五十三話 ただ残されただけのもの
「私はお前たちが魔王と呼ぶものであり、母様が……あの世界の創造神たるツクヨが死の間際に生み出した分け御霊だ」
改めて何者であるかを問うたユグドに魔王はそう答える。自分は娘であるとずっと彼女は口にしていたが、やはり神々のことであってそう単純な関係ではなかったようだ。
「分け御霊とは?」
ユグドが尋ねる。
「神は自らの力で新たな神を生み出すことはできない…………生み出そうとしてもそれは自身に近しくはあっても劣化した存在を生み出すだけだ」
「その存在が分け御霊ということか…………つまりお主」
「…………そうだ」
不本意そうでありながらも魔王は認める。
「分け御霊である私の力は母様にもあのアマテにも遠く及ばない…………私に母様のような力があればお前たちはとうの昔に滅んでいる」
「そうじゃろうな」
魔族の侵攻は長きにわたり人種を脅かしていたが、逆に言えば脅かす止まりでそれを滅ぼすようなことはできていない。魔王一人で人種全てと拮抗していたと言えば驚異的ではあるが、アマテが一瞬で魔族全てを滅ぼしたことを考えればその差は明らかだ。
「しかしあの魔族らはお前が生み出したものじゃろう?」
だがそれで魔王が弱者であるわけでもない。あくまで比較対象を神とすれば比べ物にならないだけで、あの世界を生きる人種にとっては大いなる脅威だった。そして魔王が神の分け御霊であるというのなら、あの人形のように動く魔族たちを生み出したのが彼女がであると想像するのは難くない。
「私に新たな生命を創造するほどの力はない」
「ではあれはなんじゃ?」
「…………あれはかつてあの世界に存在した魔族の再現だ」
苦々しいような口調で魔王は答える。
「私は生み出された際に母様の記憶をある程度引き継いでいる。母様が死に際にせめて何かを残そうとして生み出したのが私だからな」
言うなれば魔王はツクヨという神の遺言そのものなのだ。
「つまりあれらの魔族はその記憶から生み出したものということかの」
「そうだ…………しかしあれらはかつて母様が生み出した魔族の再現でしかない。かつて存在したそれらが考え行動したであろうことに則って行動するがそこに魂は存在しない」
「大陸に侵攻してくる連中はちゃんと会話の受け答えもしていたが、それも自我があってのことではないということじゃな?」
「そうだ」
あくまでかつて存在したその魔族がするであろう受け答えをするだけ。言うなればAIに管理されたロボットのようなものだ。いくら見た目が意思のある存在に見えてもその内実はまるで違う。過去の記憶の再現にしか過ぎない以上オリジナルを超えることはないのだ。
「でも見た目上はちゃんと振舞えるんだろう? それなのになぜ君は本拠地の魔族たちをあんな感情のない人形のように振舞わせていたんだい?」
ふと気になったように冥利が尋ねる。あれはなかなかに心が寒くなる光景だった。自分であれば表面上だけでも活気のある町のようにしただろうと彼女は思うのだ。
「私も最初は魔族たちには意志ある存在のように振舞わせていたさ…………しかし時が経てばそれも虚しくなった、それだけだ」
答える魔王のその声は疲れ切っているように聞こえた。それを知らぬならともかくとして彼女は魔族が意識なき存在だと知っているのだ。初めはそれでも孤独を癒す慰みにもなるかもしれないが、次第にそれを虚しく感じるのもおかしくはない。
「まあ、それはよい」
話を戻すようにユグドは魔王を見る。
「お主がどんな存在であるかは分かった…………しかしそれならばなぜお主は生き残っておるのじゃ? 死の間際に生み出されたというのならばそれこそアマテはお前の存在を許してはおかんはずではないのか?」
元も自分が原因であるはずなのに逆切れして相手を殺そうとするような神だ。死に際に生み出された魔王のことを見逃す理由などないはずだ。
「ああそうだ、生まれたばかりの私をアマテは殺そうとした…………生まれたばかりの私は訳が分からないまま逃げようとしたが、逃げ切れるような相手ではない」
それこそ大人と子供以上の差が両者にはあったのだから。
「それならばなぜ生き残った?」
「…………助けられたのだ」
「助けられた? 誰にじゃ」
「母様ともアマテとも異なる別の神だ」
「ああまあ、そうなるよね」
納得したように冥利が頷く。考えてみれば神の行いに介入できるような存在は同じ神以外いないだろう。
「しかしその奇特な神様はなぜ君を助けたのかな」
「その神は神々の中でも高位に位置する神だった…………その神が言うには神々が各々の世界のことで争うのは珍しくないことだったが、流石に同じ神を殺すような事態は初めてであったそうだ」
これまで聞く限り神は凄い力を持ってはいるもののその思考それ自体は日陰たちと変わらないようだった。それであればアマテやツクヨのような諍いごとは珍しくもないだろう…………そしてそれが相手を殺すところまで発展して大ごとになるのも人の世とは変わらない。
「多少の諍いであれば許容するが、流石に他の神を殺すことになるのは看過できないとその神は言った…………ゆえに今後あらゆる神に自身他問わず創造した世界への干渉を禁じることにすると」
「他の神だけではなく自分の世界も?」
「他の神の世界への干渉は必ずしも悪意から来るものだけではなかった。自ら生み出した世界の生命を弄ぶ神もいたそうだ」
それを正義感の強い神が咎めればそれもまた諍いの種になる。だから自分自身で生み出した世界も含めて神が世界に干渉するのを禁じたのだろう。
「その神は私をあの世界の住民として認めた…………だからアマテが私を殺すことも許さなかったのだ」
そのことを悔し気に魔王は語る。なぜならそれは彼女が神に大きく劣る分け御霊でしかないからだ。それはつまり彼女の力では決してツクヨの仇であるアマテには届かないということもでもあるのだ。
「なるほど、よくわかった」
全てを理解したというようにユグドは頷く。
「お主は文字通りの生き証人であるわけじゃな…………しかし最初の問題は何も解決しておらん」
「何が言いたい」
「結局のところお主が信用できるかという問題は変わっておらぬ」
魔王は敵で、その言葉を容易に信じることはできない。
「う、嘘は付いてないと、思う」
けれどそこに日陰が割り込む。
「何か根拠はあるのかの?」
「そ、それは…………なんとなく、だけど」
しかし日陰は思うのだ。魔王と呼ばれるその少女は嘘を吐いてないのだと。
「日蔭殿がそう言うのであれば仕方あるまいな」
けれど魔王に大してとは真逆にユグドはそれを否定しない。
「では日蔭殿、魔王が嘘を吐いていないのならば…………彼女をどうするのじゃ?」
その代わりに、突きつけられるその現実を問うた。
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