第1章ー㉒ 皇帝の威光
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
瓦礫の闘技場に、重い沈黙が落ちた。
赤い爪痕が皇帝に刻まれてた。
たった数ミリの浅い傷。
けれど──
皇帝にとっては“初めての痛み”だった。
ロゼッタ(スパルタカス)は肩で息をしながら笑った。
赤い瞳が燃え、身体中から噴き上がる熱が空気をゆがめる。
『なぁ、皇帝……どうしたよ。
オレのガキがよ、アンタに“傷”付けたぞ?
これでもまだ余裕ぶっこいてられるかァ?』
皇帝は指先についた血を静かに見つめていた。
その動きは妙にゆっくりで──
だからこそ、周囲の空気が張りつめていく。
黒衛兵たちは全員、一歩下がった。
誰も命令していない。
ただの“本能”だった。
皇帝が、わずかに呟く。
「……懐かしいな。
痛覚というものを感じたのは、いつ以来か。」
その声は怒りではなかった。
むしろ、どこか楽しげで──
同時に、寒気がするほど静かだった。
ロゼッタの背後でホーゲルが震えた声で叫ぶ。
「ロゼッタ! 逃げろ……!
“あれ”は……封印級の戦闘モードだ……!」
だがロゼッタには届かない。
スパルタカスが笑い声でかき消す。
『逃げるだぁ?
んな弱っちい選択肢、剣闘士にあるかよ!
ここが闘技場だろうが!!
もっと来いよ皇帝ェ!
次はその鎧ごと叩き割ってやる!!』
その時だった。
空気が止まった。
風が消えた。
灰が落ちる音さえ消えた。
廃都市全体が、息を殺す。
皇帝の鎧から紋章がゆっくりと脈動し──
深紅の光が、“内側”から溢れ始める。
「帝国皇帝──コード:《皇帝威臨》」
その声は、宣言ではなく“起動”。
その瞬間──
――ドンッ。
地面が、心臓の鼓動のように一度だけ震えた。
黒衛兵たちが膝をつく。
彼らの胸の“種”が皇帝の源核に共鳴し、強制的に沈黙した。
皇帝が一歩だけ前へ踏み出した瞬間、世界そのものが軋んだ。
空気は振動し、廃都市の割れたガラスが微かに泣き声のような音を立てる。
光は皇帝の輪郭に触れた途端、吸い込まれたように鈍く沈みこみ、まるで彼の“影”がこの場所のすべてを優先的に支配しているかのようだった。
彼の存在は、声より先に“圧”として襲う。
視界が狭まるほど濃密な重圧。
敵意ではなく、“支配する側”が生まれながらに纏っている、本能的な格の差。
そこに立つだけで、あらゆる生命は膝を折り、その心臓は自分の鼓動を不敬と悟って縮みあがる。
何もしていないのに、ひと振りの刃より容赦がない。
何も語っていないのに、全身が「逆らえば死ぬ」と理解してしまう。
やがて――
皇帝の視線がロゼッタに向けられた。
その目は、冷たいのに燃えていた。
凍てつく宇宙と、焦がれる星の中心が同居するような、矛盾した光。
スパルタカスの咆哮も、その視線を浴びたとたん一瞬だけ沈黙するほど、異質な“格”を持つ。
そして皇帝が微かに口角を上げる。
その笑みは優雅で、残酷で、どこか芸術的。
戦場すら舞台に変えてしまう、絶対者だけが許された余裕。
「――ようやく、面白くなってきた。」
そのひと言で、世界が決定されるような絶対の重みがあった。
ホーゲルは震えながら後退した。
「……なんて圧だ……。
ロゼッタ、もう……お前の力じゃ……!」
だが、ロゼッタ(スパルタカス)は笑っていた。
『へぇ……やっとやる気出したじゃねぇか。
そうだ、それでいい。
その“本気”を倒すために、オレたちは生まれたんだよ!!』
皇帝が一歩、踏み出した。
ただ一歩。
その足音だけで、
闘技場を囲む瓦礫が砕け、
空気が爆発する。
ロゼッタの身体が後ろへ大きく吹き飛ぶ。
受け身すら取れず、地面を滑り、壁に叩きつけられた。
「……ッ……!」
骨が折れる音。
血が吹き出す。
それでも立ち帰る前に──皇帝はもう目の前にいた。
速い。
見えない。
攻撃すらしていないのに、殺気だけでロゼッタの肺が潰れそうになる。
「貴様の“反逆”──
確かに興味深い。」
皇帝が黒剣を下段に構える。
「だが、それは王に届くほどのものではない。」
黒剣が、まるで闇夜の爪のように地面を走り、
一瞬でロゼッタの足を薙ぎ払う。
赤い閃光が千切れ、ロゼッタの身体が宙へ舞う。
その瞬間。
スパルタカスが怒鳴った。
『立てぇぇッ!! まだだ、まだ終わってねぇッ!!
この程度で泣き言言うなロゼッタァ!!
お前はオレのガキだ! 闘技場で死ぬのは──
“立ち続けて倒れたヤツだけ”だろうがァァッ!!』
ロゼッタの身体に再び赤光が走る。
折れた足が、強引に再生し、
千切れた筋肉がナノマシンに引き寄せられ、
無理やり“戦闘態勢”へ戻る。
皇帝の瞳が僅かに細くなる。
「……なるほど。
だから貴様は封印されたのか、ロゼッタ」
ロゼッタの中でスパルタカスが吠える。
『ブチかますぞロゼッタ!!
次は“本気”でいく!
オレとお前──二つの心臓でアイツをぶっ倒す!!』
赤と黒が再び交差する。
皇帝の本気。
スパルタカスの完全支配。
そしてロゼッタの、消えかけた自我。
廃都市の闘技場は、
今まさに“大陸史上最狂”の激突に飲み込まれようとしていた。
第1章ー㉓へ続く
果たして2人と皇帝の戦いの行く末はどうなるのでしょうか?
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