六十二話 この世の悪意を煮詰めたもの
ユグドの作戦はこうだ。四人は日陰の部屋から出ずにアマテに嫌がらせをする。具体的には日陰がアマテの神域に部屋を一瞬だけ繋いで全員で攻撃する。そしてすぐに部屋の接続を断って逃げることを繰り返す。
それであればこちらは無傷のままアマテを削っていくことができるだろうとユグドは言う。単純に考えれば時間はかかるが力量関係なしに勝利することのできる手段に聞こえる。
「言わんとすることはわかるけど…………そううまくいくかな」
まず疑問を口挟んだのは冥利だった。
「たしかにちくちく削っていければいいとは思うけどさ、普通に考えれば向こうは怒って追いかけてくるよね」
「それであちらが神域を出て追いかけてくるならそれでよい。むしろあちらからこの部屋に入って来てくれるならそれこそ勝機が見えるのじゃからな」
「…………」
そう答えるユグドをヨミが忌々しげに見つめる…………正にその言葉通りに行動してしまって敗北したのが彼女なのだ。
「それならこう…………その、日蔭君がやっているように神域を直接この部屋に繋げてきたりするんじゃないかな?」
「恐らくそれはできないだろう」
次の疑問に答えたのはヨミだった。
「神域は世界の狭間に浮かんでいて本来動かせるようなものではない。離れた世界に神域を繋ぐことは出来なくもないが、神域と世界との距離によっては安定しないし大きく力を使うことになる。だから神が他の世界に用事がある時は大抵自身の神域を出て移動する」
それは彼女の中にあるツクヨの記憶によるものなのだろう。
「それじゃあこの部屋は…………日蔭君はどうしているんだい?」
「父さ………日陰と呼ぶぞ」
「え、うん」
一瞬何か言い間違えたが睨むように承諾を求めるヨミに日陰は思わず頷く。ユグドはそれを楽しげに見つめ、冥利はやれやれと肩を竦めていた。
「ゴホン、それで日陰はこの部屋そのものを世界の狭間の中で動かしているはずだ」
「その根拠は?」
「私の領域と繋がっているのだから距離が近いことくらいわかる」
「そういえばそうじゃったな」
ヨミの本領が発揮できるように日陰が無意識に彼女の領域とこの部屋を繋げたままにしているのだ。
「日蔭の神域がまだ出来たばかりでそれほど大きくもないからできることだろう。神域が大きくなれば単純に動かすのに大きな力を使うし、そもそもその座標に固定されて動かせなくなることがほとんどだ」
「そこは日蔭君が神として未熟であるからこその利点というわけだね」
納得したように冥利は頷く。
「しかしその理屈で行くとアマテのところに攻め込んだら君とその領域との接続が切れてしまうんじゃないかい?」
「それに関しては問題ない」
この部屋と世界を繋ぐのに距離が重要ならアマテの神域に攻め込める代わりにヨミは自身の領域から離れてしまうのではと冥利は思ったのだが、彼女はそれに問題ないと首を振った。
「私の領域のあるあの世界とアマテの神域はそれほど離れていないからな…………恐らく持つだろう」
ああそうか、と横で聞いて日陰は思う。距離が近いからこそツクヨの創造したその世界はアマテに目を付けられたのだ…………ということはつまりツクヨの神域も近くにあるのだろうかとふと彼は思った。
主のいなくなったその神域はどうなっているのだろう? ツクヨの死と同時に消えてしまうのかそのまま残り続けているのか、それともツクヨ自身と同じようにアマテによって目障りだと消されてしまっているかもしれない…………少し気にはなったが、ヨミに確認するのもなんだか気が引ける。
「そして恐らくだが、アマテの世界に繋いでは逃げるという作戦は効果的だ」
そうこうしているうちにヨミは話を進めてしまい、日陰は聞くタイミングを失う。
「その理屈を聞いても?」
「神域とはそれを生み出した神の体のようなものだという話はしただろう…………そこに無理やり繋げることを繰り返すというのは、体に無数の穴を空けられるようなものだ。確実に消耗はしていくことだろう」
「なるほどね」
ヨミとの戦闘の際に扉を攻撃され続けることで日陰がダメージを受けていたことを冥利は思い出す。つまりそれと同じことなのだ。
「とはいえそれは効果的であってもアマテを倒せるわけではない。ひたすら繰り返せば倒せるだろうが…………そんな悠長なことをさせてくれる相手でもないだろう」
なにせ相手は日陰よりも遥かに長い時を生きている神なのだ。
「つまり、日陰殿以外の攻撃が重要なわけじゃな」
「そしてそれが一番の問題だろう」
忌々し気にヨミは唇を噛んでユグドを見る。しかしそれはユグドを疎んでいるわけではなく自身の不甲斐なさを責めるようだった。
「私もお前の攻撃も恐らくアマテには通用しまい」
「まあ、そうじゃろうな」
悔しくはあるがユグドはそれを素直に認める。ヨミは月夜の分け御霊でありその力は本物の神には遠く及ばないし、ユグドもその力の源泉である世界樹はもとをただせばアマテから与えられたものだ…………普通に考えれば通用しない。
「で、あれば可能性があるのはじゃ」
ユグドは冥利を見る。
「何かすごい兵器とか隠しておらんのか? ほれ、あの爆弾みたいな」
終末戦争をやっている世界で兵器を開発していただけあって冥利の持つ技術は計り知れないものだ。しかも彼女はユグドから教わった空間圧縮の技術で自身の世界の兵器などを持ち出している…………その中に期待して見るのも無理もない。
「そうか、あの爆発を起こしたのはお前が作ったものなのか…………あれはなかなかの威力だった。不意を付ければ神にも効果があるかもしれない」
自分が喰らわされたものでありながら、今はそれが頼もしいとでもいうように魔王も賞賛する。
「いやそんな期待されてもねえ…………インフェルノだって全部使っちゃったわけだし」
困ったように冥利は目を細める。
「つまり、もうないの?」
「いやまあ、あるんだけど」
「あるんだ」
日陰が尋ねると仕方ないというように冥利は頷く。
「でも全部使ったって…………」
「インフェルノは、ね」
つまり別の物ならあるのだと冥利は言う。
「まあ、ぶっちゃけて言っちゃうとインフェルノよりえげつない兵器ならあるんだよ」
「え、えげつない?」
あの爆弾よりも、と日陰は目を丸くする。
「あの時はだってあの大陸はあたしらが再利用するつもりだったからね。当然後に残るような被害とか、そもそも大陸ごと消しちゃうような威力の物は使えなかったわけで」
「そ、そんなのある…………の」
「あるんだよ、困ったことに」
冥利は呆れるように苦笑する。
「なにせあたしの世界は、世界の終わりに向かって皆で突っ走っていたからね」
それこそ世界を終わらせるような兵器だって、生まれてしまっていたのだ。
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