七十六話 なるようになったのなら最善
日陰たちはアマテの神域を離れてユグドとヨミの故郷であるあの世界へと戻った。もちろん戻ったと言っても四人は変わらず日陰の部屋の中にいる…………いつ通り部屋の位置だけが変わった状態だ。
「それじゃあ壮健でね」
あの神は最後にそう言い残していた。良くも悪くも少し離れたところから日陰たちを見守る立ち位置の存在だった。
「あ、名前…………聞いてない」
向こうはこちらのことを把握していたようで互いに自己紹介することもなかったし、話したのも十分か二十分程度で名前を聞かなくても困ることがなかったのだ。
「ヨミは知らぬのか?」
「知らない。私の時は一方的に状況だけ告げて消えたからな」
今回のように多少のやり取りすることすらなかったらしい。
「イザナだってさ」
そこに冥利が告げる。
「何がじゃ?」
「だからあの男の神様の名前」
「…………なんで冥利殿はそれを知っておる」
「その為にこれを貰ったんじゃないか」
冥利は彼から受け取った今はタブレット端末の形をしているそれを掲げて見せた。
「検索したら普通に教えてくれたよ」
今さっき会った男の神の名前というざっくばらんな検索だったが、ある程度の状況判断能力があるのかすぐに表示された…………まあ。明かしていい情報かを判断して表示するというようなことも言っていたからただの知識の塊というわけではないのだろう。
「まあ、わかったからどうこうという話でもないがの」
「それはそうだね」
どうしても必要なら会いに来ていいとは言っていたが、基本的にはあまり会わない方がいいというスタンスのようだった。それは神としての日陰の成長を慮ってのことであったりアマテ側の神とのトラブルを避けるためのことではあろうが…………ほぼ会う事がないなら名前を知ったところで大して変化もない。
まあ、話題に出すときに名前がわからないでは多少不便なのでそれが解決したくらいだろうか。
「それよりも移住の準備をせねばな」
「移住、だと?」
眉を顰めたのはヨミだった。
「どこに移住するつもりだ」
「お主の元拠点があった場所じゃよ…………もともとそういう話であったろう?」
ヨミがアマテに復讐するのを手伝う代わりにその土地を貰う。その約束でユグドと冥利はアマテに挑んだのだ。
「なぜそんな必要があるんだ?」
「それはそうせねば日陰殿が耐えられぬからじゃ」
日陰はユグド達に好意を抱いてはいるが、神としての彼の本能は自身の神域に他者がいることに耐えられない。だから日陰は一人になることに恐れを抱きつつも彼女らに部屋から出ていくように求めたのだ…………恐らくはそれが続けばいずれは実力行使で彼女らを排除してしまうであろうことを本能的に察したがゆえに。
「なるほどな」
しかし言葉と裏腹に納得した表情をすることなくヨミは日陰を見た。
「父様、そうなのか?」
「もう、その呼び方で、固定なんだ…………」
「何かおかしいか?」
不思議そうな顔でヨミは日陰を見る。最初は彼をそう呼ぶことを躊躇って言い直したりしていたのに、今はそう呼ぶことが自然で全くおかしいとは思っていない表情だった。
「それで、父様は嫌なのか?」
「え」
「あの二人がここにいることに」
そっちのことか日陰は思った。まあ、ヨミの自分に対する呼び方のことだったとしてもなんだか致命的な気がして肯定する勇気は彼にはなかった…………それはそれとして本題だ。
例え姿が見えなくともユグドと冥加が自分の部屋にいることが彼には耐えられなかった。だから二人に出ていってほしいと頼んだことを日陰はちゃんと覚えている。
「嫌じゃない」
しかし口から出たのはそんな言葉だった。元々二人のことは嫌いじゃなかったし、ユグドに関しては窮地の自分を救ってくれた恩人とすら思っている。ただそんな二人であっても部屋にいることが耐えられなかったのだ…………そのはずなのに、今はその不快感が消えていることに日陰は気づいた。
「嫌ではないのか?」
「え、うん」
驚いたように自分を見るユグドに日陰は頷く。
「では変わらずに日蔭殿の神域に滞在してもよいと?」
「う、うん」
そのことを想像しても不快感はない。日陰は頷いた。
「それはあたしたちとしても嬉しいけど…………本当に大丈夫なのかい?」
「わからないけど、大丈夫、そう」
自分でもわからないが大丈夫だという感覚が日陰にはあった。
「しかしなぜ急に?」
「神域が再構築されたからだ」
答えたのはヨミだった。
「恐らく最初に父様が生み出した神域は父様ただ一人のために生み出されたもので、他者を拒む性質のものだったのだろう」
だから他者が部屋に滞在し続けていることに不快感を覚えてしまった。神域が神の体の一部のようなものである以上、そのような性質で生み出してしまえば影響を本人も受ける。
「だがその神域はアマテによって引き裂かれて消滅した…………そして父様は以前の物とは違う新しい神域を構築した」
「あたしには全く同じに見えるんだけど」
「見た目だけだ、その性質は変わっている」
つまり、とヨミはユグドと冥利を順々に見る。
「父様はお前たちを拒絶する神域ではなく…………受け入れた神域を再構築したんだ。組み込んだと言ってもいい」
「組み込む?」
冥利は怪訝な表情をしたが、隣のユグドはそれに納得したようだった。
「やけに調子が良く力が溢れると思ったらそういうことか」
「どういうことだい?」
冥利が尋ねる。
「つまりわしらはこの部屋におって当然の存在…………この神域の一部といってもいいような存在となっておるのじゃ」
だからこの神域の恩恵を二人も受けている。いわば神の一部になったのだ。考えてみれば日陰はともかく神に大きく劣る存在に過ぎないユグド達にもイザナは対等の立場で話していた。それはユグド達が日陰の一部となったことで同等の存在と見做して胃からなのだろう。
もちろんこれは日陰が意図してやった結果ではない。恐らくはユグド達を守ろうという意識が自然とそうしたのだろう。
「ふうむ、それは興味深い話だ」
驚くでもなく、これから研究する楽しみができたというように冥利は目を輝かせる。
「え、えっと…………」
しかし日陰は困惑顔だった。ユグド達に対する拒否感が無くなったのはいいのだが、それが三人をこの神域の一部にしてしまったからというのは困惑しかない。
そんなことをしてしまっていいのだろうか? そんな不安が頭に浮かぶ。
「日蔭殿」
そんな彼にユグドは微笑んで見せる。
「末永く、よろしく頼むぞ」
他の二人を見てみれば、同じ表情を浮かべている。
これでいいならそれでいいのだろうかと、日陰は思うしかなかった。
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