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第3章ー㊱ それぞれの“工夫”

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。



坑道の入口に足を踏み入れた瞬間、

外の空気とはまるで別物の冷たさが肺の奥に沈み込み、

湿った鉄と油の匂いが混じった澱んだ臭気が、

ここが「逃げ場のない場所」だと無言で告げてきた。


天井は低く、照明代わりの携帯ランプが照らす範囲も狭い。

壁は旧文明の掘削跡で歪み、通路は人二人が並ぶのがやっと、

銃を構えるだけで肩や肘が壁に当たる。


「……思ったより、きついな」


ミレイアの声が反響して、すぐに飲み込まれる。

音が逃げない。

それだけで、戦闘は不利だった。


最初の接触は、静かだった。


カツン、と金属が転がるような音。

次いで、壁の影が――動いた。


「来る!」


リンの警告と同時に、狭い通路の奥から黒光りする影が滑り出す。

機械モンスター。

装甲は厚く、関節部も最小限しか露出していない、坑道向けに最適化された個体。


――ズガガガッ!


リンの突撃銃が火を噴くが、弾丸は装甲に弾かれ、火花が坑道の壁に跳ね返る。

音が増幅され、鼓膜を殴るような轟音となって戻ってくる。


「硬っ……!」


セリカが前に出ようとするが、天井が低く、ハンマーを振りかぶれない。

動きが制限されるたび、閉所という条件が牙を剥く。


モンスターが前進し、油圧音を唸らせながらアームを振る。

――ガンッ!

壁に叩きつけられた衝撃が坑道全体に伝わり、岩屑が降り注ぐ。


ロゼッタは反射的に前に出た。


両手で打撃武器を握り、振り抜こうとした瞬間、

――狭い。

壁。

天井。

角度が取れない。


「っ……!」


強引に振れば、力が逃げる。

それでも当てるしかない。


――ゴッ!


鈍い衝撃音。

確かな手応えはあるが、決定打にはならない。

機械は怯まず、逆に距離を詰めてくる。


《警告。閉所戦闘により有効打率低下。

 推奨:足回り、関節、転倒誘発》


頭の奥の声が冷静に響くが、実行する余裕がない。


モンスターの一撃がロゼッタの脇をかすめ、壁に叩きつけられる。

衝撃で息が詰まり、視界が一瞬白くなる。


「ロゼッタ!」


ミレイアが叫び、援護射撃を入れるが、通路が狭すぎて弾道が制限される。

撃てば撃つほど、こちらの位置が明確になる。


「くそ……広い場所なら……!」


リンの歯噛みする声。

誰もが同じことを思っていた。


セリカは歯を食いしばり、無理やりハンマーを横薙ぎに振る。

――ゴンッ!

天井に当たり、火花が散る。

振り切れない。

それでも、モンスターの動きを一瞬止める。


「今だ!」


ロゼッタはその一瞬に賭けた。


身体を低く沈め、

闘技場で染みついた、狭い檻の中で生き残るための動きが、無意識に蘇る。


踏み込め。

距離を殺せ。

力じゃない、位置だ。


ロゼッタはモンスターの脚部に滑り込むように入り込み、

両手で柄を押し付けるようにして、関節部へ打ち込む。


――ゴギッ。


鈍いが、嫌な音。

油が噴き、機械の動きがわずかに乱れる。


「倒れる!」


リンが即座に理解し、足元を狙って連射。

ミレイアが側面から回り込み、ナイフで露出した配線を断ち切る。


――ギィィ……ン……。


機械が大きく傾き、狭い坑道に身体を引っかけるようにして倒れ込む。

完全停止。


しばらく、誰も動かなかった。


荒い息。

耳鳴り。

ランプの光が、揺れる影を壁に映す。


「……思った以上に、きつかったな」


セリカが額の汗を拭い、苦笑する。


ロゼッタは武器を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

腕が重い。

脚も、まだ震えている。


《評価。

 苦戦は想定内。

 閉所対応、要改善》


その言葉が、妙に胸に残った。


――少し難しい依頼。

――それは、確かに“少し”じゃなかった。


だが、全員が立っている。

それだけで、今は十分だった。


ロゼッタは、暗い坑道の奥を見つめながら、

この場所で生き残れたという事実を、静かに噛みしめていた。


鉱山跡の奥へ進むほど、空気は重く、湿り気を帯び、

足音ひとつですら壁と天井に反響して何倍にも膨れ上がった。

ここは広い戦場ではない。

視界は狭く、退路も限られ、動きの一つひとつに理由が求められる

――まさに、閉鎖空間そのものだった。


天井を支える太い支柱が無数に立ち、

崩落防止のために後から継ぎ足された金属梁が蜘蛛の巣のように走っている。

ランプの光がそれらに反射し、影が複雑に交差して、敵の輪郭を曖昧にする。


「……ここ、音が怖いな」


ミレイアの呟きは小さかったが、それでも坑道に吸い込まれる前に何度も跳ね返った。

だからこそ、彼女は敢えて距離を取り、柱の影から影へと移動し、銃口を常に“角”へ向けていた。

真正面から撃ち合えば不利。

ならば、出てきた瞬間を狙う――閉所向けの戦い方だ。


リンはさらに割り切っていた。

長い通路ではなく、分岐点に陣取り、撃つ回数を絞る。

発射音は最小限、照準は低め。

脚部、関節、動きを止めることだけを考え、無駄弾は一切撃たない。


セリカは前に出ない。

いや、出られない。

ハンマーを振り回すには天井が低すぎることを理解しているからだ。

その代わり、彼女は支柱の根元に陣取り、敵が近づいた瞬間だけ短い振りで叩きつける。

大振りは封じ、体重と体格を活かした“押し潰す”打撃。

狭さを逆に武器にしていた。


そして、ロゼッタ。


彼女は一歩引いた位置で足を止め、自分の武器を見下ろした。

長柄の打撃武器――本来なら両手で振り抜き、遠心力を乗せるためのもの。

だが、ここではそれが致命的な制約になる。


《環境分析。

 有効半径不足。

 提案:片手運用に切り替え、取り回し優先》


頭の奥で響く冷静な判断に、ロゼッタは小さく息を吐いた。


「……わかった」


誰に言うでもなく、彼女は武器の形状を変えた。

両手用の柄を、片手用に変えて握り込む。

もう一方の手は空け、壁や支柱に触れてバランスを取るために使う。


重心が変わる。

一撃の威力は落ちる。

だが、その代わり――振れる。


影が動いた。


坑道の奥から、装甲を擦る嫌な音とともに機械モンスターが姿を現す。

低姿勢で這うように進み、通路の幅いっぱいに身体を広げてくる、まさに鉱山向けの個体。


リンの銃が短く唸り、

――ダン、ダンッ。

脚部に命中。

動きがわずかに鈍る。


その瞬間を逃さず、ロゼッタは前に出た。


両手で振り抜くことはしない。

片手で、短く、速く。

肘を畳み、肩の回転だけで打ち込む。


――ゴッ。


鈍い音。

だが、確実に装甲の継ぎ目を叩いている。

距離が近いからこそ、力が逃げない。


モンスターが反撃にアームを振るが、ロゼッタは壁に手をつき、身体を捻ってかわす。

空いた手が、命綱になる。


セリカが横から踏み込み、

――ゴンッ!

短い打撃で頭部を叩く。

天井に当たらない角度だけを選び抜いた一撃。


ミレイアは一歩も動かず、

倒れかけた機械の“逃げ道”に銃口を据え、

――パァン。

露出した内部機構を撃ち抜いた。


機械は甲高い音を立てて痙攣し、やがて沈黙する。


静寂が戻る。

だが、それは安堵ではなく、次が来るまでの猶予に過ぎない。


ロゼッタは武器を握り直し、片手の感触を確かめる。

重い。

それでも、扱える。


《評価更新。

 片手運用、閉所戦闘において有効》


その声に、彼女はわずかに口元を引き締めた。


広い場所で戦うのが強さじゃない。

場所に合わせて、戦い方を変えられること。


鉱山跡という閉じた世界の中で、

ロゼッタたちはそれぞれの“工夫”を武器に、確かに前へ進んでいた。



続く

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