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第一話後編

 昼過ぎ、くるみはキッチンで軽い料理を作り始める。炊飯器のタイマーが鳴る音に合わせて微笑んだ。


 「もし来てくれたら……一緒に食べられるかな?」無理な願いだとわかっているけど、離れていた時間を埋めるには時間がかかる。

 昼食を済ませルームシェアのルールである選択を時間内に終え一段落したところでスマホを見ていた。


 玄関の鍵の音に反応し、リビングから駆け寄る。薄紫のパジャマ姿で、髪には寝癖が残っている。


 「おかえりなさい……」少し恥ずかしそうに笑う。

 

 「あれ、もしかして寝てたの?なら夕食はどうしようか。」私が尋ねるとくるみは驚く

 

 「ディナー?えっ、もうそんな時間なの?」時計は夜八時を指していた。


 「まだ支度できてないみたいだし、外で食べようか。」私が提案するとキッチンをちらりと見る。料理の準備ができていなかった。くるみは私の腕にそっと手を回し、体を軽く寄せてきた。その温もりがじんわりと伝わり、胸の奥が熱くなる。彼女の瞳は期待と不安が入り混じったように揺れていた。


 「嬉しい…どこに行くの?」くるみは少しだけ不安そうに尋ねる。


 「君の好きなイタリアンにしよう」と私が答えると、彼女の表情がふっと緩んだ。くるみは急いで自分の部屋へ駆け込んだ。


 数分後、リビングに戻ってきた彼女は、薄紫色のワンピースに身を包み、丁寧にセットした髪が柔らかく肩にかかっていた。控えめなメイクが彼女の美しさをより引き立てている。


 「どう?似合う?」くるみはくるりと一回転しながら、私の反応を伺うように目を輝かせた。その瞳にはまるで子供のような無邪気さと、どこか大人びた色気が混じっていた。


 「とても似合ってるよ」と私は素直に伝えた。彼女の頬が少し赤く染まった。


 夕暮れのイタリアンレストラン―――ペイサン。窓際の席に並んで座り、彼女の横顔を眺めながらメニューを手に取った。くるみは私の視線に気づいてか、ふと微笑みを浮かべる。


 「ここ、初めて来たね。高校の頃からずっと来たいって言ってたのに、なかなか実現できなかったね。」彼女の声はどこか懐かしく、そして甘かった。フォークを軽く回しながら、私の手にそっと触れてきた。その瞬間、私の頬が熱を帯びていくのがわかった。


 「あの頃はもっと素直に話せてた気がする」と彼女がぽつりと呟いた。


 視線を落としたくるみの頬がさらに赤く染まる。私は何も言わずに彼女の手を握り返した。


 「今も…好きだよ。本当に。だから、また一緒にいたいな。」彼女は少し身を乗り出し、私の目をじっと見つめる。窓から差し込む夕陽が二人の間に優しい光のヴェールをかけていた。


 「ねえ、一口食べる?」くるみが私の前に差し出したフォークを見て、思わず口元が緩む。勢いよく幼児言葉を口にしてしまった。


 「たべりゅ。」薄い諧謔を思いついたから言ってしまったがくるみは笑ってくれるだろうか。


 その言葉にくるみは一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、頬を両手で挟むようにして私の顔を覗き込んだ。


 「どうしたの?急に赤ちゃんみたいになっちゃって…かわいいけど。もしかして緊張してるの?」


 (緊張しないわけがない。しかも笑ってくれなかったし。)


 くるみは自分の皿からクリームパスタを一口すくい、そっと私の唇に運んできた。

 「ほら、食べて。」


 「んっ…」唇がスプーンに触れる瞬間、私たちの視線が絡み合う。くるみはスプーンを離さずに私の顔を見つめ、首をかしげた。


 「もっと…一緒にいたいな。」囁くような声が胸の奥に染み入る。


 私はその言葉に素直に頷き、彼女の手をぎゅっと握り返した。外の月明かりがいつも以上に儚く二人を包み込んでいる。


 「私も…」少し俯きながら呟く。


 くるみはスカートの裾をそっといじり、言葉を紡ぐ。


 「でも、一緒にいるのは久しぶりだよね。私はもっと…」


 「…特別な関係になりたい。」彼女の声は小さく、それでいて真剣だった。普段の明るさとは違う、内に秘めた感情が伝わってくる。大きな瞳がじっと私を見据えている。


 ――――――あの日から少し時間が経ったある日。大学の図書館で、くるみは私の隣の席にそっと腰を下ろした。教科書を広げるふりをしながら、ちらちらと私の横顔を窺っている。


 「ねえ…最近ずっと一緒にいられて嬉しい。でも…」言葉に詰まった彼女は左手を落ち着かせようと指を動かす。その手首に光る傷跡が目に入った。


 「ごめんね。やっぱり私、あなたのこと好きになっちゃいけないのかな。」勇気を振り絞って私の目を見つめながら話すくるみ。


 「そんなことないよ。くるみは悪くない。全部、私のためだったんだから。くるみが気に病むことなんてないよ。」私は彼女の傷を心の中でそっと宥めた。


 「本当に?でも、あの時のことは…私はあなたを傷つけたんだよ。」くるみの言葉は重く、しかしどこか儚げで胸を締め付ける。


 彼女はポケットから小さなメモ帳を取り出し、丁寧にページをめくった。そこには私たちの思い出がびっしりと書き込まれていた。別れを告げたあの日から再び会うまでの空白の日々も埋められているようだった。ページの端は擦り切れて、くるみがどれだけ大切にしてきたかが伝わってくる。


 「やり直せるなら…今ここで、やり直したい。」私は静かにくるみの頬に手を添え、滑らかに唇を重ねた。彼女の体がほんの少し震え、二人の間に温かな火が灯る。

 

 体全体が熱く、ポカポカになった体は二人の間の隙間を暖かく繋いでいました。

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