第1章ー⑰ 絶対者
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
目覚めたロゼッタにホーゲルが言った
「車はすぐそこだ、行くぞ」
二人は走り大通りの近くまでたどり着いた。
ホーゲルが瓦礫に偽装していた古い装甲車のハッチをこじ開けたとき、
ロゼッタはその音に重なるように、胸の奥で何かが軋むのを感じた。
金属の焼けた匂いとも違う。
風に乗って運ばれる砂塵の冷たさとも違う。
――もっと濃い、黒い圧力。
肌の表面ではなく、**体の内側から押し潰すような“視線”**が襲ってくる。
ロゼッタは歩みを止め、ゆっくりと背後を振り返った。
その動きに、ホーゲルもただならぬ気配を感じ取ったのか、そっと腰の工具に手を触れた。
次の瞬間、廃ビルの影から“それ”が姿を現した。
重厚な黒い鎧。
普通の帝国兵が着る親衛装甲とは明らかに異なる、異様な密度を持つ板金。
表面には数えきれないほどの瘢痕が走り、まるで無数の刃を受け止めながら戦場を歩いてきた証のようだった。
しかし、ロゼッタの目を奪ったのは鎧そのものではなかった。
胸に刻まれた“赤き皇印”。
二頭の竜が絡み合い、その中央に輝く皇帝専用の紋章。
帝国の歴史上、これを身につける資格を持つ者は――ただ一人。
ホーゲルは、乾いた喉を必死に動かして声を絞り出した。
「……嘘だろ。皇帝は……あの反乱の混乱で行方不明になったはずだ。
遺体も見つからず、記録も途切れた。
なのに……どうしてここに……」
ロゼッタは答えなかった。
できなかった。
鎧の男が一歩、こちらへ踏み出す。
地面が震える。
そのたびに、錆びた看板や瓦礫の破片が跳ねた。
ロゼッタの体に、かつて闘技場の砂の上で感じた“重力”がぶり返す。
最上段の観客席。
薄暗い天井近く、誰より高い位置。
そこから――常に見下ろしていた“存在”。
拍手も歓声もない。
ただ無言で、
ただ冷徹に、
“戦う価値があるか”を測るような視線。
ロゼッタの呼吸が一瞬止まる。
(……同じだ。あの時と……まったく同じ気配……)
鎧の男の右腕がゆっくりと動く。
巨大な剣が肩から外れ、地面に向かって構えられる。
幅広で、鈍重に見えるが、ひと振りで建物の壁を裂きかねない“質量の暴力”。
その刃は、かつて帝国皇帝が用いた“儀礼剣”を思わせる形状だった。
だが儀礼などという優しさは微塵もない。
そこには“処刑”の気配しかなかった。
風が吹くたび、鎧の表面の紋章が赤く光を返す。
ホーゲルはロゼッタの腕を強く引いた。
「ロゼッタ!乗れ、今すぐ!
あれは……あれだけは相手しちゃいけねぇ!」
ロゼッタは一瞬だけ抵抗した。
視線は鎧の男に釘づけになっている。
黒い鎧の隙間から、微かに赤い光が漏れた。
まるで脈打つ心臓のように、淡く――だが確実に。
その光を見た瞬間、ロゼッタの中で忘れていた感覚がよみがえる。
“選ばれる者”。
“使われる者”。
“処分される者”。
帝国にとって、剣闘士は生き物ではなく“道具”だった。
そして皇帝は、その頂点に立つ“観測者”だった。
ロゼッタは唇を震わせて呟く。
「……まさか……。
あれが……“皇帝”……?」
ホーゲルは返答できなかった。
だが沈黙こそが肯定のように響いた。
鎧の男の足が、もうひとつ前へ。
一歩一歩が、過去を掘り起こすハンマーのようだった。
その瞬間、ロゼッタの脳裏にひとつの映像が閃く。
――闘技場のど真ん中。
血塗れの自分を、最上段から見下ろしていた『黒い影』。
それは、ただの観客ではなかった。
“選定者”。
“支配者”。
“創造主に等しいもの”。
圧力は同じ。
匂いも同じ。
“生かすか殺すかを決める視線”も、まったく同じ。
ロゼッタは拳を握った。
背筋が凍りつきながらも、その瞳には覚悟の火が宿っている。
「……ホーゲル。
あいつ、“私を知ってる”。
闘技場の頃から……ずっと、私を──見ていた」
ロゼッタは息を吸う。
皇帝が再び剣を構える。
その姿は、かつて大陸を統一し、反乱を操り、
そして闘技場の最上段にいた ”絶対者”
「ホーゲル。……ここから逃げて、あなたを巻き込む。」
ホーゲル
「バカを言うな。最後まで付き合う。」
ロゼッタは一歩、前に出た。
瓦礫と灰を踏みしめ、ゆっくりと拳を握る。
胸の奥で、”あの時” 燃え上がった “守るための炎” が再び燃えあがる。
ロゼッタ
「……来なさい、皇帝。」
黒鎧の面頬がわずかに歪み——
それは笑みに見えた。
そして、廃都市に再び“戦いの音”が響き始めた。
ロゼッタは静かに目を閉じた。
だが胸の奥で、あの重圧は微かに響き続けている。
――闘技場の最上段から降り注いだ“絶対者の視線”。
その視線の主が、封印を破り、今、自分の前に立っている。
ロゼッタは知っていた。
これは、過去との決着だ。
世界が壊れる前から続いていた “支配と抵抗の物語”への
第1章ー⑱に続く
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