第2章ー⑥ 異変
前回の続きです。少しシリアス回です。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
逃走は成功していた。
駐屯地を抜け、崩れた外周路を越え、
廃都市の影へと車両が滑り込んだ頃には、
帝国兵の追撃音は、ようやく遠のいていた。
エンジンを落す。
静寂。
耳鳴りのような余韻だけが、車内に残る。
「……はあ」
ベルベットが、深く息を吐いた。
「何とかなったなぁ」
「当たり前だろ」
モヒカンが肩を回す。
「俺が運転してんだからよ」
「いや、それは信用ならない」
「なんだと!?」
そんなやり取りの最中――
誰も、すぐには気づかなかった。
ロゼッタが、一人で起き上がっていたことに。
さっきまで、あれほど震えていた身体。
毛布にくるまり、座席に縮こまっていた少女が、
今は、車両の床に足を下ろして立っている。
「……?」
ドクが、最初に気づいた。
「君……大丈夫?」
ロゼッタは、ゆっくりと頷く。
「……うん」
声はまだ小さい。
だが、はっきりしている。
彼女は、自分の左手を見つめていた。
指先。
手のひら。
まるで、初めて自分の身体を確かめるように。
「さっき……」
ロゼッタが言う。
「……あったかかった」
「……あったかい?」
ベルベットが、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「どこが?」
ロゼッタは、胸のあたりを、そっと押さえた。
「ここ……」
「ずっと、冷たかったのに……」
一瞬、車内の空気が変わった。
バルカは、何も言わずに彼女を見ている。
だが、その目は、依頼対象を見る目ではない。
観察者の目だ。
「……ドク」
低く、短く。
「さっきの戦闘ログ、確認できるか」
「もう見てるよ」
ドクは端末を操作しながら、眉を上げる。
「おかしいんだ」
「車両が被弾した瞬間、
一瞬だけ……エネルギー反応が跳ねた」
「兵器じゃない」
「車内からだ」
視線が、自然とロゼッタへ向かう。
「……この子が?」
ベルベットが、冗談めかして言いかける。
「まさかね」
だが、笑えなかった。
モヒカンが、腕を組む。
「……俺の勘だが」
「このガキ、
普通の怖がり方じゃなかった」
「さっき叫んだ時――
あれ、逃げる声じゃねぇ」
「“立つ”声だった」
ロゼッタは、その言葉を聞いて、きょとんとする。
「……?」
ベルベットは、柔らかく微笑んだ。
「ねえ、ロゼッタ」
「キミ、さっき……
どうして叫んだの?」
ロゼッタは、少し考える。
言葉を探すように、
指先を、ぎゅっと握る。
「……わからない」
「でも……」
少しだけ、視線を上げる。
「……もう、
動けないのは、いやだった」
その言葉は、
子供のものなのに――
妙に、重かった。
バルカは、そこで初めて、しゃがみ込む。
目線を下げ、
静かな声で言った。
「ロゼッタ」
「君は、戦ったことがあるか」
一瞬の沈黙。
ロゼッタは、ゆっくりと頷く。
「……たくさん」
「……勝たないと、
だめだった」
モヒカンが、歯を噛みしめる。
「……クソが」
「こんな小せぇ身体でか」
ベルベットは、そっとロゼッタの肩に手を置いた。
「もう、無理に話さなくていい」
「でも」
微笑みながら、はっきり言う。
「ここでは、
君は独りじゃない」
ロゼッタは、その手を見つめる。
逃げない。
拒まない。
ただ、触れられている。
それだけで、
胸の奥が、また少し熱くなる。
「……ありがとう」
その言葉は、かすれていたが、
確かに届いた。
ドクが、端末を閉じる。
「ねえ、バルカ」
「この子……
多分、何か“起きかけてる”」
「完全じゃない」
「でも――
火種は、はっきりある」
バルカは、ゆっくりと立ち上がった。
「……ああ」
「私も、そう思う」
そして、はっきりと言う。
「αチーム」
「この任務は、
単なる奪還じゃなくなった」
モヒカンが、ニヤリと笑う。
「だな」
「面白くなってきやがった」
ロゼッタは、そのやり取りを、よく分かっていない。
それでも――
この人たちが、
自分を“物”として見ていないことだけは、
はっきり分かった。
胸の奥で、
小さな火が、静かに燃え続けている。
まだ弱い。
でも、消えない。
そしてαチームは、
同時に理解し始めていた。
この少女は――
戦争に巻き込まれた子供ではない。
戦争そのものを、変えてしまうかもしれない存在だと。
第2章ー⑦へ続く
ロゼッタの口調が弱々しいのは、スパルタカスコードが無くなったためです。
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