六十六話 嫌がらせ始めました
「これはまさか攻撃を受けておるのか!?」
「いや違う、爆発の衝撃が世界の狭間をまたいで伝わっているんだろう」
「そ、そんなこと……あるの?」
以前冥利が自身の研究所を爆破した時も、ヨミに対してあの爆弾を投下した時だってこの部屋には何の影響もなかったのに。
「それだけ爆発の威力が大きいということだ」
「なにせ理論上は星の内核まで地表を抉るような威力がある代物だからね」
「馬鹿なの!?」
思わず日陰は叫ぶ。敵を殲滅するどころかそれこそ本当に世界を終わらせる爆弾だ。威力があり過ぎてまともに兵器として運用できないことくらい作る前にわかるだろう。
「うんまあ、開発者はあたしに匹敵するかそれ以上の天才だったんだけどねえ…………最終的に軍法会議に掛けられて処刑されちゃったよ。予算も湯水のように使っちゃってたしそれまでの功績を鑑みても看過しきれなかったみたい」
そりゃそうだろう。資源の枯渇が原因で世界大戦をやっているのに、その資源を大量に使って全く使えない兵器…………それも世界を滅ぼすような代物を作って許されるはずもない。どれだけ有能であろうが危険思想の持ち主として排除するに決まっている。
「しかしその威力の一端を体感できたのは満足だけど…………やっぱりはっきりとその威力を観測できないのは残念だね」
「…………冥利さんも十分、おかしいよ」
こんなもの観測しようとすれば漏れなく死ぬ。
「だがアマテに通用しうる威力であるのは間違いない。これを使われていれば私では防ぎきれなかっただろう…………残りは何発ある?」
「いや流石にこの一発限りだよ」
冥利は肩を竦める。
「予算を湯水のように使うって言ったろう? この一発分を作るのにもあたしもかなりの期間をかけて予算をちょろまかす必要があったし…………元々あたしの趣味の観賞用だからね。二発目を作る理由はなかったんだよ」
当時の冥利は空間圧縮技術も持っていなかったし、複数所有するのは隠蔽のリスクも高まってしまう。それに彼女には本当に破滅願望はなかったので純然たる趣味として所有するのはひとつで十分だったのだ。
「コレクションは他にもまだあるけど…………一番威力のあるジャッジメントはあれで打ち止めだね」
「そうか、それなら仕方ない」
「というかあれで倒せているという可能性はないのかい?」
「ない」
ヨミは断言した。
「手痛いダメージは与えられただろうが、それで死ぬほど神という存在はやわではない」
「ははは、わかっていたけどとんでもない存在だね」
冥利は苦笑する。
「それならいっそ一撃かましたし逃げちゃっても…………よくないか」
意趣返しとしては充分だと思うのだが、やはりそれくらいでヨミのアマテに対する恨みは消えないらしいとその表情でわかる。
「ならここから先も予定通りじゃな」
ユグドが日陰を見る。
「ちくちくと、頼むぞ」
「う、うん」
アマテの神域に繋いでは一撃を加えて逃げる。その作戦は全て日陰のその力にかかっているのだ。頑張るも何も別に接続と離脱を意識するだけなのだが、逆に言えば意識しなければならないのでパニックに陥らない冷静さが求められる。
「じゃ、じゃあ…………繋げる、よ?」
「うむ、ここからは日陰殿の判断でやってくれればよい」
ユグド達に尋ねていてはそれだけ反応が遅れてしまう。
「わ、わかった、よ」
不安が浮かぶがそれを抑えて日陰は覚悟を固める。自分の失敗はそれこそユグド達の死に直結する。彼は三人の誰にも死んで欲しくなどなかった。
「行く、よ」
繋がれと念じる。それだけで彼の神域であるらしいその部屋はアマテの神域へと接触してそこに穴を空けて空間を繋げる。するとそれに連動して勝手に窓が開いた。その度に一々窓を開け閉めするのもどうなのだろうという彼の意思が働いた結果だ。
「!?」
窓の向こうで何かが振り向く。先ほどは白く荘厳な雰囲気を漂わせていたアマテの神域は変わり果てた光景となっていた。恐ろしいのは世界の狭間を隔てても衝撃を伝えるほどの爆発で原形をとどめていることだが、それでも見える範囲の全ての柱は砕けて倒れ床も焼け焦げて罅が入るか剥がれていた…………そして恐らくアマテであろうその女性も大きくダメージを受けているようだった。
本来は見るだけでも畏敬を感じさせるほどの姿であったのだろうと思う。しかし透き通るように白くところどころに金糸の装飾をあしらわれたその衣は赤黒く汚れ、見る者の目を奪い時間を忘れさせたであろうその容姿も屈辱に歪み損なわれていた…………性格の悪そうな女だな、それが初めてアマテを見た日陰の印象だった。
「貴様ら…………!?」
「死ね!」
問答する気などヨミはなく全力で魔力をその顔面目掛けて放射する。それに合わせるようにユグドも手をかざすと彼女に絡みついた枝から生じた無数の葉が鳥の群れのようにアマテへと飛んでいきその全身をついばむ。
「があっ!」
しかしもちろんそれでアマテを倒せるわけもなくその一括で二人の攻撃が放たれるそこに冥利が小箱を放り投げた。流石に先ほどと同じ爆発をもう一度喰らいたくはなかったのか慌てたようにアマテが手をかざすと、小箱は何事も起こすことなく白の中に消失する。
「流石に警戒してるか」
冥利が冷静にそう分析を口にしたその瞬間に日陰はアマテの神域との接続を断って窓が閉じ、そして開く。アマテの背中がそこに見えた。そこに再びヨミとユグドが攻撃を仕掛け、冥利も今度はいつの間にか取り出したらしい砲塔らしきものを肩に担いでそこから極太のレーザーを放射する。
「この程度のものっ!」
しかし当然のようにアマテはそれを全て防ぐ。だが不意を打たれて反応が遅れているからなのか、彼女が反撃しようと思うその瞬間には日陰たちは接続を断って逃げおおせてしまう。それをひたすらに、当初の予定通り四人は繰り返していく。
「…………」
「む、日陰殿どうしたのじゃ?」
テンポよく繰り返してたそれが止まりユグドは日陰に尋ねる。
「…………なんか、嫌な予感が、して」
「まあ、そろそろあれも多少の対策をしてくる頃だろう」
「どこから現れるかわからない相手なら広範囲攻撃とかかな」
「あ、いけそう」
話したことで日陰の中の予感も変わったらしく再びアマテの神域へと部屋を繋ぎ、その瞬間に再び断った。反射的に放たれたであろうアマテの広範囲攻撃もそれで空を切り、即座に接続し直したそのタイミングでユグド達がアマテへと再び攻撃を加える。
「こ、このぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
憤りを抑えきれずにアマテが自身の神域の中で絶叫する。
そしてそれを当然日陰たちは聞いてもいないのだ。
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