七十一話 過去よりも今を大切にする
「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああ! なぁめぇるぅなああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫と共にアマテが持ち直す。確かに内側から神域を侵食される痛みに一度は怯んだがここは彼女の神域なのだ。力の総量には圧倒的な差があるのだからまともに抵抗さえすれば防げぬものではない…………もっとも内側から浸食されるのはアマテからしても初めてで、最善の対応はできていないしその他のことにかまけている余裕もなかった。
「駄目だ。やっぱり効いてない!」
その隙に拘束から解放された冥利たちはアマテに攻撃を仕掛けるが、アマテは防ぐ仕草も見せず攻撃を受けても何の反応も見せなかった。
「いや効果がないわけではない…………ただあいつにとって私たちの攻撃は放置しても問題ない程度のものであるだけだ」
神の領域に対して三人はあまりにも非力なのだ。
「あのジャッジメントとやらに匹敵する兵器は持っていないのか?」
「あるけど…………この状況じゃあたしらも巻き添えになる」
元々死ぬ覚悟のあった三人はそれでも構わないが日陰も巻き込まれるのが問題だ。生まれたたてとはいえ神である日陰ならそれにも耐えられるかもしれないが、元々の地力の差がある以上はアマテよりも日陰の方がダメージは大きく受けるだろう。そうなれば三人が死んだショックも含めて彼がアマテに敗北するのはほぼ確定になる。
「やはりここは日陰殿に賭けるしかあるまい」
言うが早いかユグドは日陰の元へと走り寄り、その背中へと手を当てる。
「微量ではあるが、わしと世界樹の全ての力を日陰殿に託すぞ」
部屋が消失するその瞬間に世界樹の核はユグドの中へと逃げ延びている。日陰の世界という庇護も失った今無理に力を絞り出せば幼い世界樹は枯れ果てるかもしれないが…………他に方法はない。今彼女にできるのは少しでも日陰に力を注いでその力でアマテの神域を奪ってもらうことだけだ…………無論彼女の助力できるそれは微量でしかないが、それでも他にやれることがない。
「それしかないか…………父様!」
ヨミも日陰に走り寄ってその背に手を当てる。
「それだとあたしにはできることなくないかい?」
呟きつつも二人に続いて日陰へと駆けよる。生身で直接日陰に力を注ぎ込むことができるらしい二人と違って冥利にそんな力はない。もちろんそれに匹敵する科学技術を持ってはいるが、それはわかることを積み重ねたうえで運用する技術であって日陰の状態を正しく認識していないのに使えるものじゃない。
「いかん、やはり全くわしらでは足らぬ」
二人が持てる力を注いでも日陰によるアマテの神域の浸食は進むどころかむしろ後退を始めていた。広がりつつあったフローリングも端まで到達して壁を構築し始めることなくその面積を減じている。
「足りないっていうのは単純にエネルギーなんだよね?」
力になれないので代わりに日陰は言葉を出す。
「そうじゃ」
「そのエネルギーを他から持ってくることは出来ないのかい?」
「そんなものがどこかに転がっておれば苦労せん!」
「例えばジャッジメントみたいな爆弾の爆発のエネルギーを吸収したりは?」
「…………そんな真似が今の日蔭殿にできると思うか? それに仮にできたとしてもそれこそアマテの神域を全て吹き飛ばせるような代物が必要じゃろう」
「まあ、この神域を乗っ取ろうというだからやっぱりそれと同じ規模のエネルギーがいるよね」
それを考えればユグドとヨミの助力じゃ誤差にすらならないレベルだ。そしてそんな爆弾が用意できるならアマテの神域を乗っ取るような真似などせずにそのまま吹き飛ばせばいい。完全に時間の無駄の会話だったと冥利は顔をしかめる。
「同格…………アマテと同格」
しかしその意味のないような会話に気づくことがあったのかヨミが呟く。
「母様の、神域!」
叫んでヨミはうずくまる日陰の顔元へと自身の顔を寄せる。
「父様! この近くに母様の神域があるはずだ! そこに繋げ!」
世界の狭間に浮かぶ神域が近いからこそ、アマテはツクヨの世界にちょっかいを出したのだ。
「そうか、ツクヨの神域がそのまま残っていれば! 日陰殿!」
ユグドもそれしかないと日陰に声をかける。問題は完全な神域の失われた日陰にその場所と繋ぐような真似ができるかだが…………できなければ最早勝機はない。
「日蔭君! 意識をはっきり持って二人の声を聞いてくれ!」
冥利も叫ぶ。
「う、う、つな、ぐ」
神としての本能が暴走してる今の日陰には状況がよくわかっていない。それでも誰かが自分に何かを求めているのは理解できた。その声が彼にとって信頼できるものであったから、何もわからないまま彼はそれに従った。
「馬鹿め! いくらあの根暗陰険女の神域に繋いだとしても! その神域の主でもないものがその力を引き出せるか!」
「私がいる!」
無駄だと叫ぶアマテに対して読みが叫んで返す。
「私は母様ではないし神には遠く及ばない存在かもしれないが…………それでも母様の分け御霊だ! 父様を母様の神域に繋ぐ役割くらいできる!」
確かにアマテの言うことは間違ってはいない。本来であれば神域はそれを生み出した当人のものでそれ以外の神が力を引き出すことはできない…………けれどどれだけ劣っていてもヨミはツクヨの分け御霊でありツクヨの一部を引き継いだ存在だ。彼女であればツクヨの神域から力を引き出せる。
もちろん神ならざる彼女にはその力を使いこなせないが、その力は全て日陰に注ぎ込むだけなのだから問題はない。
「よいのか?」
ヨミが尋ねたのはそれがツクヨの神域が失われる結果をもたらすからだ。主を失ったそこから残された力だけを抜き出すのだから、当然力を失った神域は崩壊するだろう…………それはツクヨが存在していた大きな証が消えるということだ。
「母様ならこうする」
ヨミは自身を生み出したツクヨに会ったことはない…………けれど彼女の一部はヨミの中にある。だから母親であれば迷わずにそうしただろうとわかる。
「それに母様のなにもかもが無くなるわけじゃない」
「…………そうじゃな、それは日蔭殿の一部になるのじゃろう」
それはある意味で生き返るようなものであり、ただ墓標として存在しているよりはきっと良い。
「さぁあああああああああああああせぇええええええええええるぅうううかぁああああああああああああああああああああああああ!」
それを妨害せんとアマテが叫んで日陰の結ぼうとしている繋がりを断とうとするが…………それよりも一瞬彼の方が早かった。
一瞬にして膨大な力が日陰の中へと流れ込み、
そのほとんどを塗り替えた。
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