蛇足的な前日譚 終わって始まった日
どうやら世界が大変なことになったらしいと気づいたのはそれが始まって数日経ってからのことだった。今時であれば引き籠っていたってリアルタイムのニュースくらい目に入るものなのだけど、数日前に両親と喧嘩をしてそれまで以上に無気力になった彼はスマホもPCも電源を切ったまま放置して、適当に漫画を読んでほとんど寝て過ごしていた。
だからその間両親のことなど気にも留めなかったのだ。
そしてそれが始まった日から両親が帰っていない事にも彼は気づいていなかった。もちろんその間ずっと部屋を出なかったわけではない。トイレにも風呂にもいったし台所から食べ物を拝借したりもした…………ただ基本的には両親が普段寝静まった時間を選んでいたし、日中に出た時には偶々出かけているのだと思っていた。
だから、気が付いた時にはもうどうしようもなくなっていた。
突然発生した人を狂わせる正体不明の疫病は瞬く間に政府の対応できる範囲を超えた。今では町にはゾンビのようになった人々が徘徊し、数少ない生存者たちを襲っている。最初は避難などを呼びかけていた公的機関も沈黙してしまった…………SNSなどで自身の生存を訴えていた人たちも日が経つごとに更新が途絶えていた。
その間彼が無事だったのはただ静かに暮らしていたからだろう。両親の不在に気づかず自身の存在を消すように生活していたおかげで外を歩く感染者に気づかれずに済んだのだ。
そして事態を把握すると必要最低限の範囲を内側で封鎖した。下手に欲張って家全体を塞ぐのは作業の段階で気づかれる可能性があると思ったし、一人では難しい。だから感染者に家へ侵入されても大丈夫なように必要な部分だけを家の中で区切った。
幸いその作業に気づかれることはなかったし、その後も感染者が侵入するような形跡もなかった…………だから、そのまま静かに過ごし続ける限り彼は安全だった。けれど水や食料には限りがあり、政府が機能していない様子の現状ではそれがただ死を待つだけであることもわかっていた。
だけど、それがわかっていても彼は外に出ることが怖かった。感染者に殺されるかもしれないという恐怖はそれほどなく…………けれど変わり果てた両親を見つけてしまうことが怖かった。最後に喧嘩をしてしまったがそれは彼のことを思ってのことだったのはわかっている。だから彼も反省して、いい加減前に進もうと決意して矢先のことだったのだ。
もう少し、本当にも少し早く彼がその決意をしていれば両親を助けることができたかもしれない…………その選択の結果を直接確認する勇気が彼にはなかった。
だから、そのまま引き籠りを続けた。
もしかしたら両親は無事で家に戻ってくるかもしれない。引き籠って外を見ない限りその可能性は残り続ける…………両親が彼のことなど忘れて安全な場所にいることだけをただ願った。
そのまま何も知らないまま死ぬことを彼は願った。
両親のその後を知っているかもしれない生存者と出会うのも嫌で彼は全ての連絡を絶った。
ただ、それでも彼は死にたくなかった。
ただ、それでも彼は一人でいることには耐えられなかった。
そして彼は偶然にも特別な力を持っていて、その環境はそれを目覚めさせた。
だから、その後に起きたことは全て必然だ。
彼は一人ではなくなり、彼女たちに前を見る勇気を貰った。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




