第2章ー⑤ 倉庫の中の光
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
倉庫の扉の外では、帝国兵の足音が増えていた。
重装甲の靴底が、規則正しく床を叩く音。
包囲は完成しつつある。
だが、倉庫の中に漂う空気は――奇妙なほど、落ち着いていた。
「……よし」
モヒカンが袖をまくる。
「時間はねぇが、
やることは決まってる」
彼は旧式の軍用車両の前に立ち、
埃を手で払った。
外装は錆び、エンジンは沈黙している。
だが、骨格は生きている。
「この車、
骨はいい」
低く、職人の声。
「動かねぇ理由は、
大体わかる」
バルカが頷く。
「昔と同じだな」
二人の間に、言葉はいらなかった。
かつて、もっと劣悪な状況で、
もっと無茶な改造をした記憶が蘇る。
「ベルベット、
外の様子は?」
『完全に包囲』
ベルベットは倉庫の隙間から外を見ている。
『でも、突入はまだ。
“生け捕り命令”だね』
「ありがたい」
バルカはそう言ってから、ロゼッタの方を見る。
少女は、倉庫の隅で膝を抱えていた。
目は覚めている。
だが、まだ何も言わない。
「……怖いか?」
バルカは視線を感じ取り、ロゼッタの前にしゃがむ。
目線を、意図的に低くする。
「……名前は?」
一瞬、ロゼッタの肩が跳ねた。
聞かれると思っていなかった。
番号でも、識別コードでもなく。
「……ロゼッタ」
かすれた声。
それでも、はっきりとした音。
「ロゼッタか」
バルカは、ゆっくり頷いた。
「私はバルカ。
こっちは――」
「モヒカンだ」
横から、ぶっきらぼうな声。
「ベルベット」
軽く手を振る男。
「ドクだよ」
楽しそうに微笑む作業着の男。
ロゼッタは、戸惑いながらも一人ずつを見る。
「……どうして」
小さな声。
「どうして……助けるの?」
倉庫の音が、一瞬だけ遠のいた。
バルカは、少し考えてから答える。
「理由はいくつもある」
「でも、一番は――」
彼は、真っ直ぐに言った。
「君が子供だからだ」
ロゼッタの指が、きゅっと握られる。
モヒカンが、作業の手を止めずに言う。
「子供を兵器にする国は、
俺の敵だ」
それは、怒りではなく、
決意の声だった。
ベルベットが、柔らかく続ける。
「それに、君は“荷物”じゃない」
「人だよ」
ドクは工具を鳴らしながら、ちらりと視線を向ける。
「今日は、実験じゃない」
「脱出の日だ」
ロゼッタは、しばらく黙っていた。
信じていいのか、わからない。
でも――
誰も、彼女に触れない。
誰も、命令しない。
誰も、値踏みしない。
工具が鳴る。
モヒカンは車両の下に潜り込み、
廃材の金属パーツをエンジン部に組み込んでいく。
「燃料ライン、作り直す」
「点火系、こっちに回せ」
「外装は……いらねぇ、剥がす」
ベルベットが弾薬箱を引きずってくる。
「これ、使える?」
「使えるどころか、
使い倒す あんがと」
ドクが即答し、弾薬を分解し始める。
「信管を変えて……
圧力式にして……
はい、即席兵器」
倉庫の一角に、
粗雑だが凶悪な装置が並び始める。
投擲用の爆薬。
車載用の簡易砲。
照明弾を改造した目潰し装置。
「……」
ロゼッタは、その様子を見つめていた。
――この人たちは、怖がっていない。
それに気づいた瞬間、
胸の奥が、わずかに緩んだ。
モヒカンが、ふと気づいて声を落とす。
「……おい」
彼は、工具を置き、ロゼッタの前に膝をついた。
大きな体。
荒い顔。
だが、声は不器用なほど優しい。
「耳、塞ぎたくなったら塞げ。
デカい音が出る」
ロゼッタは、少しだけ驚いた顔をしてから、
そして、ゆっくり首を振った。
「……大丈夫」
それを聞いて、モヒカンは一瞬だけ目を見開き、
それから視線を逸らす。
「……強ぇな」
ベルベットが、彼女の肩にそっと毛布をかける。
「寒くなるかもしれないから」
「逃げる時は、揺れるよ」
ロゼッタは、毛布をぎゅっと掴んだ。
「……ありがとう」
その言葉は小さかったが、
確かに届いた。
ドクは、ちらりと見て言った。
「……心配しなくていいよ」
その言葉に、
ロゼッタの口元が、ほんの少しだけ動いた。
――笑った。
ドクが、工具を止め、ぽつりと呟く。
「……こういうの、嫌いじゃないな」
それを見て、バルカは静かに立ち上がる。
「よし」
外では、帝国兵の拡声器が鳴り始めた。
「内部の者へ――
武装解除し、投降せよ」
バルカは立ち上がり、ロゼッタを見る。
「怖くなったら、
俺たちの後ろにいろ」
「――いや」
彼は、はっきりと言い直す。
「俺たちの ”中” にいろ」
ロゼッタは、ゆっくりと頷いた。
倉庫の中で、
エンジンが目を覚ます。
それは、逃走の音であり、
同時に――反撃の狼煙であった。
第2章ー⑤へ続く
改造シーンもお約束ですよね。毎回ワクワクしながら見てました。
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