五十八話 弱腰でも決意は決意
「僕が…………助け、る?」
自分が持つという神の力でユグド達を助けられるなら日陰は助けたいと思う。彼は彼女たちを追い出そうとはしたがそれは彼女たちが嫌いなわけではなく、どうしても生理的に自分の部屋に他者がいることに耐えられなくなったからだ。二人のことは嫌いではないどころか好意を持っているし、追い出しはしてもその交流は続いて欲しいと虫のいい願いを持っていた。
それなのに躊躇ってしまうのはその力を自覚したのが今だからだ。力自体はずっと前から持っていたようではあるのだけど、気づいたのが今である以上は彼にとって降ってわいたように手にした力でしかない。そこに積み重ねがない以上は自身を持って使えるものではないのだ…………正直如何使えばいいものなのか未だにわかってはいないのだし。
果たしてそんなあやふやな状態で二人を助けられるのか?
それが日陰にとっての大きな不安要素だった。頼られることは嬉しいけれど、その期待を裏切ってしまうのは何よりも怖い。
「ちょっといいかな」
そんな彼を見かねたように冥利が口を挟む。
「なんじゃ、冥利殿」
「日蔭君に協力してもらうことにはあたしは反対だ」
きっぱりと彼女は告げる。
「しかし日陰殿の協力がなくば勝ち目はない」
「あっても勝つ可能性はかなり低いんじゃないかい?」
その点を冥利は指摘する。
「日蔭君が神様になりつつあることは認めてもいいけれど、それはつまり神様としては生まれたての赤ん坊かそれ以前の状態なんだろう? それに対してアマテという神は少なくともユグドの世界は生まれる前から存在する神で、同格であったらしいツクヨという神を殺した実績も持っている…………どう考えても勝てるとは思えない」
それこそ大人に赤ん坊が挑んでいくようなものだ。
「あたしはどうせ死んでいたところを君らに救われた身だし、別に友人の無謀な試みに協力して死んでも悔いはない…………しかし日蔭君の未来はこれからだろう?」
異世界に部屋ごと漂流した引き籠りから神という人生がこれから始まるのだ。それをその出鼻で終わらせていいものと冥利は思わない。
「まあ、一理というか百理くらいある話じゃな」
冥利のそれはごもっともというか全く間違っていない大人の意見だ。前途ある若者の未来を応援するどころか死地に道連れにするのは先達として間違っている。日陰のために色々配慮していたと言いながら最後がそれでは何の意味もない。
「そうじゃな…………うむ、その通りじゃ」
日陰に対して甘えすぎていたなとユグドは反省する。考えてみれば人の良い日陰が二人に出ていってほしいと自分から口にするまで居座っていたのもそうだ。
はっきり言ってしまえば世界樹を避難させる先も彼の部屋以外の選択肢はあった…………確かに一番安全な場所ではあったし世界樹の成長にもっとも適していたのは確かだろう。しかしいずれそうなる未来も見えていたのだから日陰との交流だけを残して他の場所を選ぶこともできた。
それをしなかったのはやっぱりユグドが日陰に甘えていたからだろう。なんだかんで同胞たちから命を狙われ続け、ついには故郷を自ら滅ぼすことになってしまったことで彼女もその心を弱らせてはいたのだ…………だから一番安心できる場所にいたくて彼に甘えてしまった。
「日蔭殿」
すっきりしたような表情でユグドは日陰を見る。
「もはや日陰殿には何の枷もない。水も食料も日蔭殿が望めばそれだけで手に入るじゃろう…………もはやわしらを頼る必要はない」
ユグドも世界樹も日蔭がこの部屋で生きていくのにもう必要ないのだ。
「冥利殿の言う通り、これ以上日陰殿をわしらのわがままにつき合わせる道理はない…………まあアマテの神域にわしらを送って貰わねばならぬのじゃが、それさえ済めばお別れじゃ。後は日陰殿の望むままに生きるが良い」
そう彼に告げてユグドは魔王を見る。
「お主もそれで構わぬな」
「私はそもそも最初からそのつもりだ」
魔王はただ一人で特攻しても構わないと思っていたのだ。日陰が参加しないことで勝率が下がろうがそんなことはどうでもいい。アマテに挑めさえすればその後のことなどどうでもいい話だった。
「そういうわけじゃから日陰殿」
「や、やだ」
日陰は拒否を口にする。
「そのやだ、というのは何に対してじゃ?」
アマテの神域へ送るのすら拒まれるのではユグドも困る。
「ぼ、僕は…………ふ、二人に死んで、欲しくない」
「その気持ちは嬉しいが、他に選択肢がないのは先ほど話した通りじゃ」
穏便に話がつくなら最初からそうしている。そうはできないからこそ、全員が気持ちの上では納得できる結末を選ぼうとしているのだ。
「だから、僕はやる……よ」
日陰は冥利を見る。
「心配してくれて、ありがとう…………でも、僕は大丈夫、だから」
「大丈夫の表情には見えないのだけど」
日陰のその表情に不安が溢れているのが冥利には見て取れた。
「別にあたしたちの為に無理をする必要はないんだよ」
「無理は…………する、よ」
気遣われるが、それでも日陰の決意は変わらない…………このまま二人を見送ってしまった未来のことを考える。確かに彼はユグドがいなくなっても水や食料に困ることはないかもしれない。ただ、それでは生きているだけだ。誰もいなくなった部屋でただ生き続けて、読み飽きた漫画を読んで一人でゲームをし続けるだけ。そんなのはただ生きているだけだ。
「二人を追い出そうとしておいて、だけど…………僕は、二人にいてほしい」
もう一人は嫌だ。一人でない生活を日陰は思いだしてしまったから。二人が同じ部屋にいることには耐えられなくなってしまったけれど、二人にはずっと遊びに来て欲しいと思う…………だから、二人をここで死なせるわけにはいかない。
「くふふ、日陰殿がそこまで決意しておるならもはや止めようもないのではないか?」
嬉しそうに頬を染めてユグドが冥利を見る。
「まあ、本人がやる機ならあたしも止めはしないよ」
息を吐き、冥利は困ったものだと肩を竦める。
「しかし日陰殿、わしらを助けたいだけならそこに転がっておる輩を排除するのが一番安全で確実ではあるのじゃが?」
さっきは日陰にはできないだろうとユグドはその選択肢を排除したが、覚悟を決めた彼であれば違うかもしれない…………ユグドと冥利の安全という点だけで言えばそれが一番確実ではあるのだ。
「…………」
日陰はじっと魔王を見る。地に伏せる彼女は最初から命乞いをしていない。今もただ自分を見下ろす彼をじっと見返すだけだ。
「彼女を、殺すのは…………可哀想、だよ」
「!?」
魔王が驚愕した表情を浮かべるが、日陰の彼女に対する感情はそれに尽きる。生まれたその瞬間に母親を殺されてしかしその恨みを晴らすこともできない。そんな状態でずっと過ごしてきた彼女には同情する以外他になかった。
「助けて、あげよう」
「日蔭殿がそう望むのならわしに異存はない」
「あたしもだよ」
もとよりその本懐を遂げさせてやるつもりだった二人に異存はない。
「っ…………!?」
ただ一人、こんな状況に置かれてもそのプライドだけは維持していた魔王は屈辱に塗れていた。憎まれるの見下されるのも彼女は意に介しない。
しかし憐れまれることは…………そのプライドを大きく抉った。
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