第一話前編
大学3年生の夏。私――庵野実湯は夏休みを利用して、実家暮らしを卒業しルームシェアを始めることにした。相手は同じ大学3年生ということ以外、何も知らない。期待と緊張で胸が高鳴る中、約束の賃貸物件に向かった。
外観は悪くない。程よく新しくて綺麗だ。二人で住むには十分だろう。私は中に入るのをためらい、少しでもルームメイトと会ってからにしたいと待った。すると、懐かしい姿がゆっくりとこちらに歩いてくる。
高校の同級生であり、元カノのくるみだった。
「久しぶり〜!元気にしてた?」彼女は笑顔で近づきながら言った。
「何の用だよ。今更。」私はつい冷たく言い放つ。
くるみは驚いたように目を丸くし、ふふっと笑った。両手を胸の前で組んで身を乗り出し、
「そんな冷たい態度しないでよ。ルームメイトになったんだから、まずは仲良くなりたいじゃん?」
彼女の金髪は夏の陽射しに輝き、薄紫のインナーカラーがちらりと見える。大きな瞳で私をじっと見つめていた。
「それに……」声を低め、囁くように言う。
「また一緒に暮らせるなんて、運命だと思わない?」頬がほんのり赤く染まり、指先で髪をいじりながら視線をそらすくるみ。
「なんで別れたと思ってるんだ。くるみの浮気だぞ。」私は感情を押し殺して言った。
一瞬、彼女の表情が凍りつく。赤みが消え、大きな瞳が悲しげに揺れた。
「え……そんなこと、本当に思ってるの?」震える声だった。
「ごめん。でも浮気じゃない。ただ友達と遊んでただけで……」彼女は俯き、指で床をなぞる。肩が小さく震えている。
「でも私が悪いのはわかってる。ずっと、あなたに謝りたかった。だからまた一緒に暮らせるチャンスを掴んだのに……」涙ぐむ目で私を見つめ、顔を上げた。
「信じてほしい。もう二度とあなたを傷つけないから……」私は思わず、言葉が出た。
「ならちゃんと当時のことを聞かせてくれ」
くるみは深呼吸し、ポケットからハンカチを取り出して握った。窓から差し込む夏の陽射しが彼女の金髪を輝かせている。
「あの時は、本当に酷いことしたよね。」声は震えていた。
「あなたが待ち合わせ場所に来てくれたのに、私は友達とカフェにいたの。」彼女は私の目を見つめながら続ける。
「でも、それはただの友達だったの。彼氏でも何でもなかった。私……あなたにだけは嘘をつきたくなかったから、連絡しなかったんだ。」ハンカチで目元を拭う。
「でも、あなたが怒って別れちゃった後、毎日後悔してた。あなたに会いたくて……だから今回ルームメイトになれるって聞いて、すごく嬉しかったの。」彼女はゆっくりと近づき、小さな手を差し出した。
「もう一度だけ、信じてほしい……」私は涙ぐみながら謝った。自分の誤解から始まったことに。
くるみは驚いたように目を見開き、そしてほんのりと笑みを浮かべた。手を引っ込め、代わりに私の袖をそっと掴んだ。
「……泣かないで。」震える声で言う。
「私こそ、泣きたくなるよ。」彼女は私の顔を覗き込み、その大きな瞳に映る自分を見ていた。
夏の斜光が二人の間に差し込み、くるみの金髪がまばゆく輝く。
「本当にごめんね。」囁いた。
「あの時のことは今でも毎日思い出してる。あなたがどれだけ傷ついたか……」指先が私の手首に触れた。
「だからこのチャンスを大切にしたいの。一緒に暮らすことで、少しずつ信頼を取り戻せるかもしれない……」くるみは私の反応を探るように見つめ、そっと肩に頭を寄せた。
「くるみは悪くないよ。ごめん。私もあの時ちゃんと話を聞いていればこんなことにはならなかったのに」
瞳が潤み、胸が熱くなった。私は思わず両手で顔を覆った。
「本当……?」震える声。指の隙間から覗く彼女の目は涙でいっぱいだった。くるみはゆっくりと私に寄りかかり、制服の袖に頬を押し当てた。
「ありがとう……本当にありがとう。」声は布越しにかすれて聞こえた。
「私……ずっとこの日を待ってたんだ。」夏の風が二人の間に吹き抜け、くるみの金髪が私の肩に絡まる。彼女は顔を上げ、優しく微笑んだ。
「一緒に暮らせるってだけで幸せなのに……こんな風に話せて、もっと幸せだよ。」くるみは私の手をそっと握りしめた。その温もりに、過去の痛みが少しずつ溶けていく気がした。
――――――翌朝――――――
くるみはリビングのキッチンカウンターに寄りかかりながら私を待っていた。昨日の夜、お互い少し距離を置くことを決めたけれど、彼女の瞳にはまだ不安と期待が交錯していた。
「おはよう……」くるみは私のスーツケースを見つめ、小さく囁いた。
「仕事、大変だよね?」手に持っていたカップをテーブルに置き、ゆっくりと近づいてくる。制服姿の私を見上げて、ふわりと微笑んだ。
「あのね……」恥ずかしそうに視線を逸らす。
「昨夜、一人で寝てたら……またあなたの夢を見ちゃった。」頬がほんのり赤くなる。
「今日はお昼休みとかあったら、連絡してほしいな。部屋にいるから。」くるみは私のジャケットの袖を軽く摘み、優しく握った。
「わかったよ。何かあったら連絡するから。」私はシャツに着替え、きちっとした服装で小説事務社の仕事に向かった。
くるみは玄関のドアを閉めてからしばらくその場に立ち尽くしていた。シャツの袖を握った手がまだ温かい。
「……連絡してほしいな……」小さく呟く。リビングに戻ると、買ったばかりのフレグランスを手に取り、寝室へ向かった。
部屋中を優しい香りで満たしながら、ふとベッドに腰を下ろす。携帯電話を握りしめ、窓の外を見つめる。太陽が眩しくて目を細めた。
「お昼休みまで……あと5時間……」突然、スマホが光った。飛び上がりそうになりながら画面を見ると、SNSの通知だった。少し残念そうに息を吐き、
「早く会いたいな……」と呟いた。
一方、庵野は。
「石清水くんは最終印刷量を確認して。」
「わかりました。」