第1章ー㉑ 侵食
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
赤い閃光の突撃が炸裂した瞬間、
ロゼッタの視界は完全にひっくり返った。
世界がぐにゃりと歪む。
色彩が赤一色に染まり、音が遠のき、心臓だけが耳元で爆ぜている。
『かはははッ!
そうだ、そのままぶっ壊せロゼッタァァ!!
テメェの身体は今だけオレのもんだ!
遠慮すんな、全部出せェ!!』
スパルタカスの声が、完全に“外側”に漏れ出すほど巨大になった。
そのたびにロゼッタの筋肉が膨れ、赤い紋様が皮膚の上に浮き上がる。
まるで血管そのものが光になったようだった。
身体が、止まらない。
「……や……め……!」
自我の叫びはもう細く、弱い。
熱の奔流に飲まれ、足元から思い通りに動かない。
『ぐだぐだ言ってんじゃねぇッ!!
“敵”が目の前にいるんだぞ!
ここでブン殴らねぇ剣闘士なんざ、腐った肉と同じだ!』
赤光が一段階跳ね上がる。
爆ぜた空気が衝撃波になって周囲へ走り、
黒衛兵たちの円陣が一歩、二歩と後退した。
皇帝だけはその場から動かない。
だが、彼の黒鎧の“表面”がひび割れたように微かに揺らめいた。
ロゼッタ(の中のスパルタカス)は笑う。
『おっ、今の効いたろ? なぁ、皇帝サマよォ!
どんな鎧着てようが関係ねぇんだよ……
力の殴り合いにゃ、派手な勲章は邪魔だろうがぁッ!!』
ロゼッタの脚が瓦礫をえぐり、
再び皇帝へと飛びかかる。
速度は先ほどの斬撃を遥かに超えている。
赤い残光が蛇のようにうねり、闘技場の空気を裂いた。
皇帝が黒剣を横に流す。
ロゼッタの斬撃は逸らされた──だがそこで終わらない。
スパルタカスが吠えた。
『二段目ぇッ!!』
ロゼッタの身体が地面を蹴るでもなく、
宙で方向転換し、獣のように皇帝の懐へ潜り込む。
赤い腕が、一閃。
黒鎧に火花が散り──
ほんの、一線。
だが間違いなく、“線の傷”が刻まれた。
皇帝の頬を、わずかに血が伝う。
黒衛兵たちがざわめいた。
空気が震え、誰も信じられないというように目を見開く。
皇帝はそっと血を指で拭う。
その動きはゆっくりで──だからこそ恐ろしく静かだった。
「……我に、傷を?」
声は淡々としていた。
怒りでも驚愕でもない。
ただ、事実を確認するような声。
ロゼッタの身体の中で、スパルタカスが高笑いした。
『やっとだなァ……
よぉやく、お前にも“同じ土俵”が見えたろ、皇帝ぃ。
オレたち剣闘士の闘いはよ──
こうじゃねぇと面白くねぇんだよ!!』
ロゼッタの体は震えていた。
恐怖ではなく、戦闘本能の昂ぶりによる震え。
スパルタカスが完全に支配している。
「……っ、や……めて……!」
本人の声はもう遠い。
砂の中に沈むように消えていく。
身体は赤い閃光そのものになり、
次の瞬間、ロゼッタは“動いていた”。
足が地面を掴むたびに瓦礫が砕け、
跳ぶたびに空気が裂け、
拳を振るたびに赤い閃光が尾を引く。
もはや技ではない。
本能と暴力だけが支配する動きだ。
皇帝は黒剣を横に構え、迎え撃つ。
ロゼッタの拳が鎧を叩き、
黒剣がロゼッタの身体を切り裂き、
ふたりの影が何度も何度も交差した。
――ドゥン。
空気が脈動するような音。
赤と黒の奔流がぶつかる度、
瓦礫の闘技場はさらに崩壊し、
円陣を組む黒衛兵たちは押し下がるしかなかった。
少し離れた位置で見ていたホーゲルが呟く。
「……ロゼッタ……戻れ……!
そのままじゃ……“喰われる”ぞ……!」
だが、もう届かない。
ロゼッタの瞳は完全に赤に染まり、
その奥には、彼女自身の意思の影すら残っていなかった。
『ロゼッタァァァ!!
最後の一撃だ!
オレ様とテメェで、この王をぶった斬るぞォォッ!!』
スパルタカスの声が天を裂き、
ロゼッタの身体は最後の跳躍に入る。
赤い光が巨大な刃のように膨れ上がり──
皇帝に向けて振り下ろされる。
その一瞬。
皇帝の黒い瞳がわずかに細くなる。
「……よかろう。」
黒剣が静かに構えられた。
赤と黒が正面から激突する。
――――閃光。
瓦礫が吹き飛び、
地面が割れ、
世界が赤く染まる。
そして、中心に立つ影。
ほんの僅か。
皇帝の黒鎧の胸に、
赤い“爪痕”が刻まれていた。
傷は浅い。
しかし、それは帝国史上誰ひとり成し得なかった、“頂点への一歩”だった。
その場に立つロゼッタは──
もう完全に、彼女ではなかった。
赤い瞳が、獣のように光る。
『さぁ……まだ終わりじゃねぇぞ、皇帝……
次は、その首だ……!』
――戦いは、ここからが本番だった。
第1章ー㉒へ続く
実際のスパルタカスのはどんな感じの男だったんでしょうか?色々想いを馳せます。
読んでいただいてありがとうございます。ご意見ご感想お待ちしております。




