表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
244/347

第6章ー22  湯治場にて

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。



興行翌日。


ダリアとオルレアは、ひどい状態だった。


顔には青黒い痣。

頬は腫れ、腕にはくっきりと打撲の跡。


マスクと衣装越しとはいえ、上級剣闘士だった二人が全力でぶつかったのだ。

無傷で済むはずがない。


だが、命に別状はない。


ギルドが治療費を全額負担し、専属医師の手当も受けた。

報酬も予想以上だった。


「……拳でこれだけ稼げるとはな」


オルレアが苦笑する。


「その分、痛いけどね」


ダリアは肩を回しながら答える。

まだ少し、軋む。


静養を兼ねて、二人は郊外の温泉宿へ向かった。


車が街を離れ、舗装された道が土道へ変わる。

澄んだ空気。

湯気が遠くからでも見える。


木造の立派な宿に着いた瞬間、二人は少し固まった。


「……でかいな」


「聞いてはいたが……」


案内され、暖簾をくぐる。


そして。


脱衣所の先。


視界が開ける。


湯気の向こうに広がる巨大な湯船。

岩組みの露天風呂。

天井の高い内湯。


二人は同時に立ち止まる。


「……なんだこれは」


「……湖か?」


初めて見る“巨大な湯”


戦場も闘技場も知っている二人が、素直に目を丸くしていた。


湯気がふわりと頬に触れる。

硫黄の匂い。


湯面がきらきらと揺れる。


「……入っていいのか?」


「そのために来たんだろう」


ぎこちなく湯に足を入れる。


「あっつ!」


「……いや、ちょうどいい」


慎重に、ゆっくりと肩まで沈む。


――沈黙。


数秒後。


「……」


「……」


そして。


「はぁぁぁぁ……」


完全に力が抜けた声。

肩の力が落ちる。


戦闘時には決して見せない表情。


湯が、じわじわと体の奥へ染み込む。

拳で殴り合った筋肉が、ゆるむ。


「……悪くないな」


「悪くない、どころじゃない」


ダリアは空を見上げる。


露天風呂の向こうの空。


静かだ。


歓声もない。

解説もない。

視線もない。


ただ湯の音。


オルレアがぽつりと言う。


「……俺たち、ちゃんと生きてるな」


ダリアは鼻で笑う。


「今さら何言ってる」


だが、その声は柔らかい。


剣闘士だった頃は、こんな時間はなかった。


常に次の試合。

次の勝負。

次の命。


今は違う。


自分たちの意思で休める。


湯の中で、ダリアが少しにやりとする。


「次は勝つって言ったな」


オルレアは目を閉じたまま答える。


「ああ。温泉上がりでも勝つ」


「言うな」


二人の笑いが湯気に溶ける。


戦士の休暇は、少し不器用で、少し静かで。


そして確かに、幸福だった。





湯から上がり、浴衣姿で廊下を歩くダリアとオルレア。


まだ体のあちこちに湿布が貼られている。

頬の痣も消えてはいない。


その姿は――正直、強面だ。


廊下の角を曲がった瞬間。


「……あ」


小さな声。


振り向くと、宿泊客の子供が三人。

湯上がりらしく、髪がまだ濡れている。


じっと見ている。


ダリアが眉をひそめる。


「……なんだ」


子供たちは一瞬びくっとするが、逃げない。


一番年上らしい少年が一歩前に出た。


「そのケガ、すごいね」


オルレアが苦笑する。


「まあな」


「ケンカしたの?」


ダリアとオルレアは顔を見合わせる。


少し考えて、ダリアが言う。


「……ちょっとした、殴り合いだ」


子供たちの目が輝く。


「やっぱり! 強い人だ!」


「お姉ちゃんたち、冒険者!?」


ダリアは口を開きかけて、少し迷う。


オルレアが肩をすくめる。


「まあ、そんなところ」


すると、別の小さな子がダリアの腕をつつく。


「つよいの?」


ダリアは少し困った顔をする。


「……そこそこだ」


「ウソだ! その傷ぜったい強い人のやつだもん!」


無邪気な断言。


ダリアは一瞬、言葉を失う。


剣闘士だった頃。


傷は“商品価値”だった。

観客を煽るための勲章。


だが今。


子供は、純粋に“強さ”として見ている。


「ねえ! どっちが勝ったの?」


沈黙。


ダリアがにやりと笑う。


「今回は、私だ」


オルレアが睨む。


「次は私だ」


子供たちは大盛り上がり。


「うわー! つよい人どうしだ!」


「どっちがもっとつよいの!?」


ダリアがしゃがみ、目線を合わせる。


「どっちも強い」


少し真面目な声。


「強いってのはな、勝った回数じゃない」


「立ち上がれるかどうかだ」


子供たちはぽかんとする。


オルレアが補足する。


「転んでも、また立つやつが強い」


一番小さい子がうなずく。


「ぼくも、きのうころんだけど、なかなかった!」


ダリアは思わず笑う。


「それは強いな」


子供たちは満足したのか、ぺこりと頭を下げて走っていった。


廊下に静けさが戻る。


ダリアは少しだけ遠くを見る。


「……ああいう風に見られるのは、悪くないな」


オルレアが頷く。


「見世物じゃなくて、“憧れ”か」


風が吹く。


温泉宿の庭から、湯気がゆらりと立ちのぼる。


ダリアがぼそっと言う。


「……剣闘士のままだったら、ああはならなかった」


オルレアは静かに返す。


「今は違う」


短い会話。


だが確かな変化。


遠くで子供の笑い声が響く。


戦士の休暇は、思いがけない形で、彼女たちの心も癒していた。






翌朝。


カーテン越しに柔らかな光が差し込む。


ダリアがゆっくりと目を開け、肩を回す。


……違和感が消えた。


昨日まで感じていた鈍い痛みが、明らかに軽い。


隣の布団からオルレアの声。


「……あれ?」


「どうした」


「腕、上がる」


二人は無言で腕を伸ばし、肩を回し、背中をひねる。


痣は残っている。

だが、芯に残っていた重さが抜けている。


「……温泉って、すごいな」


「ただの湯だと思ってたが」


半信半疑だった戦士たちが、素直に感心する。


朝風呂へ向かう。


湯気の立つ大浴場は、昨夜よりも静かだ。

朝の澄んだ空気の中、湯面が柔らかく揺れる。


ゆっくりと浸かる。


「あぁ……」


昨日よりも、体が素直に沈む。


筋肉が緩む。

呼吸が深くなる。


「戦う前に入りたかったな」


「それだと勝負にならん」


小さく笑う。


湯から上がり、朝食処へ。


焼き魚の香り。

炊きたての米。

スープの湯気。


豪快に戦う二人が、意外にもきちんと「いただきます」と手を合わせる。


そこへ女将が声をかけてきた。


「よく眠れましたか?」


「ああ。体が軽い」


ダリアが正直に答える。


オルレアも頷く。


「傷の痛みが和らいだ」


女将は、少し誇らしげに微笑む。


「この湯は昔からそう言われております」


「兵士や剣闘士が、傷を癒しに来ていたとか」


二人の箸が止まる。


「剣闘士が?」


「ええ。古い話ですが」


女将は続ける。


「この近くに、古代の湯治場の跡がございます」


「戦の後や試合の後、身体を癒すために使われていたそうですよ」


ダリアとオルレアは目を合わせる。


「……あるのか」


「歩いて行ける距離です」


女将は柔らかく勧める。


「お時間があるなら、見に行かれては?」


朝食を終え、二人は外へ出る。


冷たい朝の空気。

遠くに湯気が立ち上る。


少し山道を登ると、石積みの跡が見えてくる。


崩れかけた石壁。

半分埋もれた浴槽のような窪み。


だが確かに、そこは“湯の場”だった。


風が吹く。


静かだ。


ダリアが石に手を置く。


「……ここで、昔の剣闘士も休んでいたのか」


オルレアが辺りを見回す。


「勝った者も、負けた者も、か」


戦う者たちが、時代を越えて同じ場所に立っている。


武器も鎧も違う。


だが、拳や刃を交え、傷を負い、ここで癒えた。


ダリアは少し笑う。


「……変わらんな」


「何がだ」


「戦うやつは、ちゃんと休まないと続かない」


オルレアも頷く。


しばらく二人は黙ってその場に立つ。


歓声もない。

観客もいない。


ただ風と、遠くの鳥の声。


過去の戦士たちの気配が、どこかに残っている気がした。


ダリアがぽつりと言う。


「次も全力でいけるな」


オルレアが答える。


「ああ。温泉付きならな」


二人は笑う。


戦いの先に、こういう場所がある。


それだけで、拳の重みは少し変わる。



続く

【作者からのお願い】


もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!


また、☆で評価していただければ大変うれしいです。


皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ