七十五話 一人より二人がいいというだけの話
「果てしない試行錯誤の果てに第二の神が生まれた。原初の神はそのことを大きく喜んだが第二の神には原初の神と一つだけ違うところがあった」
原初の神は万能に近い力を持っていたが自らの同一存在だけは生み出せなかった。だから同じ神が生まれるかもしれない土壌だけを整えて永遠の近い時間を繰り返し…………ようやく新たな神が生まれたのだ。
しかしそれは原初の神と完全に同一の存在ではなかったらしい。
「何が、違ったの?」
「新しく生まれた神は世界を創るという本能を持っていたんだよ」
「…………えっと、つまり?」
「神がなぜわざわざ世界なんてものを創造するのかと疑問を持ったことがあるのなら、それがその答えだということだよ」
神は世界を創るがその目的を語ることはない。それがなぜかと疑問に思うことは日陰にもあったが、きっと神とはそういうものなんだろうと深く疑問を抱かなかった………そしてそれは実際にそうだったらしい。神とはそういうもので、ただその本能に従って世界を創造していただけなのだ。
「それはつまり原初の神の影響ということかの?」
「恐らくはそうなのだろうね」
原初の神は新たな神の誕生に自身が関わらない環境を整えたが、結局はその環境を作ったのは原初の神なのだからその無意識が影響を与えていてもおかしくはない。
「まあ、それが本能であろうとなかろうと原初の神は問題なかった。新たな神が生まれたことで彼は孤独ではなくなったが、同胞は多い方がいいからね。新たな神と共に原初の神は再び世界を創造していった」
どうせ他にやることもなかったのだしと彼は言う。
「そうして創られた世界から神が生まれるのは果てしない時間がかかるけれど、神が二人になったことで単純に効率は倍になった…………そしてもう一人生まれればさらに効率は上がる」
「そうして神々は増えていったということだね」
「そういうことだよ」
倍々ゲームというほどではないだろうが神が増えるごとに新たな神が生まれるペースも高まっていく。それが続いていけば初めは一人であった神が数を数えきれないくらいに増えていったっておかしくはない。
「なるほど、それで必然なのじゃな」
納得したようにユグドが呟く。
「え、どういう、こと?」
「日蔭殿が神になれる才能を持って生まれたのは確かに偶然じゃが、数多の神が新たな神を生み出すべく世界を創造し続けておるのじゃからそう言ったものが生まれるのは必然じゃろう?」
「あ、そうだ、ね」
確率がどれだけ低かろうが生まれるまで繰り返し続けているのだから新たな神が生まれるのは必然ということになる。だから日陰が神になったのは偶然であり必然なのだ。
「回りくどい説明になったけれどまあつまりは君が今その状態であることに誰かの意図はないということだよ…………あるのは新たな神の誕生に対する祝福だけだ。誰に気兼ねすることもなく君は君の望むように生きればいい」
神々は新たな神を生み出すべく世界を創造し続けているが、それは新たな隣人を歓迎しているだけで生まれる神に何かを強制しようと思ってのことではない。神として目覚めたなら後は自身の責任で自分の思うように生きるだけだ。
「しかしそれが神の本能というのなら、いずれ日蔭殿も世界を創造することになるのか?」
「恐らくはそうなるだろうね…………とはいってもまだ彼は神としての本能も薄いようだしその力の使い方もわかっていない。彼がその本能に従って世界を創造するようになるのは遠い先のことだろう」
「そうなったら一人前の神ということかの?」
「いや、それは人で例えるならようやく自分の足で立ったというところだよ」
まだまだ一人前に程遠いと彼は言う。
「神が一人前と認められるのは自身が想像した世界から新たな神を生み出したその時だ。だからもちろんアマテもツクヨも自身の世界から神を生み出したことはなかった」
だから他の神々からも子供として見られていたのだろう。
「一人前の神かどうかは世界を比べてみればすぐにわかる。日陰という新たな神を生み出した世界は宇宙の始まりから創られているだろう? しかしツクヨの生み出した世界はそこに住まう生物も含めて彼女がデザインしたものだし、君の種族もアマテが直接デザインして生み出したものだろう」
彼はヨミとユグドを交互に見る。
「さっきも言ったけれど新たな神を生み出すコツは出来る限り神による干渉をせずに世界を創造することだ。そういう意味では本当に二人はまだ未熟な神だった」
だからこそその被造物である二人も神にはなりえなかった。
「なるほどのう」
興味深い話だったとユグドは感じいったように頷く。つまるところ未熟な神から生み出されたユグドは絶対に神には届かないという話だったが、別に彼女は現状に満足しているし神を目指していたわけではない。それは分け御霊として最初から神に劣った存在として生み出されたヨミだって同じだろう。
「これで疑問には答えられたかな?」
「あ、はい…………」
いっそ何か理由があったほうが気が楽ではあったのだけれど、日陰にとって想像していたものと違っていても答えは答えだ。頷く他ない。
「ではそろそろ行くといい。さっきも言ったが私はこれから後始末があるし、アマテがいつ目を覚ますかもわからないから君らはここにいない方がいいからね」
「そう、ですね」
日陰は頷く。しかし頷いただけだ。
「行かないのかい?」
「あー、えっと…………もしまたあなたに会うには、どうすれば」
縋るように日陰は彼を見る。
「僕の持つ知識はさっき渡したから会う必要なんてないと思うけど…………まあ、どうしても会う必要ができたならこの辺りまで来てくれればこちらから出向くよ。約束した通り僕は方々への手回しを済ませたら当面の間アマテの監視をするつもりだから」
アマテに日陰たちへの報復をさせないようにするのが、彼女を生かす条件であるのだから。
「これで今度こそ質問はもうないね?」
「ええと」
「まだあるのかい?」
「…………その、これからどこに、行けば」
この場を離れるように日陰は言われたが、彼はどこに行けばいいかわからなかった。
「それこそ遠く離れて…………というかとりあえずツクヨの創った世界へと戻ればいいんじゃないかい?」
「それは大丈夫なのか?」
尋ねたのはヨミだった。
「神は世界への干渉を禁じられているのだろう?」
「日陰はまだその約定の外の段階だよ。神々が約定を受け入れるように求めてくるのはもう少し彼が成長してからだ」
そういう意味ではアマテと月夜と違い神々にとって日陰はまだ子供ですらないのだろう。
「それでも横槍をしてくる神はいるかもしれないし…………そういう意味ではツジュヨの世界にとりあえずいた方が安全かもしれないね」
それならば世界への干渉を禁じられている神々は手を出せない。
「まあ、元よりその予定であったしな」
そもそも四人がアマテに挑むことになったのは魔族が拠点を置いていた大陸をヨミから譲ってもらうためだ。その条件を果たしたのだから戻るのは予定通りでもある。
「あ」
そのことを日陰は今思い出した。
そしてその先も。
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