第三話第二章
――――――付き合い始めて最初の冬が来た。――――――
ジムの窓からは夜の冷たい風が忍び込み、吐く息が白く浮かび上がる。クリスマスの夜も、リアはバスケットボールを追いかけていた。床を蹴る音、ボールがリングに弾む音だけが、がらんとした体育館に響く。額から流れる汗を手の甲で拭いながら、彼女は短く息を吐いた。
「……せっかくのクリスマスなのに、こんな風でごめんね。」
ベンチに腰掛けていた華飂は首を横に振る。「謝ることなんてない。あなたが頑張っているのを、隣で見ていたいだけだから。」
思わずこぼれた言葉に、リアはドリブルを止めて振り向く。少し赤くなった頬に、照れた笑みが広がった。
「……華飂って、ほんとにずるいんだから。そんなこと言われたら、もっと頑張るしかなくなるじゃん。」彼女の声は疲れているはずなのに、どこか弾んでいた。
体育館の端では、窓越しに小さなツリーの明かりが瞬いている。二人だけのクリスマス。ボールが静かに転がる音とともに、笑い合う声が重なった。
この冬を越えても、彼女の隣にいたい。華飂は胸の奥で、固くそう願った。
「ねえ、華飂。」呼ばれた声は、普段のキャプテンの響きとは違って、少しだけ心細げだった。
「頑張ってる私に……なんか、ご褒美ほしいな。」思わず息を呑む。冗談めかした笑みの裏に、本音がちらりと覗いていた。努力を続ける彼女の、わずかな甘え。
「ご褒美って……例えば?」問い返すと、リアはタオルで顔を隠しながら小さく肩をすくめた。
「……秘密。華飂が考えて。」その仕草が、いつもの眩しい笑顔よりもずっと心を揺さぶった。
華飂は少しだけ考えて、そっと答える。「じゃあ――全国大会が終わったら、二人でどこか行こう。人が少なくて、のんびりできる場所に。」
リアは目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。「それ、すっごくいい。約束ね。でも今欲しい。だから」彼女は私にキスをした。
凍える空気の中、二人の吐息が重なって白く溶けていった。
――――――1月、全国大会の舞台。――――――
照明が眩しくコートを照らし、観客席からは絶え間ない歓声が押し寄せていた。残り2分、スコアボードには「60:62」。相手チームがわずかにリードしている。
リアは汗で濡れた髪を手で押さえ、深呼吸を一つ。仲間の目が自然に自分に集まる。
「次の攻めは私が持つ!」小さな声で決意を告げ、ドリブルを刻む。ディフェンスが二人、立ちはだかる。だがリアは冷静にパスを回し、仲間を見極める。
残り1分30秒、相手がファウルでフリースローを決め、スコアは60:64。会場の空気はさらに張り詰め、観客の手拍子が大きくなる。
「ここで諦めるな!」ベンチから仲間の声が飛ぶ。リアは深くうなずき、コートを駆け抜ける。
残り1分。リアは相手のミスを見逃さず、ボールを奪い返す。ブザーのように響く観客の声の中、彼女はドリブルでゴール前へ突進。フェイントを一つ、二つ――ディフェンスをかわす。観客の息が一斉に止まった瞬間、リアは仲間にパス。仲間がシュートを放ち、ボールはリングをかすめるが外れる。スコアは61:64。
残り30秒、時間が刻一刻と迫る。リアは再びボールを受け取り、胸で抱え込むようにドリブルしながらコートを横切る。背後からのプレッシャーを受けても、一歩ずつゴールに近づく。
残り10秒、リアは最後の一手を決意した。ディフェンスをかわし、跳躍。放たれたボールは見事にネットを揺らし、スコアはついに「65:66」――逆転の瞬間だ。
ブザーと同時に会場は轟音のような歓声に包まれ、ベンチの仲間たちが飛び上がる。リアはMVPの輝きをまといながらも、視線はあなたを探す。
そして人混みの中に見つけるや否や、リア一刻の躊躇もなく、あなたの手を掴み、いかにもこの世界にはあなたたち二人だけになったようだ。掌にはまだ試合の熱が残っていて、鼓動が直接伝わってくる。周囲の羨望の視線も、彼女には届かない。
子供のように期待に満ちた瞳で見上げ、リアは頬を赤らめ、声を弾ませた。
「絶対来るって分かってた! 勝ったわよ!……ねえ、夜は一緒にご飯、二人だけで行かない?」
体育館の外に出ると、冷たい冬の夜風が顔に当たった。試合の熱気とは違う、ひんやりとした空気。リアは手をぎゅっと握ったまま、自然に肩を寄せてくる。
「寒いでしょ。私、手、温めるね」その声に、石清水はわずかに微笑む。普段の無表情の奥で、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
二人が歩いたのは、駅前の小さなレストラン。クリスマスのイルミネーションが窓の外で瞬き、街路樹に飾られたオレンジのランタンが冬の闇を柔らかく照らしている。店内は木の香りと食事の匂いが混ざり、暖かい空気が満ちていた。
「リア、どれにする?」石清水がメニューを手に尋ねると、リアは目を輝かせた。
「全部おいしそう……でも、やっぱり今日は、パスタがいいかな。勝ったご褒美だし!」
「ご褒美……ふふ、なるほど」小さな笑みが彼女の口元に浮かぶ。石清水はその表情に目を細め、自然と心が和らぐのを感じた。
料理が運ばれてくる間、試合の話題で二人は笑い合った。リアは「このシュートはやばかった」と何度も身振りを交え、石清水は静かに相槌を打つ。笑い声が混ざると、試合の緊張が嘘のように遠く感じられた。
「ねえ、華飂……来てくれて、本当にありがとう」リアが小声で言った。
「……当たり前です。あなたの勝利を、一緒に喜びたかっただけです」そのやりとりだけで、言葉以上の感情が伝わる。互いの目がしばし交わり、胸の奥が温かくなる。
デザートのチョコレートケーキを二人で分け合う頃には、外はすっかり夜の帳が降りていた。リアはフォークを差し出しながら、少しおどけた表情で言う。
「ねえ、来年も、絶対こうやって一緒に祝おうね。勝っても負けても、私は華飂と一緒にいたい」石清水は黙って頷き、リアの手をそっと握った。温かさが指先から伝わり、静かに胸が高鳴る。
街のイルミネーションが二人の影を長く伸ばす。冷たい夜も、熱く躍動した試合も、今この温かい時間の中で、すべてが柔らかく包まれているように感じた。
勝利の夜。ご褒美は、二人だけの静かな幸福だった。