六十三話 危険なものほど惹かれる
「それで、その兵器の中で使えそうなものはあるのかの?」
「まあ、実際のところ使えるものは限られるね。特に細菌兵器の類なんかは継続的な戦闘を考えるとあたしらにも影響が出そうだし、そもそも神様とやらに通じるかわからない」
人間を滅ぼすことだけを考えればウィルスなどの細菌兵器は効率が良く対処がしづらい。なにせばらまく場所さえ的確に選べば後は自己増殖して感染を広げていく。初期対応で上手く隔離できたり早期でワクチンを開発できなければそれで終了だ。
しかしそれはあくまで人間を対象とした兵器だ。ウィルスは大抵の場合対象となる生物に対して適した進化を遂げており異なる生物間で感染することは限られている。だから人間に対して致命的なウィルスであっても神に対しては有効であるとは限らない…………それでいて戦場となる場所にウィルスをばらまくわけだから日陰たちにも感染してしまう危険性があるのだ。
アマテには通じず自分たちだけ感染してしまったら目も当てられない。
「だからまあ、使うとしたら二次被害のない単純に威力だけの兵器になるね」
つまりは魔王に対して使ったあの爆弾のような…………しかしその威力はその比でないものである。
「数はどの程度ある?」
「流石にそんなにたくさんはないよ」
冥利は肩を竦める。
「なにせ取り扱いを間違えれば国が無くなるような代物だからね。基本的には厳重に管理されて持ち出せないし、そもそも数が作られていない」
数を増やせばそれだけ保管のリスクが増える。
「えっと、そんなものをなんで持ってる、の?」
つまり厳重に管理されなければいけない物を冥利は私的に持っていたということになる。
「そこはまあ、あたしの趣味というか」
恥ずかし気に冥利は日陰から目を逸らす。
「しゅ、趣味?」
「そもそもあたしがなんで兵器の開発者をやっていたかって言えば…………あたしがそういった兵器が好きだからなんだよ」
「それはまあそうじゃな」
もちろんその才能はあったのだろうが、そもそも本人の意欲がなければそんな職業にはつかないだろう。日陰たちと会った時に冥利は仕事に対して疲弊していたが、それも仕事自体というよりは上からの無茶ぶりにうんざりしているという様子だった。
「もちろん誤解のないように言っておくけどあたしは人がたくさん死ぬのは好きじゃない…………まあ、必要であれば仕方ないとは思うけど必要ないのに殺したいとは思わないよ」
戦争であれば敵兵を殺すのは仕方ないことだし、必要とあれば魔族全員を滅ぼすことだって冥利は許容する…………ただ魔族が悪であるかをユグドに確認したように、なんの言われもない無辜の民を殺すことまでは流石に冥利も許容していない。
「ただそれはそれとして多彩な計算と発想のもとに形作られた兵器が引き起こす純粋な破壊というのがあたしは好きなんだ」
「だから作った、の?」
「うん、もちろん軍には内緒でね。設計図とかはあたしの立場的に参考資料としていくらでも入手できたからね」
そこは自身の立場をフルに冥利は使っていたらしい。
「まさかいざとなったら、使うため、に?」
「いやまさか」
少し怯えるように自分を見る日陰に冥利は笑う。
「それだけの威力を秘めた物を眺めて想像するだけで楽しいんだよ。いくら自棄になっても関係のない人らを大多数巻き込むほどあたしも馬鹿じゃないよ」
日陰の家に逃げ込む際に自爆装置を起動させはしたが、あれで巻き込まれるのは彼女の研究を奪おうと踏み込んできた連中だけだ。基本的には彼女の研究所をデータのサルベージが不可能なほどに徹底的に破壊するようにだけ威力を集中させてあった。
「しかしそれを遂に使うときが来たわけじゃな」
「うん、ドキドキするね」
まるで恋する乙女のように冥利は頬を赤らめる。
「インフェルノと違って今回使おうと思っているものの一つはあたしの世界でも一度も使用されたことがない代物だ…………なにせあたしの世界で開発された中でも最も威力が高いとされる代物からね。爆発のシミュレーション映像は何度も見たけど実際に使うのはあたしたちが初めてだってことになる」
その様子を想像してうっとりと冥利は顔を蕩けさせた。
「ううむ、常識人と思っておったが冥利殿もなかなかに強い個性を持っておったのう」
「あー、あはは…………できる限り隠してはいたからね」
誤魔化すように冥利は笑う。
「やっぱりまともな趣味じゃないからねえ」
「いや別にわしは責めてはおらんぞ? 人に迷惑をかけておらんなら趣味なんぞ自由に持つべきじゃ…………それに今回はそれが役立つのじゃしな」
なあ日蔭殿、というようにユグドが彼を見た。
「え、あ…………うん。爆発とか見るのは、僕も嫌いじゃ、ないよ」
それに何とか日陰は肯定的な意見を口から絞り出す。正直に言えば冥利のレベルまで行くとどうなんだろうとは思うが、彼だって花火なんかは綺麗に思うし映画などの爆発シーンには爽快感を覚える…………その延長線上だと思えばそれほどおかしいことでもない、はずだ。
「そ、そうかい? それなら今度一緒にあたしの集めた破壊兵器の仕様実例のアーカイブでも見てみる?」
「…………あー、うん。これが終わったら」
「ふふふ、それは楽しみだなあ」
断る選択肢のなかった日陰だが、それに気づかぬように冥利は楽し気に目を細める。人に離しづらい趣味であったがゆえに同行の士ができたことが嬉しくて仕方ないらしい。正直乗り気ではないがそれを口にできない空気にとりあえず日陰は愛想笑いでごまかすしかなかった。
「それに名前はあるのか」
そんな二人の空気にヨミが割り込む。
「名前?」
「その爆弾とやらにだ」
「ああ、もちろんあるよ」
冥利は頷く。
「ジャッジメント、だね」
「…………ジャッジメント?」
「うん、最後の審判って意味合いで制作者は付けたみたいだよ」
流石に兵器が趣味というだけあって冥利はその背景も知っているらしかった。
「これを使わずに飾りで済ませておくか、これを使って世界を終わらせるか…………そう名付けることでその選択を提示したかったみたいだね」
人類は滅ぶべきかそれとも存続する価値があるのか、それを見るものに人類の最後の審判を突き付けることで使用を抑制したかったのかもしれない。実際に冥利の世界は終わりに突っ走った戦争を続けながらもそれを使うことはなかった。
「いい名前だ」
「おや、君もそう思うのかい?」
意外そうに自分を見る冥利にユグドは頷く。
「私がアマテに審判を下らせてやる…………あいつのその世界を終わらせるという審判をな」
それこそが、ヨミが生まれてからずっと待ち望んでいた瞬間なのだから。
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