第1章ー⑧ 死線
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
夜の廃都市は、息を潜めた獣のようだった。
高架道路の骨組みだけが残った影の下、
ロゼッタはホーゲル製の即席武器――スクラップ・ブレードを握り直す。
刃はドローンのブレードを削って鍛え直しただけの粗末なもの。
右手は旧世界製ではなく、完全に旧式の弱いモデル。
握力も反応速度も、元・剣闘士としては笑うしかないほど低い。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
黒龍部隊の巡回が、この区域にも迫っている。
「……反応2つ。東側高架から降りてくる」
ホーゲルが錆びた端末でレーダーを確認しながら低く言う。
「挟まれる前に叩く。動けるか、ロゼッタ?」
「もちろん……じゃないけど。やるしかないでしょ」
冗談めかして答えた声は震えていた。
弱い義手は、握った刃の重さだけでも手首が痛む。
だが、胸の奥では別の熱がうずいていた。
剣闘士の本能は、まだ消えていない。
足音が近づく。
舗装が割れた路地を踏みしめる、金属の重い足音。
黒龍部隊・追跡班。
装甲外骨格は、赤外線視認と衝撃耐性に優れ、対機械化戦闘に特化している――ロゼッタが逃亡者として蘇った今、最も相性の悪い敵だ。
高架下へ《ドラグネット》が降りてきた瞬間、
「――行くぞッ!」
ロゼッタが《ジャンク・ダーツ》を投げ込む。
《ジャンク・ダーツ》は見事に赤外線センサーに当たり、わずかに敵のセンサーが乱れた。
「前、頼んだ!」
「任せて!」
ロゼッタが飛び出す。スクラップ・ブレードを構える。
義手が重い――だが、足はまだ速い。
敵の一体が霧を抜けてくる。
装甲の隙を探し、ロゼッタは身を低くして滑り込んだ。
(ここ――!)
スクラップ・ブレードが膝裏の油圧管に突き刺さる。
金属が火花を散らし、敵はバランスを崩した。
だが――次の瞬間。
「っ……!」
義手が、悲鳴のような警告音を鳴らす。
手首部のアクチュエータが悲鳴を上げ、握力が一瞬抜けた。
ブレードが手からこぼれ落ちる。
「ロゼッタ!」
ホーゲルの叫び。
敵が体勢を持ち直し、腕部のスタン槍をロゼッタへ向ける。
間に合わない――
ロゼッタは反射的に、腰に差してあったインパクト・ロッドを握り、
傷つけた膝裏の油圧管に叩き込む。
「――あああッ!」
衝撃が義手を駆け抜ける。
義手は完全に死んだ。手首部のアクチュエータから煙が出ていた。
だが。
その一瞬の硬直が、敵の隙を生んだ。
「ロゼッタ、頭下げろ!」
ホーゲルが飛び出し、工具を改造した重武器を敵装甲へ叩き込む。
鉄骨を圧縮した杭が、装甲の継ぎ目を貫いた。
黒龍兵は火花を散らして崩れ落ちる。
「……ッ、は……っ……!」
ロゼッタは肩で息をしながらも、笑った。
「まだ……戦える……!」
「戦うな、もう無理だ! 上から来るぞ!」
ホーゲルの端末には、残る1つの反応が映っていた。
「撤退だ、ロゼッタ!」
「……わかった! ルートは!」
「南の廃自走砲基地跡。まだギリ逃げ道が残ってる!」
■ 撤退戦
二人は煙の残る高架下を駆け抜ける。
ロゼッタは壊れた義手を抱えるようにして走った。
重い。痛い。バランスも悪い。
それでも、足は止まらない。
黒龍部隊の照明が背後で弾け、警告音が鳴り響く。
光に照らされた瞬間、
ロゼッタは振り返らずにただ走った。
(まだ終わらない……まだ、終わらせない)
復活した理由が、まだわからない。
記憶の断片すら、敵と逃亡でかき消えてしまう。
けれど、胸のどこかで――
「戦え、ロゼッタ」
そう囁く声が確かにあった。
第1章ー⑨へ続く
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