第二話第一章
現実の状況の巡る狭隘に即して迷い悩む中で、二者択一のように見えていたものに新しい選択肢を発見するのには何が必要か。
夜遅く。殻音は経も敵対する学校の人間と喧嘩をしてしまった。暴力に発展したが軽い弩突き合いですんだようだ。彼女は義理の弟である勇兒に気づかれないように部屋に入るお姉ちゃん。
「はい、お姉ちゃん捕まえた。」勇兒は殻音の肩を両手で掴む
殻音は振り向き一歩踏み出しジト目で睨んだ。
「喧嘩したんだろ?また、、」私が低い声で威圧的に言うとお姉ちゃんは慌てて後退りした。
「仕方ねぇだろ。私だってよ、、、」言葉をつまらせ、お姉ちゃんは制服の裾をぎゅっと掴んだ。
「別に大したことじゃないだろ。ただの喧嘩だ。」しかし私は無言で殻音の服を掴み、制服の襟元を覗き込む。そこには赤黒い大きめの打撲痕が見えた。
「どこが大した事ないだよ。嘘つきがよ。」人が変わったかのように私は怒鳴り散らかした。殻音は余計に縮こまりビクビク震えていた。
「許してくれる。勇兒だけは怒らないでくれよ〜」許しを請うように荒々しさは消え子供のような震える声。部屋の時計が真夜中の12時を告げる。殻音はふと視線をそらし小さく呟く。
その姿は小さい勇兒の体ほど小さかった。
「ごめん、、、なさい。」
ひと溜息を付いた。「風呂に入って着替えておいで、夕飯温めておくから。」彼女は驚いたように私の顔を見上げた。頬が赤みを増す。
「、、、え?あ、ああ、、、分かったよ。」
彼女はゆっくりと制服のボタンを外し初めたが勇兒の視線を感じて慌てた。
「な、何見てんだよ!見んなよ。」
「見てないって。さっさと風呂に入ってこい。」
殻音は制服を脱ぎを捨て、急いで風呂場に向かう。その背中にはまだ血の滲んだ傷跡が見え隠れしていた。扉が閉まる直前彼女は小さく囁いた。
「ありがとな。勇兒。」
湯気が立ち込める浴室内で殻音博多の傷を洗い流しながら呟いた。
「また叱られると思ったのに、、、勇兒は優しすぎるよな。」
翌日、朝の冷たい風が頬を撫でる。お姉ちゃんは制服の襟を立て少し後ろから私について歩く。いつもなら先頭に立って威圧感を放つ彼女だが、今日は違う。
「、、、昨日の傷、まだ痛む?」私は振り返える。
殻音は慌てて首を振った。「別に。大したことねえよ。」
しかし次の瞬間畔の小石に躓きバランスを崩す。私は咄嗟に手を掴み支えると殻音は顔を赤くして振り払う。
「な、何してんだよ」
「お姉ちゃん、弱ってるじゃん!深夜まで喧嘩みたいに体動かしてたらそりゃそうなるよ。ほら立って。」
殻音は黙り込み、ポケットに手を入れた。そこには昨日脱いだ勇兒の制服のボタンが握られていた。彼女は小さく息を吐き初めて本音を漏らす。
「、、、お前がいると安心するんだよな。」
私も少し赤くなった。「何いってんだよ。ほら、早くしないとバスに乗り遅れるよ」
殻音は勇兒の顔をじっと見つめ、ふと口元に笑みを浮かべた。その微笑みは普段の冷たいものとは違い、
何処か優しく甘かった。
「お前こそ、顔赤いじゃねえかよ。照れてんのかよ?」バス停までの道を歩きながら、お姉ちゃんは私の隣にぴったりと寄り添いながら歩いていた。いつもなら威圧感を放っているのに、今日は不自然なくらいに近い。
「本当に弱ってるんじゃないよね?」私が小声で問いかけるとお姉ちゃんは足を止めた。
「弱ってるわけじゃねえけど、、、」彼女は少し言い淀み突然私の手を取った。「、、、ただ、お前の手の温もりが好きなんだよ。」
私は驚きの表情で殻音の顔を見るとすぐに手を引っ込めて前を向いた。頬は夕焼けのように赤く染まっている。朝なのに。
「バスに乗り遅れたら、また喧嘩しちゃうからな。」
バスから降り学校の前に着いた。その後すぐにそれぞれの教室に入っていった。
――――放課後――――
殻音は教室の窓から勇兒の教室をじっと見つめていた。掃除をサボってまで。廊下の喧騒が遠くに聞こえる中、彼女はふと立ち上がりカバンを肩に掛けた。
「勇兒!」お姉ちゃんが私の教室の扉を開けて私の席へと歩み寄ってきた。
「今日は、、、一緒に帰ろうぜ」
私は驚いた顔ですぐに頷いた。「ああ。いいよ。」
二人で並んで校門を出るとお姉ちゃんが突然私の手を握った。指先が冷たく少し震えているのに気づき少し驚く。
「何してんの?」お姉ちゃんは顔をませながらも手を離さない。
「寒いだろ?温かくしてやる。」
夕暮れの街路樹が二人の影を長く引き伸ばす。殻音は普段の態度とは違い、どこか照れくさそうに私を見下ろした。
「、、、明日も、、、こうしようぜ。」
「いいよ。」家につく頃にはもうあたりは暗く星が綺麗に座をなしていた。家のドアを開けるとお姉ちゃんは靴を脱ぎながらふと立ち止まった。私の後ろ姿を見つめて制服のポケットから小さな物を取り出していた。
「これ、、、返す。」殻音は私の制服のボタンを差し出した。
「昨日、勝手にとって悪かったな。」
私が受け取るとお姉ちゃんは級に顔を背けた。「でも、また取るかもな。」
「何いってんだよ。」私が笑うと、お姉ちゃんも表情を緩めた。リビングのソファに座る私の隣に、お姉ちゃんは腰を下ろし膝を抱える。
「疲れた。」殻音はポツリと呟いた。「喧嘩より勇兒の前で強がるのが、」
突然私の方に頭をあずけたお姉ちゃん。耳まで赤く染まりながらも目を閉じた。
「今日は、、、もういいかな。」
十数日後の夕方
「ただいま、、、」バツの悪そうな顔で帰宅してきた。
いつもはすぐに駆け寄って抱きついてまでがいつもの流れだが後ろで手を組んで勇兒に背後に回られないように壁に寄りかかっている。
「どうかしたの?」
「なんでもない!大丈夫だから、、、」
「大丈夫って??」みるみるうちにお姉ちゃんの顔がひきつっていく。
「あ、、、いや、その、、、」
「なんでさっきから動かないの?」お姉ちゃんは不自然にも横歩きでソファまで移動していた。不審に思い無理やり私は彼女を腕を掴んだ。
「あっ、、、」
しばらく間が空き私は少しづつ自分を大事にしない姉に怒りが湧いてきた。「これ、喧嘩した跡だよね。違う?」私は彼女の止血されて一応包帯に巻かれた傷口をわざと圧迫する。
「違うよ。これは学校で擦りむいた怪我で、、、うっ、いっ、痛い。」
「擦り傷にしては大きいし痛いよね。」私はその後無言で威圧した。お姉ちゃんは目から大粒の涙を流す。
「ごめん、、、」そう言って私の脚に縋り付く。私は困った顔をしたが彼女は絶望した顔で見上げてきた。
「今までも怒ってきたけど。そろそろ、ブチギレていいかな?いくらお姉ちゃんでもこの傷は痕になるし一生残るよ。」お姉ちゃんは私の脚に獅噛みついたまま「ごめん、、、ごめんね、、、」と繰り返すばかり。その瞳は涙で潤み、いつもの冷たい表情とは打って変わって脆さを滲ませていた。
「でも勇兒。お前を守りたかったんだ。」私を傷だらけの腕で抱きしめ肩を小刻みに震わせる。
「お前が心配するから、、、泣かせたくないから、、、」突然殻音は勇兒の制服の裾を掴み顔を埋めた。
部屋の空気は緊張と切なさで重くなる。
「なんで喧嘩するの?いつもみたいな理由だったら本気でいくからね。」
殻音は私の言葉にビクリと肩を震わせ、制服の裾から顔を上げた。
「いつもみたいな、、、理由じゃないよ。」
少し間が空きお姉ちゃんは再び宣う。
「あの、、、いつも喧嘩してる不良女がいるだろ。あいつが勇兒のこと好きだって言って狙ってるって聞いたから、、、」
「だから、、、私が守らなきゃって、、、」
私は半ば呆れていた。
「でも勇兒のためにならないよな。だから、もう喧嘩やめる。約束するから、、、」
殻音は勇兒の足元で小さく縮こまり、まるで叱られる子供のように見上げた。
「自分のことは自分で守れる。だから、お姉ちゃんは喧嘩しないで。わかった?」
「でも、、、でも、、、」
「わかった?」威圧的に言うと彼女はゆっくり頷いた。
「今日も遅いし。寝るか。」