六十九話 約定は知れば得をする
「さてはお主、日陰殿を殺せぬな?」
尋ねつつもユグドは確信を持って確認するだけの表情だった。そしてそれを指摘されたアマテの反応もわかりやすく、うろたえるように顔をしかめる。
「な、何を言ってるのかしら?」
取り繕うが、誤魔化しているのがバレバレの表情だった。
「何か根拠はあるのかい?」
アマテの反応を見る限りそれが答えのようなものだが、一応冥利が尋ねる。
「ほれ、ヨミが言っていたであろう? アマテがツクヨを殺したことがきっかけで神々が世界に直接干渉することを禁じられたと」
「…………確かにそう説明したな」
それはヨミがアマテに殺されそうになった時に現れた別の神から聞いたことだ。実際をそれは確かな取り決めとなったらしく、彼女がアマテの創造物であるユグド達を滅ぼそうと行動してもアマテからの干渉はなかった。
「で、あればそれと一緒に神々同士の殺し合いが禁じられてもおかしくはあるまい」
「ああ、それは確かに」
世界への干渉が神々の諍いの原因の一つであったのは間違いないが、それ以外に争う原因が皆無というわけでもないだろう。だからそれを潰したところで他の理由で神を殺すような事態が起こってしまう可能性は十分にある。
しかし単純に神々に一切争うなと制限するのも無理がある。下手をすればちょっとの喧嘩で発散できていたものが、完全に禁止することで鬱憤が溜まり続けて殺意にまで発展する可能性もある。
だから軽い諍いは許容して取り返しのつかないものだけを禁止したのだろう。その上で大きな諍いの原因たる世界への干渉を潰しておけば、アマテとツクヨのような最悪の事例は起こりづらくなるのだから。
「恐らくその殺してはいけない対象には、日陰殿のように生まれたばかりでそんな約定を知らぬ神も含まれておるのじゃろう」
その取り決めに参加していないなら殺していいでは、悪意ある神による生まれたばかりの神の虐殺が起こってしまう。だから当然生まれたばかりでそんな取り決めを知らぬ神を殺すことも禁じられる…………ゆえにアマテは日陰を殺すことができないのだ。
「あー、でもその理屈で言うとあたしらも殺せないことになるけど」
「わしらはその取り決めに参加しておらんから問題なかろう」
アマテの性格を考えればそんな取り決めなど自分の好きに破りそうなものだが、神々が結んだ約定だけあって何かしらの強制力があるはずだ…………しかし日陰たちは取り決めに参加していないからそんな強制力はない。後で他の神々から責められることはあるかもしれないが、少なくともその取り決めを理由に罰せられることはないはずだ。
「つまりあれだね、あちらさんはあたしたちを追い詰めたけど…………追い詰めたからこそ何もできないわけだ」
日陰を殺すような真似は禁じられている。だから日陰の神域を自身の神域で固定して捕まえはしたが、それでとどめの一撃を加えることもできない…………だからこそ慈悲と称して日陰たちに降参するように求めたのだ。
けれどそれをユグドは即座に看破した。
「つまりは一方的に殴れるわけだ…………憂さの晴らし時だよ、ヨミ」
「そのようだな」
ふん、とヨミは鼻を鳴らしてアマテを見る。
「本当に哀れだよ、お前は」
「こ、のぉ…………!」
その憐みの視線にアマテが顔を歪める。
「殺せないのはその新しい神だけで、お前らは別だっ!」
その怒りのままにアマテは白い光の矢のようなものを複数放つ。それらは正確に日陰を除く三人へと向けられていた。
「危ないっ!?」
しかしそれに気づいた日陰が叫ぶとひとりでに窓が閉まる。神域は固定されてしまっているからそれで空間を隔てることはないが、日陰の神域の一部であるその窓はその見た目通りの強度ではない…………怒りに任せた髪の一撃を防げるかどうかまではわからないが。
「ぐぅっ!」
しかし窓にぶち当たる寸前で光の矢は霧散する。それは日陰たちが防いだのではなくアマテ自身による行動だ。
「あ、あんた正気なの! そんな薄っぺらい防壁に自分の命注ぎ込むなんて!」
「えぇ?」
理解できないという表情で自分を見るアマテに日陰は困惑する。そんなことをしたつもりは全くないのだけれど、三人を守ろうと意識した結果無意識にそうしてしまったらしい。
三人を確実に守るなら状況的に自分の命を盾にするのが一番だと判断したのだ。
無意識とはいえ意識すれば日陰も冷や汗をかくような博打だが、そのおかげでアマテはやはり日陰を殺してしまうような攻撃はできないという証明がされた。
「日蔭殿!」
「あ、え」
叱咤するようなユグドの声に日陰は自身のすべきことを思い出す。呆けている場合ではなかった。自分の命を差し出すくらい今更のことだ…………今はすべきことをするべきと日陰は閉ざした窓を開く。
「とっとと死ね」
「同感じゃ」
「まあ、生きてていい生き物じゃないよね」
三様に攻撃を仕掛け反撃が来れば日陰が防ぐ。一撃離脱戦法ではなくなったがやっていることはこれまでと変わらない…………しかし結果は変わる。流石にこの状態であればアマテも翻弄され続けるだけではないのだ。
「言っておくけどねえ! 生まれたての神相手なら殺さないでもやりようはあんのよっ!」
ユグド達の攻撃を弾いてアマテがその守りを解く。自身を守っていた白い防壁を消し去って日陰の部屋へと向かい走り出す。
「突っこんでくる気か!?」
「いっそ好機と思うしか無かろう!」
距離が詰まれば反撃が早まり今のように攻撃と守りを交互で繰り返すのは難しくなる。しかし近づいて来てくれるのならアマテを部屋へと引きずり込んで一気に無力化する可能性もできるだろう。
「引きずり出されるなよ!」
ヨミが警告を飛ばす。それをされたら終わりだ。
ガッ
間近まで駆け寄ったアマテが日陰の部屋の窓枠へと手をかける。
「一旦下がるのじゃ!」
ユグドの指示に従って皆が部屋の端へと下がる。今しがたヨミが警告したように窓から誰かが引きずり出されればそのまま殺されるか人質にされてしまう。ユグドもヨミも冥利だってそうなれば見捨てられて構わないと思っているが、肝心の日陰は決して見捨てることがないだろうからそこで詰んでしまう。
「こじ開ける気か?」
アマテの力であればそれくらいはできるだろう。しかし先ほどと同じように日陰がそこに自身の命を集めているなら、それは彼を殺すことになり神々の間の約定を破ることになってしまうはずだ。
「直接触れればね、命をより分けて神域を引き裂くくらいできるのよ!」
「引き裂く、じゃと!?」
それでユグドはアマテがただ窓をこじ開けようとしているわけではないと知る。
「いかん、ヨミ、冥利! 全力でアマテを…………!?」
しかしその指示は間に合わない…………それに間に合ったところで三人の力ではアマテを止めるには足りなかっただろう。
ゆえに制止することなど叶わず、アマテはその両手で日陰の神域を引き裂いた。
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