第1章ー⑨ 生き延びるために
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
廃都市南部にある旧式自走砲基地跡は、コンクリートの装甲壁にひびが走り、天井の穴から月光が漏れていた。
砲塔はすでに回らず、巨大な車輪は砂に半ば埋もれている。すべてが朽ちた戦場の残骸だった。
ロゼッタとホーゲルはその陰に身を滑り込ませた。
「……追ってきてない?」
「今のところはな。ここは電源が死んでるから、索敵用のビーコンも残ってねぇ。黒龍も見落としてくれるさ」
ホーゲルはぜいぜいと肩で息をしながら、ロゼッタの壊れた義手を確認した。
「……酷いもんだな。完全に壊れてる。もうこの型、俺でもどうにもならん」
「わかってる。でも、動けるようにはしてほしい」
「無茶いうな。これは“義手”としては死んでる。使えるのは、ただの重りだ」
ロゼッタは軽く笑う。
「”盾”としては使えるでしょ?」
「……お前は本当に剣闘士のままだな」
ホーゲルはため息をつき、スクラップ工具を取り出した。
金属音が自走砲の車体に反響する。
ホーゲルは壊れた義手を切開し、まだ生きている神経接続ケーブルを探った。
「……反応が一部残ってるな。よし、最低限“保持”はできる」
「握れる?」
「握るのはムリだ。だが——“引っ掛ける”くらいはできる。剣を握る力はないが、武器を腕に固定することはできる」
「十分。ありがとう」
ホーゲルは黙って作業を続けた。
ロゼッタは天井の穴から見える黒い空を見上げる。
(戦い方を……変えなきゃいけない)
剣闘士としての自分にとって“片腕が使えない”という事実は致命的だった。
弱い義手は、彼女の動きのほとんどを制限する。
だが、それでも——
(私は、まだ死ねない)
胸の奥で囁く声。
それは断片的な記憶か、戦士としての残響か。
■ ホーゲルの判断
義手の修復が終わると、ホーゲルは周囲のスクラップを拾い集め始めた。
「ロゼッタ、あんたは休んでろ」
「ホーゲルは?」
「武器だ。次は逃げ切れねぇ。黒龍はもう本格的に包囲網を敷いてきてる。ここで最低限の戦力にしておかないと……死ぬ」
ホーゲルは壊れた自走砲の内部から、衝撃吸収材と古い装甲板を引きずり出す。
ロゼッタが眉をひそめた。
「あんた、なに作る気?」
「“盾”だ」
ホーゲルは淡々と言う。
「お前の義手が弱いんなら、こっちでカバーするしかない。重いが……お前なら使えるだろう」
「盾……?」
「昔の剣闘士は使ってたろ」
ロゼッタの胸に何かがひりついた。
遠い記憶の残り火がぱっと弾ける。
「……あった。そんな戦い方、あったよ」
「だろ? 思い出せ。お前の体はまだ覚えてるはずだ」
そのとき、ホーゲルの端末が低く鳴った。
「……マズいぞ」
「どうした?」
「黒龍の索敵網が広がってる。基地の北側に軍用ドローンが集まり始めてる」
ロゼッタは立ち上がった。
「見つかる?」
「時間の問題だ」
廃自走砲基地は隠れ家としては優秀だが、長くは保たない。
敵が本気で探索すれば、一発だ。
「逃げるのか、戦うのか……決めなきゃいけないね」
「逃げる。でも——戦いながらだ」
ホーゲルはロゼッタに即席盾を手渡した。
金属板と衝撃材を合わせた、粗いが強固な盾。
「いいかロゼッタ。お前は剣闘士だ。」
盾は重い。
だが、左腕の義手でも支えられた。
その瞬間、ロゼッタの心にかすかな確信が芽生えた。
「……行こう、ホーゲル。包囲が来る前に抜ける」
「ああ。ここで終わる気はねぇ」
自走砲基地に再び静寂が戻る。
だがそれは、嵐の前の静けさ。
ロゼッタは盾を構え、スクラップブレードを右手に固定し、戦士としての感覚を呼び覚ます。
戦い方は変わった。
腕は弱い。装備も粗末。
だが、それでも生き延びるための術は残っている。
(私は……まだ倒れない)
そう呟き、ロゼッタは闇の中へ歩き出した。
第1章ー⑩へ続く
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