内向王女覚醒
私には恐ろしい政敵がいた。
オルフェン侯爵令嬢、アンナがそれだった。
強大な権力を背景にした我儘娘。
あまりに傲慢で相手が見つからず、火傷をした市井の騎士が婚約者。
当然、本人はそれを快く思っておらず、私の婚約者を奪おうとしてくる。
圧倒的自信に満ち溢れて、美しくて、傲慢で、自分勝手で。
今思うと、笑ってしまう。
私は何を見ていたのだろうと。
怪しげな召喚陣が私を襲い、咄嗟の事に護衛すら動けなかった時。
「美しき姫君とは私の事ですわー!!!」
主役の座は私! とばかりの魔力まじりの咆哮に、召喚陣は確かに惑わされた。
飛びついてきたアンナを受け止めた瞬間、召喚の魔法が発動し、アンナの持っている魔術の宝石が次々に発動する。ちょ、学校にそれって持ってきちゃダメなやつ……。アンナの抵抗と私の守護のアクセサリーの効果もあり、召喚主の元に飛ばされなかったのは幸い。でも、見知らぬ森に飛ばされた。
「ひゃあああああああああ!!! ま、魔物ですわぁ!!」
角兎が数匹、私たちの元に近づいてきた。
追い詰められた時、人は本性を見せるという。
怯えに怯えたアンナは、本性を見せた。
私を庇い、よく分からない魔法とも呼べない力技で、角兎を消し炭に変えたのだ。
奇妙なポーズで必死に威嚇を行い、転び、腰を抜かして這いずってくる。
色々と衝撃の展開が続き、呆然とする私を気遣い、結界を張った。
「ご安心なさいませ。私は料理が上手いのですわ!」
「まあ、そうなの?」
「ご覧になって!」
そうして、アンナはお菓子を並べた。まさかこれを作ったと?
プロの作ったようにしか見えないが……。
「お父様もお褒めになった、お菓子を並べるこの手腕! 褒めてくださってもよろしくってよ!」
「本当にお可愛いこと」
プロの作ったものだった。まあ、貴族令嬢ですものね。お菓子を並べるのが精一杯の料理と言っても過言ではないのかもしれない。
「美味しそうだし、一つもらいますね」
「お待ちになって! まだ私の愛情を注入してませんわ」
「愛情」
「萌え萌えきゅん! リリーチェ様への私の大好きラブラブ♡ビーム!」
「はえー」
私は一枚一枚、アンナの愛情ビームとやらを注入されたお菓子を口に入れ、紅茶で流し込んだ。
甘い。ひたすら甘い。まるで花畑が広がるようで、アンナのよう。
お菓子を食べるアンナを伺うと、難しい顔。これは全て私を落ち着かせるための演技で、やはり不安なのだろうか。
アンナは何事か考えながら手をお皿の上で彷徨わせて、驚愕する。
「ナッツのお菓子が!」
「これをお食べなさい」
持っていたナッツの入っていたクッキーを渡してやる。
安心してクッキーを食べるアンナ。無敵ね。
言っては悪いが、さっきの行動はとても滑稽だったが、助けを呼び、結界を張り、角兎を追い払い、呆然とするだけの私と比べ、的確な行動をしていた。
こう見えて頼り甲斐のある子なのかもしれない……いや、ないか。
私は、こんな馬鹿そうに見える子のできた行動が出来なかったのだ、と気づき、落ち込む。非常時の対応はちゃんと学んでいたはずなのに。追い詰められた時、本性が出る。この無能さが私の本性だという事だろう。その点アンナは頑張っていた。私を助けに飛びついてきてくれたのかという問いには一抹の疑問が残るが、少なくとも私の為に身を挺して角兎に立ち向かってくれたのは本当だ。献身には報いねばなるまい。
お菓子を食べ、紅茶で流し込んだあたりで、決死の形相のミリーが飛んできた。
「姫様!!! ご無事ですか!」
「私は無事よ。アンナが守ってくれたの」
無事であること、アンナが敵でない事を端的に伝える。
ダメ押しでお茶を掲げて見せると、ミリーは崩れ落ちそうになる程ほっとしたようだった。この短時間では、状況もまだわかっていないだろう。
ミリーが連絡をすると、護衛達が続々と来た。
キーシュ様も、アンナの婚約者も。
キーシュ様は反対を押し切って来てくださったのだとすぐにわかった。
でも、キーシュ様は優しいから。アンナの事を心配してのことだったらどうしよう。私は胸をちくりとさせる。
「姫様!」
「ディルクー!! 怖かったもうまじ死ぬかと思った頑張った!」
全力で婚約者にしがみつくアンナのはしたなさにびっくりする。
「ひっ姫様」
ぎゅうぎゅうと婚約者にしがみつくアンナに、肩の力が抜けた。
あれほどアプローチしていた王子殿下に視線すら向けない。結局、アンナが本当に思っていたのは婚約者だという事だろう。では何故、王子殿下にちょっかいを出していたのか。
「……ご無事で良かったです」
アンナを抱きしめ返す騎士。
有能ではあるが、火傷を負った、平民出の騎士と聞いていた。
確かに顔の火傷は酷いが、体は鍛えられていて、落ち着いた物腰である。
「怖い目に遭いました」
「はい」
「あなたが守ってくれなかったからです」
「はい」
「つまりあなたの責任では? どう責任を取るつもりですか!」
「私は」
「これはもう結婚しかないですわ!」
「はい?」
「はい返事したー! 言質取りました! 結婚! 結婚!」
アンナの無理筋すぎる要求に、私たちは目が点になる。
「はい、言質は取りました」
嬉しそうな騎士。これもう両思いでは?
私達にちょっかい掛ける意味あった?
キーシュ殿下の方は、と伺ってみると、キーシュ殿下もあけすけなカップルを見て顔を赤らめていた。
「リリーチェ様。心配しました。怖かったでしょう」
「呆然としていたら助けが来ておりましたわ。私なんて、クッキーを食べたくらいで」
「責任を、取りたいのです。あなたをずっと閉じ込めて守りたい」
私はぼっと顔が赤くなった。必死に駆けつけてくれて、責任を取りたいと言ってくれた婚約者の殿方を愛しく思って、誰が咎めるというのだろうか。
キーシュ様が口説いているのは、アンナではなく、この私。胸が暖かくなる。
「私は、責任などと言い訳の余地なく、完全無欠に、貴方と結ばれたいと思っております」
殿下の手を取り、自らの頬に当てる。
「リリーチェ様。嫁入り前ですので、そこまでで……!」
侍女が私たちを引き離し、そうして私達は王宮へ帰還した。
騎士達を責めるより、アンナの勇気を褒めたいと陛下にお願いをして、事を荒立てないようにお願いする。陛下は、犯人の捕縛に尽力をするなら私を守れなかった事を問わないとお約束してくださった。ミリー達が処罰されずに済んでよかった。
生徒達が心配して混乱しているからと、次の日、私は学園に行く事になった。
あんな事があったばかりだからと、キーシュ様がそばにいてくれる。その気持ちが嬉しい。
アンナも来ているというので、アンナの様子を聞く。
「どうやら、オルフェン侯爵令嬢はキーシュ様がリリーチェ様を世界一可愛いと仰った事で嫉妬していたようですわ。オルフェン侯爵令嬢は可愛いしか取り柄がないのに、素晴らしい美徳ばかりのリリーチェ様が可愛いでも勝つのは許せない、と」
「まあ……」
可愛いしか取り柄がないって自覚あったのか。いやいやいや、そんな酷いこと、私は思ってませんよ?
「オルフェン侯爵令嬢は可哀想だが、リリーチェが可愛いくて有能なのは事実だからね……。そしてリリーチェは世界一可愛いからね……。可哀想だが、オルフェン侯爵令嬢に勝ち目はないかな……」
「ご、ゴホン。私がアンナより可愛いかは置いておくとして。確かに、魔法陣にも突撃していくほど、アンナは可愛いに固執していたものね……」
私たちは、困惑しながらも納得した。
「また、オルフェン侯爵令嬢は、国より自分を優先してくれる人が好ましいので、キーシュ殿下よりディルク卿の方が好ましいという事でした」
「そうだね。私もオルフェン侯爵令嬢はないから、お互いに意見が一致したようで良かったよ」
その言葉に、私は安心してしまった。
「……キーシュ様。私、自分が思うより嫉妬深かったようです。キーシュ様はあれ程否定してくださったというのに、私もわかっているつもりでしたのに……。今、とても安心して穏やかな心持ちです。私、すごく嫉妬していたのですわ」
「嫉妬してくれるのは嬉しいよ。でも、私が貴方を愛しているのも理解して欲しいかな。君が彼女に惑わされる必要は全然ないよ」
「はい。ようやく理解出来ました」
キーシュ様はわかっていたのかもしれない。アンナを歯牙にもかけていないようだった。私はまだまだだ。
「オルフェン侯爵令嬢は飼い主のいない所では自重するようにするとの事ですので、これで学園で絡まれる事も減るのではないでしょうか。他の御令嬢にも、婚約者以外の男性の1番を狙ってはいけないと諭されておりましたし」
「それはそう」
私達は深々と頷いた。そこを狙ったらもう戦争なのよ。
食堂で、リリーチェ様と会う。
「リリーチェ様、ごきげんよう!」
「ごきげんよう、私の可愛い子猫ちゃん」
堂々と挨拶をしてくるアンナ。私は今まで、それだけで気後れしていた。
でも、もう違う。にっこりと余裕の笑みを作って見せる。穏やかに挨拶。
「私はいつだって可愛い子猫ちゃんですわ!」
「ええ、本当に可愛いこと」
私はみんなの前でアンナの首をこちょこちょとして見せる。ドヤ顔のアンナ。
この対応が正解だったのだ。こんなの誰が想像できるというのか。
今までの私は、ハリボテのドラゴンを敵に見立てていた。そして馬鹿正直に相対して、侯爵家を反対派閥に置いていた。愚かだった。
「リリーチェ様とアンナ様、危険な目に遭って友誼を結ばれましたのね」
「誘拐されたのは不幸な事でしたけれど、お二人が仲良くなってとっても嬉しい」
私が泰然と猫ちゃんを可愛がって見せれば、周囲の貴族達も安堵する。
これが正しい形だったのだ。
敵にするのではなく、味方にする。
アンナに惑わされるのではなく、アンナを庇護する事で侯爵家に恩を売る。
そもそも、アンナの嫁ぎ先は平民出の騎士。結婚すれば舞踏会すら出てこなくなるのではないだろうか。脅威に思う必要は全くなかったのだ。
飼い主はいればいるほどいいですわ! なんて言っちゃう困った子猫ちゃんと同じ土俵に乗ろうとしていた私がバカだった。危なかった。
あとは次世代の教育をきちんとして、アンナの子供を取り立ててやれば王家と侯爵家の関係は万全となる。こんな明確な弱みを脅威と思って恐れてた王女がいたってほんと? 笑っちゃうわ。
一緒に食事に誘えば、アンナの取りまきと私の取り巻きで食堂は華やかに和気藹々とした空気になった。今までになかったことだ。
アンナを従えてみれば、学園も全体的にずっと過ごしやすくなった。
当たり前だ。トップが争っている状況よりも、仲が良い状況の方が皆安心する。
学園の雰囲気が良くなったと生徒達も大喜びだ。
私がピリピリする事で、不安に怯えている生徒がいたのだと、私はようやく気づいた。上のものとして、もっと皆に心を砕くべきだった。私は反省した。
「リリーチェ様! 今日も可愛がってくれてもよろしくてよ!」
「お待ちなさい、アンナ様! 新参者は控えていらして。私達はクロネコシスターズ! 真・リリーチェ様の飼い猫でしてよ!」
「ああら、私達こそ、リリーチェ様の子猫ちゃんでしてよ」
「わ、私も、リリーチェ様の子猫ちゃんにしていただきたいです」
「た、多頭飼い!? リリーチェ様! 私、多頭飼いは地雷でしてよ!」
「飼い主はいればいるほどいい派なのに?」
「ぼ、僕もリリーチェ様の子猫ちゃんに……!」
「はいはい、狼くんは子猫ちゃんに混じらないで騎士をしようね?」
どさくさに紛れて混ざろうとした男子をキーシュ様が回収していく。
そして私の一番の子猫ちゃんの座を巡る料理対決が始まった。内容はお皿にクッキーを並べるだけという、誰でも参加出来る箱入りに優しい競技である。私は順位をつけないようにそれぞれの並びを褒める難しい任務をやり遂げねばならなかった。
料理と称してクッキーの並べ方を競う低レベルなバトルはあっという間に貴族令嬢の由緒正しき決闘法として広まり、その水面下で実際の料理のブームも来た。
お菓子並べに血道を洗う女子達を和やかに応援しつつ、まあ私はクッキー焼けるけどな、と内心でドヤる事の気持ちよさったらないからだ。
これ、真剣にクッキーを並べてドヤる令嬢も可愛いが、大人気なくジャムなどのソースで華麗にお皿を飾る正攻法、料理出来るけど出来ると表立っては言わない複雑なマウント合戦、クッキーで争っている所にケーキ投入や、愛情注入の際に胸元チラリ、婚約者へのあからさまな圧力など、初心者から熟練者、正攻法から卑怯な禁じ手まで意外と幅広く遊べ、楽しい。
この時ばかりは大胆に可愛いポーズで愛情を込める令嬢が可愛いと男子生徒にも人気な競技である。
未来で、高貴な女性の料理の代表格として我が国由来の伝統料理にまで出世してしまうまでに止めなかったことを私は割と真剣に後悔するのだが、学生時代の私には知るゆえのないことだった。
未来で他国の王妃になった時に国賓に頻繁にお願いされたりするし他国にまで広まるし国の女性の必須技能になる。
王女の羞恥心は死ぬ。




