第6章ー45 感謝される仕事
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
三つ首の巨体は、廃工場のコンクリートの上に横たわっていた。
ケルベロスの血がゆっくりと広がり、鉄と獣の匂いが辺りに漂う。
リコリスはハルバードの刃を布で拭きながら、その巨体を見上げた。
「なぁ」
軽く顎でケルベロスを示す。
「討伐したら、素材を売ったり、武器防具に使ったりするんだろ?」
二人を見る。
「このデカブツどうするんだ?」
ダリアが肩をすくめる。
「さすがにこれは俺達だけじゃ無理だな」
その横でオルレアがすでに通信端末を取り出していた。
手際よくギルドの回線を開く。
「こちら依頼番号C-17。討伐完了」
少し間を置く。
「本来の依頼とは別の個体と遭遇。これを討伐」
「対象は三つ首の大型変異体」
ダリアが苦笑する。
「新人向け依頼でそれ報告すると、向こう驚くぞ」
オルレアは淡々と続けた。
「体長約四メートル。重量推定一トン以上。現地解体は困難」
通信の向こうで何か言われたらしい。
「ええ、搬送車をお願いします」
通信を切る。
「回収班が来るって」
リコリスが感心したように口笛を吹いた。
「へぇ」
巨大な死体を蹴ってみる。
ドスッ、と鈍い音がする。
「確かにこれは運ぶしかねぇな」
ダリアが笑う。
「牙、骨、皮、全部高く売れる」
ケルベロスを見下ろしながら言う。
「特に大型種は人気らしいぞ」
オルレアが補足する。
「牙は武器素材。骨は装備の芯材。皮は防具」
「爪も加工できる」
リコリスが目を細める。
「なるほどな」
少し黙る。
廃工場の風が吹き抜ける。
遠くで鉄板が揺れてカン、と鳴った。
その沈黙のあと。
リコリスがぽつりと言った。
「ハンターって」
少し笑う。
「面白ぇな」
ダリアが振り返る。
「だろ?」
リコリスは素直な顔をしていた。
「戦って、金もらって」
ケルベロスを見る。
「しかも獲物は丸ごと資源」
肩を回す。
「剣闘士よりよっぽど理にかなってる」
ダリアは少し考えてから言った。
「俺達もさ」
遠くの街の方向を見る。
「結構この仕事、性に合ってると思ってる」
リコリスが眉を上げる。
「ほう?」
ダリアは笑った。
「剣闘士の時と違うんだよ」
少しだけ真面目な顔になる。
「俺達の仕事ってさ」
街を指さす。
「誰かの役に立ってる」
オルレアも小さく頷く。
「変異体を倒せば、街の被害が減る」
「商人も農地も守られる」
リコリスは黙って聞いていた。
ダリアが続ける。
「依頼終わるとさ」
笑いながら言う。
「ありがとうって言われるんだよ」
「最初は慣れなかった」
オルレアが静かに言う。
「剣闘士の時は」
少しだけ目を伏せる。
「歓声はあったけど」
「感謝じゃなかった」
リコリスはしばらく黙っていた。
風が三人の間を通り過ぎる。
そして。
小さく笑う。
「なるほどな」
ハルバードを肩に担ぐ。
「悪くねぇ」
少し遠くを見る。
「戦って」
「誰かに喜ばれる」
ふっと息を吐く。
「そんな事……」
「俺は初めてだ」
ダリアがニヤリと笑う。
「だろ?」
その時だった。
遠くからエンジン音が響く。
ゴォォォ……
オルレアが振り向く。
「来たわね」
廃工場の道の向こうから、重装甲の大型トラックが数台近づいてくる。
ギルドの回収班だ。
ダリアが肩を回す。
「さて」
笑う。
「新人初依頼」
ケルベロスを見る。
「大当たりだったな」
リコリスが笑った。
「最高の初仕事だ」
巨大な怪物の死体の前で、三人は立っていた。
ハンターとしての――
最初の戦果の前に。
重装甲の大型トラックが廃工場の敷地に入ってきた。
タイヤが砕けたコンクリートを踏みしめ、重い音を立てて停止する。
扉が開き、数人の回収班が降りてきた。
彼らは作業服に簡易装甲を付け、解体用の工具や測定器を持っている。
長年この仕事をしているのだろう、皆落ち着いた雰囲気だった。
しかし――
ケルベロスの死体を見た瞬間、その空気が変わった。
「……おい」
一人が思わず声を漏らす。
「デカいな」
ゆっくり近づきながら、目を見開く。
「通信を受けた時、正直信じられなかったが……」
巨体を見上げる。
「これは報告よりもデカいぞ」
別の男が首の断面を覗き込む。
「これ……バイオドッグだろ?」
仲間を見る。
「変異種だとしても三つ首なんて聞いたことないぞ」
さらに別の班員が、周囲を見渡して眉をひそめた。
「……待て」
地面を確認する。
血痕、足跡、戦闘の跡。
しかし――
「銃弾の跡がない」
壁を見る。
「爆発痕もない」
ケルベロスの首の断面にしゃがみ込み、じっと見つめる。
「切断跡……」
ゆっくり立ち上がる。
そして三人を見る。
「……まさか」
信じられないという顔で言う。
「近接だけでやったのか?」
ダリアが肩をすくめる。
「まぁな」
リコリスが笑う。
「銃なんて持ってねぇし」
回収班の何人かが顔を見合わせた。
「三人で……」
「これを……?」
一人が深く息を吐く。
「信じられん」
すぐに真面目な顔になる。
「しかし、これはマズいな」
通信機を取り出す。
「本部、聞こえるか」
短く報告する。
「廃工場地区Eブロック」
ケルベロスを見上げる。
「大型三頭型変異体を確認、討伐済み」
少し間。
「繰り返す、大型三頭型だ」
声が低くなる。
「危険度を上げる必要がある」
通信の向こうがざわついているのがわかった。
班員は続ける。
「至急この地区のランクを再評価」
「低ランクハンターの立ち入りを一時禁止に」
通信を切る。
そして三人の方へ向き直った。
先ほどまでの驚きとは違う表情だった。
真剣で、少しだけ敬意が混じっている。
「助かった」
ゆっくり言う。
ケルベロスを見る。
「もしあんたらがこれを倒してなかったら」
街の方角を指す。
「ここに来る低ランクのハンターが何人も死んでた」
「こいつなら、中堅クラスでもあぶねぇかもな」
ダリアは軽く笑う。
「そりゃ良かった」
オルレアは淡々としていた。
「それがハンターの仕事だから」
リコリスは少しだけ驚いた顔をしていた。
剣闘士の時とは違う。
歓声でも、賭けでもない。
ただの一言。
助かった。
その言葉を、しばらく噛みしめていた。
やがて小さく笑う。
「助かった……か」
回収班は作業を始めていた。
巨大なチェーンをかけ、クレーンでケルベロスを吊り上げる。
鋼鉄が軋む音が廃工場に響く。
班員の一人が言った。
「この素材、かなりの値がつくぞ」
ダリアがニヤリとする。
「聞いたか?」
リコリスを見る。
「初仕事、大当たりだ」
リコリスはハルバードを肩に担ぎながら笑った。
「ハンターってのは」
空を見上げる。
「思ってたよりずっと面白い仕事だな」
廃工場の空に、クレーンの音が響いていた。
続く
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