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第六話第二章

――――――――――――――――――

 

 あの日の坂道以来、放課後だけでなく、香澄の視線は少しずつ黒川に向けられるようになっていた。教室の中でも、休み時間の隙間の時間を見つけては、そっと話しかけてくる。


「黒川くん…昨日の掃除のとき、あの…机の上の埃、もっと取ったほうがよかったかな」


香澄は言葉を探しながら、小さく肩をすくめる。黒川は淡々と答えるが、内心ではその動作一つ一つが可愛らしく、少しずつ心を揺さぶられていた。


授業中も、ノートを広げながらふと香澄が小声で囁く。


「ねぇ、黒川くん…ここ、問題の意味がよくわからなくて…」


 小柄な黒川は机の下からちらりと彼女の顔を見る。香澄は目を伏せ、指先でノートを押さえながらも、心臓が早鐘のように打っているのが分かる。黒川は軽く微笑み、そっと説明しながらも、その距離感を計算しつつ、微妙に近くなる香澄の体温を感じ取っていた。


 休み時間の廊下では、香澄が勇気を振り絞って近づいてくる。


「…あの、黒川くん、ちょっとだけ…放課後の掃除の作業、一緒に考えてくれる?」


 黒川は少し意地悪く微笑み、内心で「ふふ、ついに誘ってきたか。」と思いながらも、表情は淡々と返す。


 「もちろん、」


 香澄は目を伏せ、頬を赤らめながらも小さく頷く。その仕草一つで、黒川は香澄が自分に心を開きつつあることを確信する。彼女の無口で控えめな性格が、逆にこの微妙な距離感を緊張と心地よさで満たしていた。授業中や休み時間のたびに、香澄はおどおどしながらも少しずつ会話を増やしていく。黒川はそのたびに狡猾に観察しつつ、時折優しく手助けをすることで、香澄の安心感と期待感を巧みに引き出していく。


 教室の隅での小さなやり取り、廊下の短い会話、ノートを覗き込む距離感――すべてが日常の中の微妙なドキドキとなり、二人の心はゆっくりと近づいていった。無言の沈黙すらも、互いを意識する時間として特別になりつつある。香澄の頬の赤み、言葉の途切れ方、息遣い、すべてが黒川の心に鮮明に刻まれていく。


 その日も、香澄はおどおどしながら机を挟んで話しかけてきた。黒川は淡々と応じつつも、内心で計算と期待が入り混じり、彼女の無口さや照れくささが、以前よりも魅力的に映るのを感じていた。


 ―――――――――――――――

 ある日の放課後、掃除を終えた教室で、香澄は小さく息を整えながら黒川に尋ねた。


「…あの、黒川くんの家、行ってもいいですか…?」


 小柄な黒川は一瞬目を細め、香澄の表情を観察する。頬をほんのり赤くして俯く香澄の仕草に、狡猾ながらも少し胸が弾む。


 「ああ、いいけど…一人で来るの?」


 香澄は小さく頷き、視線をそらす。軽く微笑んで答える。


 「じゃあ、バスで行こう。私の家まで、終点で降りればいいから。」


 ――――――翌日――――――


 二人は駅で待ち合わせ、香澄は少し緊張しながらも黒川の横に並ぶ。電車で数駅移動し、さらに山間のバスに乗り換えると、窓の外に広がる森や田畑が次第に深い緑に変わっていく。香澄は景色に見とれながらも、時折黒川に目を向け、彼の小柄な体が窓際で落ち着いた様子に安心感を覚える。


 「…意外と遠いね」香澄が小さな声で呟くと、黒川は淡々と答える。


 「私の祖父母の家は山の奥だからね。」


 バスが終点に着き、黒川の家の前に降り立つ。小さな木造の家は、周囲の森に囲まれて静かで、夕陽に照らされて温かい雰囲気を醸し出していた。香澄は少し緊張しつつも、黒川の後に続いて家の中に入る。祖父母はもう寝る準備をしていたが、二人が来たことに驚きながらも笑顔で迎え入れる。


 だが、時計の針はすでに夜の七時を回っていた。バスはこの時間に外で待っていてものこり1本あるかないかの状態。その上電車を使って戻るのは現実的でなく、香澄は少し困った顔で黒川に小声で尋ねる。


 「…あの、帰るのは…明日でもいいかな…」


 黒川は目を細め、淡々と答える。


 「構わないよ。今日はここで泊まっていいよ。」


 香澄は小さく頷き、少し恥ずかしそうに布団に入る。黒川も同じ部屋で布団に入り、互いに距離を保ちながらも、微かに香澄の息遣いや温かさを感じ取る。言葉は少なく、しかし互いの存在を強く意識する静かな夜。


 暗がりの中で、香澄は小さな勇気を振り絞って、少しだけ体を黒川に寄せる。黒川は自然に肩越しに距離を縮め、香澄の微妙な緊張や照れを楽しんでいた。祖父母の寝息が遠くから聞こえる中、二人は言葉少なに、しかし確かに心の距離を近づけて眠りについた。


 夜の静寂が包む祖父母の家の一室で、香澄の柔らかい呼吸と黒川の冷静ながらも心地よい存在感が混ざり合い、微妙なドキドキと安心感が交錯する一夜となった。

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