序章 崩壊都市に咲く深紅
かつて大陸全体が熱狂した ”剣闘士” ある事件においてそれは人々の記憶から消えていった
存在自体が伝説になったころ、廃都市を一人の男が ”あるもの” を探してさまよっていた
果たして彼の目的は? 伝説の存在と言われた ”剣闘士” が今蘇る
その日、廃都市には、降り止まぬ雨が冷たく降り注いでいた。
高層ビル群は半ば崩れ、折れた鉄骨が灰色の空を突き刺す。
路面は割れ、かつてのネオンは死に、風の流れさえ途切れ途切れだ。
地上からは気づけないほど深い地下。
暗闇の底で、かつてない光があった。
機械棺桶。
古代文明の遺産であり “禁忌の棺桶”。
この崩れた都市の奥で、長い眠りについていたそれが――今日、息を吹き返す。
カン……カツン……ギィィ……。
金属の亀裂から青い光線が走り、棺内部の循環が再起動する。
湿った空気が震え、蓋が重たげな音を立てて開く。
白い蒸気が舞い散り、その中心に少女の姿があった。
彼女は十五歳ほど。
肩まで届かない赤毛は、破れた都市の闇の中で、焚き火のように鮮烈に輝いた。
肌は長い眠りのせいか薄く、唇は微かに震えている。
少女――ロゼッタ は、ゆっくりと呼吸を始めた。
冷たい空気が胸に流れ込み、眠りの世界から意識が浮上してゆく。
彼女は人ではない。
滑らかな金属製の義肢が四肢を構成し、青い脈動が皮膚の下を走るように微かに光った。
ロゼッタは瞼を震わせ、暗闇の天井を見つめる。
思考は混濁し、世界の輪郭はぼやけている。
(……ここは……どこ……?)
だが――
記憶という名の荒れ地の奥で、ひとつだけはっきりとした声が蘇った。
> 「生きろ、ロゼッタ。……自由を。」
胸の奥が鋭く熱くなる。
その言葉だけが、まるで鮮血の花のように、彼女の心に残っていた。
「……起きたか。長かったな。」
声がした。
ロゼッタは反射的に起き上がる――義肢が過敏に反応し、金属片を弾き飛ばした。
ランプを掲げた老人がいた。
油まみれの外套、腰にジャラジャラと吊るされた工具。
老人は”棺桶”にコードをつなぎ小型端末の画面から視線を動かし彼女を見た。
「警戒しなくていい。俺はホーゲル。ただの修理屋だ。」
ロゼッタは喉を震わせる。
「驚くかもしれんが、ここは地上じゃない。古い都市の地下施設だ。」
ロゼッタは警戒するように後退した。
だが義肢のバランスに慣れておらず、足元の金属片を踏んで音を立ててしまう。
ホーグルは肩をすくめた。
「その反応、やはり戦士だな。
――いや、“元剣闘士”と言うべきか。」
その言葉に、ロゼッタは息を呑んだ。
胸の奥にずきりとした痛みが走り、断片的な映像が閃く。
歓声、鉄の匂い、刃のきらめき。
そして――倒れる自分。
「……わたし、死んだの?」
「たぶん、な。」
ホーグルは小型端末の画面を見ながら淡々と答えた。
「この廃都市の闇で行われていた剣闘トーナメントで致命傷を負った。
しかし、運ばれてきたあの古代棺だけが、お前を繋ぎ止めた。
……奇跡だよ。」
ロゼッタは右手――機械の指を見つめる。
赤毛を照らす青い光が、心なしか血管のように揺れていた。
再生された命はどこへ向かうのか
ホーグルはゆっくりとロゼッタへ手を差し出した。
「ここは廃都市だ。
自律兵器は暴走し、スカベンジャーは殺し合い、
地下には機械獣がうろついている。
目覚めたばかりのお前には、まだ”この世界”は危険すぎる。」
ロゼッタはその手を見つめる。
人間の温度と、機械の冷たさが交錯する瞬間。
「だから――
今日からお前は俺の“見習い”だ。機械の扱い方も、
”この世界”で生きる術も、全部教えてやる。」
短い静寂。
ロゼッタは顔を伏せたまま、かすかに頷いた。
「……わかった。
わたし……まだ、生きたい。」
その言葉は、彼女自身の願いよりも、
胸奥に残った“誰かの声”に引かれたものだった。
廃都市がうめき始める
そのとき――
ゴゴ……ゴオォォ……ッ。
上階から巨大な振動が伝わってきた。
瓦礫が崩れ、水の滴る音が波紋のように広がる。
ホーグルの表情が鋭くなった。
「マズい。復活反応を察知して、旧時代の自律兵器が起きたらしい。
動けるか、ロゼッタ!」
ロゼッタは義肢を握りしめた。
冷たい金属の指が、だが驚くほど自然に動く。
「……行ける。」
「よし。走るぞ!」
廃都市の奥で、古い機械の唸りが目覚める。
まるでロゼッタという“紅”を嗅ぎつけた獣のように。
復活した少女は、足を踏み出す。
その名が刻む深紅の軌跡は、まだ始まったばかりだった――。
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