第1章ー⑳ スパルタカスの声
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
瓦礫の闘技場に響く金属音は、もう遠くに聞こえた。
ロゼッタの視界は揺れ、呼吸は熱だけが残って荒れ切っている。
皇帝は、黒い影のように微動だにせず立っていた。
親衛隊〈黒衛兵〉は輪を作り、無言で戦いを見下ろす。
その沈黙が、ロゼッタの胸を冷たい手で締め付けるようだった。
「終わりだ。」
皇帝の声は、ただの宣告だった。
その瞬間だ。
胸の奥で、ガツン、と巨大な鉄槌で殴られたような衝撃が走った。
『立て、ロゼッタ。
こんなとこで寝てんじゃねぇぞ。』
声が、脳髄に叩きつけられた。
荒っぽくて、威圧的で、けれど妙に温かい声。
ロゼッタは歯を噛みしめながら呟いた。
「……誰……?」
『おいおい、忘れたのか?
てめぇの身体ん中に仕込まれた“反逆者”だよ。
立てって言われたら立つんだよ、剣闘士ってのはなァ!』
スパルタカスの声。
それはただのプログラムではなく、“闘技場で兄弟分を鼓舞するあの声”だった。
ロゼッタの身体が勝手に立ち上がる。
「……やめろ……!」
叫びは震えていた。
だが、声は容赦なく押してくる。
『うるせぇ! 立てばいいんだよ!
あの黒ずくめのデカブツに土下座する気か?
違うだろうが、ロゼッタ!』
身体が熱を帯び、筋肉が赤く光るような感覚が走る。
皮下でナノマシンが吠え、骨が軋みながら強化されていく。
皇帝が小さく息を吐いた。
「反乱因子──無駄だ。」
黒鎧の中心部、紅い紋章がゆっくりと光る。
“源核”の制御波が一気に放たれ、ロゼッタの体を押し潰す。
ロゼッタは膝をつきかけたが──
『おらァ! こんな圧に負けんなッ!!
呼吸しろ、もっと吸え!
そんで殴れ、テメェの限界超えてみろや!』
スパルタカスの怒号が、制御波を吹き飛ばすように胸の内側から爆ぜた。
ロゼッタの体は反射的に跳ね上がる。
足元の瓦礫が粉砕し、
彼女の姿は赤い光の残像を引いて皇帝へ突進した。
――ギャァンッ!!
黒剣と赤刃がぶつかった瞬間、空気が震える。
火花が雨のように降り、瓦礫の闘技場が震動した。
皇帝の腕は微動だにしない。
しかし、その黒剣を押し返す力が、ロゼッタの中から暴力的に湧き上がっていた。
『いいぞ! そん調子だ、ロゼッタ!
その腕はテメェだけのもんじゃねぇ!
お前の中にオレ様もいるんだよ!
二人分の怒りを叩き込めッ!』
彼の声は乱暴だが、妙に心臓の鼓動に合っていた。
ロゼッタの呼吸が、戦士のそれに変わっていく。
動きが速い。
皇帝の視線すら追いつかないほどに。
「……制御突破、か。」
皇帝の低い声に混じる微かな愉悦。
その冷静さが逆にロゼッタを燃え上がらせた。
「うるさい……黙れ……!」
『いいぜぇ! 吼えろ!もっと吼えろ!
さぁ、跳べぇぇッ!!』
ロゼッタの身体が勝手に跳ぶ。
高さ。
速さ。
重量。
すべてが今までとは違う。
赤い残光が大きく弧を描き、
彼女の腕が振り下ろされた。
皇帝が黒剣で受け止める。
――轟音。
瓦礫の円闘場が吹き飛び、
黒衛兵たちの列が風圧でわずかに押し戻された。
「ロゼッタ……
貴様、覚醒したか。」
皇帝が呟く。
ロゼッタは息を荒げながら睨み返したが、
その瞳の奥で、別の光が燃えていた。
『よくやった。
だがまだ足りねぇ。
“王”を倒すってのはよ──
命一個じゃ足りねぇんだよッ!!
さぁ、オレと行くぞ、ロゼッタァァ!!』
声が激流のようにロゼッタの思考を押し流す。
脳が熱く、胸が焼ける。
身体の主導権が、完全に混線しはじめた。
「……あんた……誰のために戦ってるの……?」
問いは空に消えた。
『決まってんだろ!
てめぇが“勝つため”だよ!!
それ以外に剣闘士が剣握る理由なんざねぇ!!』
ロゼッタの笑みが、彼女自身のものではなくなっていく。
赤と黒の斬撃が交差する。
世界が赤く染まり、
ロゼッタの身体はすでに人間の動きではなかった。
親衛隊の輪が震え、
廃都市の瓦礫が宙を舞い、
空気が裂ける。
最後に聞こえたのは、スパルタカスの怒号。
『決めろォォッ!!
ロゼッタァァァァ!!』
赤い閃光が、皇帝へと突き刺さる。
――闘技場が砕けた。
そしてその中心に立つのは、
もはや“ロゼッタ”だけではなかった。
第1章ー㉑に続く
スパルタカスの声は色々試してみましたが、自分自身でこれが一番しっくりきました。単純にアニキキャラに弱いだけです。
読んでいただいてありがとうございます。ご意見ご感想お待ちしております。




