七十四話 選ばれたことに理由はあったりなかったり
「ありがとう」
アマテを生かすことを受け入れたヨミに彼はただその一言だけを返した。必要以上に言葉を重ねることは彼女のその苦渋の決断に水を差すことになると思えたからだ。
「ではこれで僕の用件は終わったわけだけど…………何か聞きたいことはあるかい?」
「それはまあ」
「無限にあるともいえるよね」
ユグドと冥利が互いに目を合わせて頷く。神々のことに関してこの場の四人は知らない事ばかりなのだ。それを教えてくれるなら思いつくばかりのことを聞きたいと思うが…………それには一体どれだけの時間が必要なことだろうか。
「ふむ、僕もこれから他の神に手回しをしたりと今回の件の後回しをしなければならないし、こちらから提案して置いてなんだけど何もかも教えるわけにもいかない…………それで日陰の成長の幅を狭めてしまうわけにはいかないからね」
先に何もかも答えを知ってしまえばその答え通りの成長しかできない。だが彼の、他の神が求めるものはその答えの中にない成長なのだ。
「だからこうしよう」
そう言って彼が手の平を上に向けるとその上に一冊の本が現れる。
「これには僕の知識が納められている。情報を求めてそれが必要だと判断されれば開示してくれるだろう」
答えの与えすぎは問題だが、全く無知のままでも問題がある。だから与える情報を自ら取捨選択ができる情報源を彼は与えた。
「それほど厚くない本なんだね」
真っ先に冥利がそれを受け取って手に取るが、厚みも重みもそれほどではない。そこに彼女の知りたい情報が全て書き切れるかといえばそれは否だろう。
「とりあえずの見た目として本になっているだけだよ。本質的にはただの知識の塊だから、望めば情報を引き出しやすい形になる」
「あ、本当だ」
冥利の手の中でそれは本からタブレットへと形を変えた。検索事項を入力する表示もあるので慣れた形で運用できそうだった。
「ではこんなところかな、他に用が無ければここから離れるといい」
いつまでも日陰たちがアマテの神域にいれば後始末も勧められないのだから。
「あ、ちょっと待って、ください」
しかしそこに日陰が口を開く。
「なにかな?」
「その…………どうして、僕なんです、か?」
「それはどういう意味かな?」
自分を見る日陰を彼は見返す。
「だから、その…………なんで僕が、神に、なったんですか?」
それは日陰の最大の疑問だった。彼はただ生きていただけで神になるという望みもなくその為の修行なんかもしていない…………むしろ普通に日々を生きていた人々に比べて怠惰に暮らしていただけとも言える。
そんな自分がなぜ神になってしまったのか…………神になることを選ばれたのか。これまで誰に尋ねることもできなかったが、彼であればその答えを知っているはずだった。
「ふむ、まず君は誰に選ばれたわけでもない」
彼はまずそう答えた。
「はっきり言ってしまうが君が神になったのはただの偶然でそこに特別な意図などない…………しかし君が神になったのは君が特別であったからで、そういう意味では必然だろう」
「…………意味が、わからないん、ですけど」
特別なのかそうでないのかどっちなのだと思う。
「簡潔に言ってしまえば君は、ただ偶然に神になれるという特別な才能を持って生まれただけということだよ」
「…………」
本当に簡潔だった。最初からそう言ってくれればいいのにと日陰は思う。
「つまり全ては偶然ということかの?」
「いや、日陰がその才能を持ったのは偶然だけれど、彼という神が生まれたのは必然でもある」
「堂々巡りなのじゃが」
話が最初に戻ったとユグドは思う。そんな彼女に彼は尋ねる。
「君たちはなぜ神が生まれるかを知っているかい?」
「知るわけなかろう…………いやヨミなら知っておるか?」
ユグドは彼女に視線を向ける。ツクヨの記憶を一部とはいえ引き継ぐ彼女であれば知っていてもおかしくはない。
「母様の知識の中にはないな」
「ツクヨも幼い神だったからね」
だから知らなかったのだろうと彼は言う。
「そもそも始まりは一人の神が虚空に生まれたことだ」
「ええと、いきなり生まれた、の?」
「全ての始まりの、原初の神と呼ばれる彼に関してはそうだね。彼は僕らのような一般的な神とはまた違う存在だ」
そして彼が話そうとしているのは一般的な神の成り立ちだ。
「話を戻すけど、原初の神は生まれた時から一人であり孤独だった…………そしてその孤独を埋めるために自分と同じ存在を生み出そうとした」
「…………それが、普通の神?」
「いや、彼は万能に近い力を持っていたが自分と同一の存在だけは生み出せなかった。生み出されたそれらは原初の神よりも大きく劣化した存在で彼に並び立つことは出来なかったんだ」
神が己の同一存在として生み出そうとしたはずの分け御霊は神当人のよりも大きく劣る存在でしかない…………それは原初の神であっても覆すことのできない事象であったらしい。
「それこそ永遠にも思えるような試行錯誤の末、原初の神は自らの手で自分と同一の存在を生み出すことを諦めた」
「諦めて、どうしたのじゃ?」
「意図的に生み出せないのなら意図的に生み出さないことにした…………つまり可能性に賭けることにしたのさ」
「可能性?」
「そう、可能性だ」
彼は頷く。
「原初の神は自分が介入すればするほど結果が定まってしまうことを理解していた。万能に近い力を持つがゆえに彼が関わることにはブレがない。同一存在を生み出すという唯一の例外を除いて彼が望むことは望む通りにできたからね…………だから彼は自分ができる限り関わることなく自分の同一存在を生み出そうとした」
「なるほど、それが世界の創造か」
ユグドは理解できたようだった。
「そう、原初の神は生命が生まれるかもしれないという可能性を持った世界だけを創造した。そこから生命は生まれるかもしれないし、生まれないかもしれない…………それに生まれたところですぐに滅んでしまうかもしれないし、生存して進化を続けても彼の望むところにまでは辿り着けないかもしれない」
「しかし辿り着ける可能性もある、と」
「ああ、原初の神は自らがそれ以上介入しないことでその可能性を残した」
世界を生み出し、ただその行方を見守った。
「もちろんそんな試みが簡単に成功することはない。原初の神はそれこそ数えきれないくらいの世界を生み出してその趨勢をただ見守った…………そしてそれはついに生まれたんだよ」
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