鼻で笑う。
「イカれてやがる」
「褒め言葉として受け取るよ」
作業が始まる。
廃材。
旧式車両の部品。
倉庫から持ち出したサーボ。
即席だが、
手抜きは一切ない。
ロゼッタは、少し離れたところから、
不安そうに見ていた。
それに気づき、
モヒカンが声を掛ける。
「おい」
「来い」
ロゼッタは、恐る恐る近づく。
「……私の?」
「ああ」
モヒカンは、工具を止めずに言う。
「右手だ」
一瞬、ロゼッタの表情が固まる。
「……動く?」
ドグが、にこやかに答える。
「動く」
「掴める」
「拳も握れる」
「完璧では無いが――
生きるには十分だ」
ロゼッタは、少し俯く。
「……痛い?」
ドグは、手を止め、
真剣な顔で答えた。
「多少」
「だが、君は耐えられる」
「……私は、知っている」
モヒカンが、低く言う。
「無理なら、止める」
「選ぶのは、
お前だ」
ロゼッタは、しばらく考え――
そして、はっきり言った。
「欲しい」
「私、
また、掴みたい」
「武器では無くても良い」
「誰かの手を」
その言葉に、
一瞬、空気が止まった。
ベルベットが、目を伏せる。
バルカは、静かに頷いた。
「……続けろ」
作業は、数時間に及んだ。
そして――
完成。
粗削りな金属の義手。
だが、指は一本一本、
丁寧に作られている。
ドグが、慎重に装着する。
「……神経接続、開始」
一瞬、ロゼッタの身体が強張る。
「……っ」
歯を食いしばる。
だが――
悲鳴は上げない。
「……大丈夫」
「我慢出来る」
やがて。
「……動かしてみて」
ロゼッタは、
恐る恐る――
右手を、動かす。
指が、震えながら開く。
そして――
ゆっくりと、握られる。
「……!」
ロゼッタの目が、見開かれる。
「……動く」
もう一度。
握る。
開く。
「……本当に、動く」
その瞬間。
彼女は――
笑った。
声を上げて。
「凄い……!」
「私、
右手が在る……!」
闘技場で見せた勝利の笑みでも、
生存のための笑顔でもない。
ただの――
子供の笑顔。
モヒカンは、照れたように鼻を鳴らす。
「……似合ってるぜ」
ドグは、満足そうに頷く。
「調整は必要だが――
良い出来だ」
ベルベットが、そっと言う。
「ロゼッタ」
「それで、
何を一番最初に掴みたい?」
ロゼッタは、少し考え――
ベルベットの手を、そっと握った。
「……人の手」
「温かいから」
ベルベットの喉が、わずかに詰まる。
バルカは、その光景を見て、
心の中で静かに思った。
――この旅は、
もう後戻り出来ない。
だが。
ロゼッタの笑顔を見て、
誰一人、
それを後悔する者はいなかった。
車両は、再び動き出す。
朝焼の中を、
ゆっくりと。
少女は、
新しい右手を握りしめながら――
初めて、
「生きる道の途中」を歩いていた。
第2章ー⑨ へ続く
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