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引き籠りの部屋が異世界に漂流してしまったようです  作者: 火海坂猫


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五十四話 理不尽のぶつけどころ

「ど、どうする、って…………?」

「はっきり言ってしまえば魔王を殺すか生かすかという話じゃ」

「…………っ!?」


 ストレートな物言いに日陰は息を呑む…………しかしそれは魔王が彼の部屋に飛び込んできてからずっと提示されている問題だ。今更驚いて動揺してしまうような話ではない。日陰が驚いているのは魔王の話を聞いてなおユグドがその選択を迫ってくることだ。


「わ、悪いのは彼女じゃ、ないよ」

発端ほったんだけ見れば確かにそうじゃな」


 前置いてからユグドはそれを認める。


「確かに魔王の境遇には同情すべき点は多いとわしも思う…………しかしそれであればわしらエルフにしたことは全て許されるのかの? アマテに連れられて魔族の滅ぼした地へと住み着いたわしらはその恨みを一身に受けて当然なほどに罪深いのか?」

「そ、それは…………」


 日陰はそれを肯定できなかった…………だってそんなわけはない。確かにユグドたちはアマテのしでかした悪行の恩恵を受けているかもしれないが、それにしたって別にユグドたちが望んだことではないだろう。

 もしかしたら全てを知ってアマテに協力していた者もいるかもしれないが、そもそも創造主には逆らいようがないだろうしその子孫であるユグドたちはあずかり知らない過去のことだ。


 魔王の恨みは見当違いの物ではないが、それをユグド達に先祖の罪だから大人しく享受しろというのは理不尽な話でもある。


「お、お互い悪くないのなら…………話し合い、で」

「話し合いで済むようなら最初から何も起こっておらんよ」


 頭を振ってユグドは魔王を見る。


「魔王よ、お主をこのまま許して解放したらお前はわしらを滅ぼそうとすることを諦めるか?」

「…………諦めるわけがないだろう」

「じゃろうな」

「な、なんで!?」

「なんでも何も恨みというのはそういうものじゃ」


 理性で納得できるのなら最初から何事も起こっていない。


「で、でも恨むのなら……アマテって神の、ほうじゃ」

「そうじゃな、その通りじゃ」


 全ての元凶はアマテだ。そんなことは魔王だって理解しているだろう。


「しかし魔王はアマテに届く手を持ってはおらん」

「あ」


 そうなのだ。魔王は分け御霊でありその力は神に遠く及ばない。彼女はアマテに挑むどころかそもそも挑みにあの世界を出ていくことすらできないのだ…………だからユグド達人種を滅ぼうそうとしたのだ。他にその憤りをぶつける当てがないから。


「これまでの魔王の話は全て真実だと認めてもよい…………その憤りも十分にわしは理解できる。わしに限るなら今回の報復を持ってこれまでも水に流してもよい…………しかしそれは全て魔王が今後その矛を収めるならば、じゃ」


 しかし魔王にその気はない。紙に届かぬその身では燃え盛る恨みの火を鎮静化させる方法はなく、例え八つ当たりに過ぎないのだと理解していても泊まることはできないがゆえに。


「殺せ」


 魔王が言う。


「殺さぬ限り私が止まることはない。それが例え愚かしい八つ当たりに過ぎないとしても、あれを想起させるお前たちの存在を私は許しておけない」

「そこまで言うにはしてはずいぶんと覚悟が決まっているね」


 潔すぎるじゃないかと冥利が彼女を見る。


「何が言いたい」

「そこまで恨んでいるのなら何が何でも生き抜いて恨みを晴らしてやる、なんて執念があるもんじゃないかと思っただけだよ。ずいぶんとあっさり死を受け入れるんだと思ってね」

「…………」


 魔王はそれを尋ねる冥利の視線から逃れるように目を背ける。


「君にとって母親の恨みはこの程度で諦めるようなことだったのかい?」

「そんなわけないだろうが…………!」


 憤る…………が、魔王のその表情はすぐに弱々しくなる。


「母様の恨みは晴らしたいに決まっている。しかしお前たちにぶつけるこの感情が理不尽なものであることも今の私は理解している…………それが理解できてしまうくらいには私は長く生きて疲れてしまったのだ」


 それは本拠地で活動する魔族たちの表情を消したのと同じだろう。どれだけ表向きは感情があるように見えたとしても本当はそれがないことを知っているのだかいずれ虚しくなる。

 それと同じで所詮八つ当たりに過ぎないとわかっていながらずっとそれを続けることもできるわけがない…………ただ、彼女の場合は止まる理由がこれまでなかっただけなのだ。それを無理やりに止められたからこそ一気に疲れを覚えたのかもしれない。


「それでも止まれはしない、か」


 魔王はツクヨという神が死に際に残したものでその恨みの塊のようなものだ。月夜それ自身が復讐など望んでいたのかもわからないが、死に際して生まれた魔王にしてみれば他に自身の存在理由などない。彼女が生き続ける以上はそれを果たす以外にないのだ。


「わかったであろう…………いっそここで楽にしてやるのが慈悲でもある」


 その実行を確認するようにユグドが日陰を見るが、彼はそれでも躊躇うようにその目を逸らす。


「まあまあ、聞いた限りあたしには他の道があるように思うよ」


 それを助けるように冥利が口を挟む。


「それはなんじゃ?」

「だってだよ」


 尋ねるユグドに冥利は彼女と魔王を交互に見やる。


「ユグドは魔王に対して個人的な恨みはもうないんでしょ?」

「全く恨んでおらんとは言わぬが…………事情を鑑みればこれ以上の報復は過剰になるじゃろう。これから仲良くしたいとは思わんが矛を収めるなら見逃すのは構わん」


 しかし今はまだ魔王は敵意を収めていない。


「で、魔王さんは別にユグド達に個人的な恨みがあるわけじゃないんだよね? 他に憤りのぶつけようがないだけで」

「…………思うところはもちろんあるが、それが理不尽なものであることは理解している」


 アマテに連なるものなのだから紐づいて良い感情は抱けない。しかし魔王もユグド達に責任があるわけではないということは理解している…………理解はしているのだ。


「だったら話は簡単じゃないか。本当に恨む相手を殴りに行けばいい」

「…………それが出来れば苦労しない」


 最初からアマテに復讐できるのなら魔王はそうしている。しかし所詮分け御霊に過ぎない彼女にできるのはツクヨから引き継いだ記憶の中の物を再現することくらいで、世界を渡るような力など持ち合わせてはいなかった。


「いやでも今ならできる人間がここにはいるじゃないか」

「…………まさか冥利殿」

「うん」


 冥利はユグドに頷いて日陰を見る。


「日蔭君なら、多分そのアマテって神がいる場所にも繋げるんじゃないかな?」


 そうすれば本当に魔王の恨みを持つ相手を殴りに行ける。


 理不尽な八つ当たりなどしなくてもよくなるのだ。


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