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第1章ー㉔ どんなにあがいても、生きろ

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。

少し長めになってますがお楽しみください

右腕を失ったロゼッタの身体が、突然、石像のように硬直した。

筋肉が凍りついたように動かず、赤い視界が暗転していく。


【おい……ロゼッタ? オィ……?】


スパルタカスの声が、初めて混じりけのない焦りを帯びた。


【……クソ……身体が……止まってやがる……!】


皇帝が片方の手をロゼッタへ向けて掲げていた。

指の一本一本がゆっくりと開き、重い鎖が引きちぎれるような音が精神に響く。


「やはり……“覚醒体”は違う。

反応速度も、意識の密度も、他の個体とは比べ物にならん。」


皇帝の手がロゼッタの額の前で止まり、

黒い光が指先に滲み始める。


「だがその肉体……今は私の“制御領域”に入った。」


ロゼッタの意識世界が、突然、泥のように沈み込む。

現実の廃都市が、ざらつく砂の線となって溶けていく。


【オイ……来るぞロゼッタァ!

そいつ……直接こっちへ手ェ突っ込んでくる!!】


スパルタカスが叫ぶのと同時に——


皇帝の黒い指が“意識世界の天井”を破って差し込んできた。



精神領域は暗い地下闘技場のようだった。

赤黒い砂地、天井はなく、空間は果てしなく広い。

その中心に、ロゼッタとスパルタカスの意識が佇んでいる。


スパルタカスの姿は、古代の剣闘士を思わせる巨体。

筋繊維がむき出しで、顔は炎のように揺らいでいた。


【来やがったなァ……化け物野郎。】


天井が破れ、“黒い裂け目”がゆらりと降りてくる。

そこから現れたのは、肉体ではない“皇帝の意識の影”。


巨大で、冷たく、そして異常なほど静か。


皇帝の影は言った。


「スパルタカス。

お前の覚醒意識……私に渡す。」


【アァ? ナメやがって……

てめェみてぇな“鎧の亡霊”に、俺の魂がくれてやるかよ!】


スパルタカスが地を踏み鳴らすと、精神世界の砂が爆ぜる。

その腕が巨大な斧のように膨れ上がり、皇帝の影へと叩き込まれた。


衝撃は世界を揺らし、赤い空が雷のように裂けた。


だが——

皇帝の影は揺るがない。


まるで風に触れただけのように、黒い煙を揺らしただけだった。


次の瞬間。


皇帝の影が、スパルタカスの腕を素手で掴んだ。


【なッ……!?】


黒い焼き印のような紋様が、掴まれた腕から広がっていく。

数秒で筋繊維が腐食し、赤い火花が散って消えた。


「強い。

だが……“核”が未熟だ。」


皇帝の影は、スパルタカスを地面に叩きつけた。

精神世界が地震のように揺れ、ロゼッタは吹き飛ばされる。


【クソッ……ロゼッタ! 下がってろ!!

こいつ……ただの化け物じゃねぇ……!!

“オリジン”が本気で取りに来てる!!】


皇帝の影が、無音でスパルタカスの背後に回る。


巨大な手が、炎のように揺らめくスパルタカスの頭部へ伸び——


その指先が、核心へ触れようとしていた。


「スパルタカス。

お前の“覚醒人格”……

私の中で、ようやく完全体となる。」


ロゼッタは叫ぼうとするが、声にならない。

現実の肉体が麻痺し、精神の声すら封じられている。


【……ロゼッタ……すまねぇ……

少しだけ……時間稼ぐ……!】


スパルタカスが最後の力を振り絞り、皇帝の影を押し返す。


【オイ、皇帝……

テメェに譲る気は一欠片もねぇ。】


【俺はな……

“戦う奴の心”に宿る。

てめぇみてぇに、ただ強さしかねぇ奴の中で……

燃えられっかよ!!】


力強い咆哮。


精神世界の砂嵐が巻き起こり、ロゼッタの視界が赤黒く染まる。


だが、皇帝の影は微動だにしなかった。


「ならば……奪うまでだ。」


皇帝の手が、スパルタカスの“意識核”へと触れた。


世界が、静かに、そして深く、崩れ始めた。


皇帝の影の指先が、スパルタカスの“意識核”へ触れる。

深紅の火が凍り、精神世界が軋む。

ロゼッタの身体は硬直したまま、声すら出せない。


スパルタカスの巨体が、押し潰されるように沈む。


【……クソ……ッ……!】


皇帝の低い声が響く。


「終わりだ、スパルタカス。

その意識を——私の力とする。」


黒い指が、“核”を引き抜こうとする。


精神領域そのものが悲鳴をあげ、

空が裂け、地が崩れ、ロゼッタの視界が白く飛ぶ。


その時だった。


スパルタカスが、ふっと笑った。


苦痛に歪んだ顔でもない。

絶望でも、怒りでもない。


長い戦いの中で、ただ一度だけ見せる“戦士の笑み”。


【……皇帝よォ……

ひとつ教えてやる……】


広大な精神世界の中心で、

スパルタカスの胸が赤黒く光り始める。


皇帝の影がわずかに後退した。


「……これは?」


スパルタカスが叫ぶ。


【“核”は……ひとつじゃねぇんだよ……!!】


瞬間、スパルタカスの意識核が五方向へ裂けた。


火花のように散るのではない。

それぞれが、ひとつの“人格”“魂”“戦意”として自律し、

全く違う色と熱を帯びて震え始める。


深紅の魂。

白火の魂。

黒鉄の魂。

琥珀の魂。

紫電の魂。


五つの“スパルタカス”が、同時に立ち上がった。


皇帝が低く呟く。


「……分裂……?

いや……これは——分岐体ブランチ……!」


スパルタカスは笑う。


【テメェに全部奪われるくらいならよォ……

世界に散らばってでも、生き延びてやるッ!!】


五つの魂が、轟音とともに精神世界の天井を突き破る。


皇帝の影が手を伸ばす。


「待て——!」


だが遅い。


魂は**“五つの方向へ”**飛び去った。

世界中へ。

まだ見ぬ地へ。



その瞬間、精神領域に残った“最後のスパルタカスの声”が、

ロゼッタへ向けられる。


優しい声ではない。

仲間の声でもない。

だが——

魂の底から絞り出される、戦士の本気の一言。


【ロゼッタ。

いいか、よく聞け……】


世界が崩れ、音が遠のく。


5つに別れたスパルタカスの声だけが、真っ赤な光となって心臓に焼き付く。


【生きろよ。

どんなにあがいても、生きろ】


【泥水をすすっても。

腐肉を食べてでも、耐えろ】


【生き残るために 

考えろ 工夫しろ 己を鍛えろ】


【勝てなくても。

逃げてもいい それは負けじゃない】


【どんなに強くても 名を残しても

 死んだ時点で……剣闘士は ”負け” だ】


そして5人の声が重なる


【あばよ また1つになって暴れようぜ

 その時までもっともっと強くなれ 剣闘士きょうだい


光が爆ぜ、精神世界が破壊される。


皇帝は掴み損ねた空間を見つめ、

面頬の奥で低く舌を打つ。


「……逃がしたか。」


ロゼッタは意識の海へ沈みながら、

胸の奥にまだ熱く燃えるスパルタカスの言葉を感じていた。


その熱が消えることは——二度となかった。


第1章ー㉕へ続く

今までより少し長めになりましたが、ご容赦ください。

読んでいただいてありがとうございます。ご意見ご感想お待ちしております。

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