第1章ー㉕ 俺の “患者”
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
荒れ果てた廃都の中心部。
ひび割れた舗装も、崩れ落ちた高層建築の影も、今はただ“静寂”そのものだった。
ロゼッタの身体は、皇帝の必殺の一撃で右腕を失い、他の箇所も無事な部分はほとんどない。
だが、それ以上に致命的だったのは──胸奥に宿っていたスパルタカスの「魂」が消え失せてしまったことだった。
さっきまで耳の奥で怒鳴りつづけていた、あの荒々しい声。
戦いを支え、動きを導き、彼女の全身を“戦闘の鬼”へと変貌させていた魂は……皇帝との精神領域戦の末、砕かれ、5つに分裂して世界へ四散した。
『生きろよ。いいかロゼッタ……死んだ時点で、剣闘士は“負け”なんだよ──』
その最後の言葉を残して、彼の存在は風にちぎられた紙片のように散っていった。
ロゼッタの視界はまるで薄暗い淵の中に沈められたかのようだった。
意識は空洞だ。
全身の制御モジュールは沈黙し、動くべき筋繊維は命令を受け取れず、ただ虚無のまま機械音を鳴らすのみ。
そんな彼女に──皇帝が歩み寄ってくる。
黒い鎧が鳴らす重い金属音は、都市全体の静寂を裂きながら、刻々と距離を詰めてきた。
胸に輝く帝国紋章は、血のような赤。
皇帝のオリジン・コアが作り出す威圧感は、先ほどまで闘技場で感じていたものの数倍に膨れ上がっていた。
「──なるほど。魂は奪いそこねたが……“器”は残ったか」
ロゼッタの前で皇帝が立ち止まり、静かに呟く。
「元剣闘士としては惜しいが、実験体としての価値は依然として高い。
スパルタカスの核を保持していた身体…… ”あやつ” が喉から手が出るほど欲しがるだろう」
皇帝の声には一切の激情がなかった。
ただ純粋に、“強さ”を渇望する者としての合理性だけがあった。
皇帝は右手をわずかに掲げる。
周囲に円陣を作っていた親衛隊が、無言で歩み寄ってくる。
彼らの動きには迷いがひとかけらもない。
皇帝が最強の剣闘士であったからこそ、親衛隊には“剣闘士上がり”が集められていた。
絶対の忠誠を誓い、皇帝の命令は絶対の律法だ。
「連れていけ」
ロゼッタの身体は地面に片膝をついたまま、動かない。
戦う意思も、防ぐ力も、そこにはもう存在しなかった。
──その瞬間。
廃ビルの裏影から、鋭いエンジン音と金属が跳ねる衝撃音が響きわたった。
“ガンッ!!”
皇帝の親衛隊の一人が、横から吹き飛んだ。
煙を上げながら滑り込んできたのは──
薄汚れた外装の、しかし異常なほどカスタムされた整備士用の装甲車だ。
車は地面に火花を散らしながら横滑りし、ロゼッタの前にぴたりと停止した。
扉を蹴り開け、そこから現れた男が叫ぶ。
「──触るなァ!! そいつは俺の “患者” だ!!」
声の主は、ホーゲル。
ボロい分厚いコートの裾を翻し、手には巨大な修復ハンマーと携行型シールド。
普段はひょうひょうとしている彼の顔が、今は怒気と焦りに染まっていた。
「おいロゼッタ……! まだ終わってねぇだろ……!
立てなくたって、声が出なくたっていい……生きて帰るんだ……!」
ロゼッタの目の焦点は合わず、呼びかけに応えられない。
その様子に、皇帝は少しだけ首を傾げた。
「……貴様か。
なるほど、逃亡時にロゼッタを護送した男だな。
だが、抵抗は無意味だ。
器は我が帝国に回収される」
ホーゲルは震える息を整え、皇帝をにらみつけた。
「……悪いけどな。
俺は一度診た患者を、化け物の材料に差し出すつもりはねぇんだよ」
皇帝がわずかに目を細める。
その視線一つで、空気が刃のように冷たくなる。
対してホーゲルは、震えながらもロゼッタの前に一歩進み、盾を構えた。
まるで──ボロボロの少女を守る、人間の最後の意地のように。
その刹那、廃都の風が強く吹き抜け、粉塵が舞い上がる。
ロゼッタの魂は空っぽ。
スパルタカスの核も、散り散りになって失われた。
そして皇帝は“器”を狩りにきた。
ホーゲル一人では到底敵わない。
それでも、彼は前に立った。
第1章ー最終話へ続く
力を失ったロゼッタを守るためにホーゲルは彼女の前に立ちます。その結末は
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