第二話最終章
――――――帰り道――――――
私は真ん中、左に平井さん、右に殻音。殻音は私の右腕を抱き込み、ほんのり優しい力で引き寄せる――が、その瞳は平井さんへ優しめの威嚇を向けている。
「あんた……勇兒に手を出すなよ。」口調はきついのに、不思議と優しさが混じっていた。平井さんは小さく肩を揺らし、苦笑で受け流そうとする。
しばらく歩くうち、平井さんとの会話に夢中になっていた私の右腕に、殻音の握力がじわじわ強くなっていく。
「ちょっと、姉さん、痛いよ。」
「うるせえ。」そして、顔を背けたまま、小さな声で囁いた。
「お前のことだけは……絶対に誰にも渡さないから。」私は平井さんに視線を向け、申し訳なさそうに言う。
「平井さん、ごめんね。」
「うんうん、いいのよ。お姉さんが勇兒くんのこと好きっていうこと、だいぶ分かったから。」平井さんは明るく笑った後、少しだけ俯く。
「羨ましいんだよね……殻音さんと勇兒くんのこと。」
「おい、何言ってんだよ。」
「お姉ちゃん、静かに。私たちみたいに、複雑な家庭かもしれないだろ。」私は柔らかくそう言った。
「分かったから、平井に話を聞いてみろよ。姉さん、邪魔しないから。」平井さんは立ち止まり、真っ直ぐこちらを見た。
「私の家……両親が怖いんだ。私がやること全部やめさせて、言われた通りにしないといけないの。
ママたちは私のこと守りたいって言うけど……」そこで一呼吸置き、笑みに似た苦さを浮かべる。
「勇兒くんとお姉さんはお互い守り合ってて……いいなって思うの。そういうところに惹かれたんだ。」殻音はその言葉に、足を止めた。
隣で平井さんを見据え、低く呟く。
「……守りたいって思われてるなら、いいことだろ。」しかし、すぐに首を振る。
「いや、違うな。俺だって勇兒が嫌がること、しちまうこともある。……誰にも渡したくないだけなんだけどな。」殻音は少し目を伏せ、それから平井さんに向かって言った。
「お前のママたちも……きっとお前のことを愛してるんだよ。
でもさ……愛しすぎても、時には苦しくなることもあるんだよな。」
「それはお姉ちゃんにも言える言葉だよ。」
「うるせえ。」
「お姉ちゃん、平井さんの家に行って、相談してみてよ。」殻音は眉をひそめ、少し考え込む。
「……昨日言っただろ。幸せにしろって。幸せにするためには、どうにかしないと。」
「幸せにしろ? 私は勇兒が幸せなら、それでいいんだよ。」
「じゃあ、平井さんの家に行こう。」平井さんは、そっと私の手を握った。寄り添うように歩き出す。
「ちょっと待てよ。なんで俺まで行く必要があるんだ?
お前と平井さんが話すだけなら、ここで待ってる。」
平井さんのお母さんと話し合った。やはり一番に大事に思っているそうだ。なので平井さん自身より守ることを優先してしまっているらしい。そこにお姉ちゃんが出てきて言った。まるで自分自身を省みているようだった。
「あんたの愛情の仕方も痛いほどわかります。守りたいものには傷ついてほしくないから……過剰に愛を与えてしまうこともあるかもしれない。
けどな!楠見は一生懸命その愛を受け止めようとして我慢してる。我慢しないといけない愛なんてただの邪だと俺は思うぜ!」お姉ちゃんがちゃんとした言葉で一生懸命言っていた。多少ぎこちなかったけれど。
――――――その後――――――
「良かったね、平井さん。」私は薄ら笑いをしながら言う。
「うん、……勇兒君。」しばらく歩くと、平井さんが足を止めた。
「ねえ…ちょっとだけ話したいことがあるの」夕方のオレンジ色の光が、彼女の横顔をやわらかく照らす。
近くの公園に入り、ベンチに腰掛けた。風が木々を揺らし、乾いた葉がかさりと音を立てる。平井さんは膝の上で手を組み、しばらく視線を落としたまま黙っていた。
「ありがとう、勇兒君。私勇兒君といれてすごく楽しかった。」お姉ちゃんが何か言いかけたが、平井さんは続けた。
「殻音さんが羨ましかったよ。だって…あんなふうに真っ直ぐ想ってもらえるなんて、なかなかないから」そう言って僕をまっすぐ見つめ、静かに息を吸い込んだ。
「勇兒君、私…あなたのことが好き以上になっちゃいました。大好きです。」胸の奥が一瞬で熱くなる。お姉ちゃんの視線が横から刺さる気配を感じたが、平井さんの瞳から目を離せなかった。真剣で、でもどこか不安を抱えた光。
「嫌じゃ……ないかな。」
お姉ちゃんがゆっくり立ち上がり、ベンチの背後に回った。
「…勇兒、答えはどうなんだ?」その声は低く、けれど思ったほど冷たくはなかった。
私は少し迷った後、平井さんの手をそっと取った。
「…ありがとう。私も……好きだよ。」平井さんの目がふっと潤み、笑顔が咲いた。横でお姉ちゃんが深く息を吐き、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。けれど、完全な拒絶ではなく、どこか諦めと受け入れが混じったような音だった。
「まぁ、いいぜ。特別に認めてやるよ。」
選択致しました。