五十二話 偉い奴ほど傲慢なことが多い
「出来れば事の始まりから説明して欲しいところだね」
「…………いいだろう」
魔王は素直に頷く。彼女にとっての状況は詰んでいる。自力でこの窮地を脱することができない以上は事情を明かして同情を買う他ないと理解していた…………それは屈辱的なことではあるが、目的のためであれば屈辱を受け入れることくらい彼女が生を受けてからずっとやってきた。
「始まりはなんてことはない、さっきも離した事だがアマテが生み出した世界に住まう生命がその容量の少なさに耐えられなくなったことが原因だ。普通であれば新たな世界を生み出して移住させるなりを考えるだろうが、アマテ自身もそれが僅かな延命にしかならないことを理解していた」
世界の容量を圧迫するほど発展した者たちを新しい世界へ移して分散させても、その新しい世界の容量も狭いのだからすぐにその上限に達してしまうだろう。
「ひとつ聞きたいんだけどさ、狭い狭いと言うがそんなにそのアマテという神が作る世界は狭かったのかい? ユグドの話を聞く限りエルフというのはそれほど数の多い種族でもなかったみたいだけど」
もちろんアマテが生み出した種族はエルフだけではないはずだ。魔族が人種全てを滅ぼす対象として認識している以上あの世界に存在する魔族以外の全ての種がアマテの創造物であると考えて間違いないだろう…………しかしその人口はそんなに多いだろうかと冥利は思うのだ。
魔族と戦い続けているといっても戦線は膠着しているようだから数が減り続けているわけでもないだろう。恐らく移住した当初はもっとこの世界の人口は少なかっただはずだ。曲がりなりにも神と呼ばれるような存在が大陸一つ分の人口も賄えないような狭い世界しか創れないことがあるのだろうかと冥利は思う。
「狭いというのは単純にその広さではない…………たとえ同じ大きさの生命でもその存在が世界に与える負荷は違うのだ。より上位の生命ほど世界に与える負荷は大きく、それを許容できる容量の大きさこそが世界の優劣を決める」
「…………あー、なるほど」
冥利は納得する。パソコンなどのデジタルに置き換えてみればわかりやすい。世界の広さとはいわばHDDやSSDの容量なのだ。そして生命として優秀なほどデータ量が大きく個であってもその容量を圧迫する。
単純な広さは問題なくともその容量を圧迫された世界は恐らくシステムに不具合をきたしてしまうのだろう。アマテは優秀な生命を作ることには長けているという話だったから、余計に生物がその容量を圧迫する割合も大きかったはずだ。
「話を戻すが、アマテは自らの世界の破綻を望まなかったがそれを解決する手段も持たなかった」
「それで君の母親の世界を奪ったわけだ」
「そうだ」
魔王が頷くが冥利は納得しきれない表情だった…………それは日陰も同じだ。
「なんで、わざわざ……奪ったの?」
それが疑問だった。さっきもそう思ったがあまりにも短絡的すぎる。神と言っても唯一神ではないようだし他に同等の存在がいるのならば協調性などの社会的能力は身につくはずだ。人間社会に置き換えてもまともな人間のする行為ではない。
「その、話し合って譲ってもらうとか…………そもそも新しい世界を、創って貰ってもよかったん、じゃ」
もちろん神だって世界をいくらでも簡単に創れるわけではないだろう。しかし奪うなんて選択をするよりは頼み込んで新しい世界を創ってもらった方が面倒はないはずだ。それであればもともとそこにいた魔族を滅ぼして恨みを買うようなことだってない。
「母様は世界の創造には長けていたがあまり社交的ではなく他の神の知り合いも少なかった。また世界の創造とは逆に生命の創造にはあまり長けておらず、その創造物には異形と称されるものも少なくはなかったのだ」
「確かに魔族の外見は個性的だったね」
別に冥利は彼らを醜いとは思わなかったが、洗練されたエルフの外見と比べれば異形と称されてもしょうがない外見ではあった。その外見に統一性がなかった割に魔族とまとめて称されているのだから同じ種と考えると種としての安定性もないのだろう。
「アマテは生命の創造には長けておりそのことを他の神からも称賛されていた」
「…………もしかして、見下している相手に頭を下げたくなかったのかい?」
呆れるように冥利は眉を顰める。
「そうだ、それで何の断りもなく母様の世界に上がりこんで平和に暮らしていた魔族を滅ぼして自身の創造物を移住させた」
「…………ひどい」
思わず日陰はそう呟く。あまりにも身勝手でその犠牲となった魔族たちが哀れ過ぎる。
「母様は優しく争いを好まなかったが、流石にそんなアマテの行動に対して強く抗議した。するとアマテはなぜか逆に怒り出し、全部元に戻せばいいんだろうと言いだして自ら移住させた存在達を消し去ろうとした」
「なに?」
これまで黙って話を聞いていたユグドが思わず口を挟む。神が逆ギレして自らが生み出し移住させた存在を滅ぼそうなんて流石に信じられない話だ。
「しかしわしらは存続しておるぞ」
それにその子孫たるユグドはこうしてこの場にいる。
「母様が庇ったからだ」
「「「…………」」」
流石に三人とも言葉を失ったように沈黙する。被害者が腹いせに仕返しするのならわかるが、加害者側が逆ギレして自らの創造物を壊そうとするのを被害者が庇うのではあべこべだ。どれだけアマテという神は幼稚なんだと呆れるしかない。
「しかしその行為が気に入らなかったのかアマテが今度は母様に襲いかかった」
「…………それで殺されたのか?」
「そうだ、力は同等だったが母様は争いを好まぬゆえにそれが勝敗を分けた」
対してアマテは他人の世界を奪うことを躊躇わない性格だ。その差が殺し合いの中でどう出るのかは想像するまでもない。これは想像でしかないが魔王の母であるらしいその神は、殺し合いを何度も収めようとしながらも聞く耳を持たないアマテに殺されたのではないだろうか。
それであれば、娘である魔王が強い恨みを抱くのも無理はない。
そう日陰と冥利は判断せざるを得なかった。無論ただアマテという悪い親を持ってしまったユグド達その被造物からすれば自身らのあずかり知れぬ恨みではあるが…………それを八つ当たりと言えないくらいにはアマテのしでかしたことは質が悪い。
「なるほど、確かにそれは同情に値する話じゃな」
それは当事者であるユグドも同意せざるを得ない話だった。
「もっとも、それはお主の話したことが全て真実であれば、という前提じゃが」
「なんだと?」
憤りを込めて魔王がユグドを見るが、彼女はそれを見下ろしたまま受け流す。
「そうであろう? 今の話は全てお主の話したことでしかなく何か証拠があるわけでもない。確かにあの地の人種は全てどこか別の世界から移住してきた存在かもしれぬが、お主のいうような神々諍いがそこにあったという証拠はない」
移住に関してはエルフの言い伝えと世界樹の存在という証拠がある。それらはもちろん確定というほど強い証拠ではないが、あったと判断しても問題ないくらいには説得力はある。
「私こそが生きた証拠だ」
「お主が信用できるなら最初からこんな質問はせん」
ユグドにとって魔王は敵なのだ。敵の言葉を無条件に信じる馬鹿はいない。
「それに、じゃ」
見定めるようにユグドは魔王を見やる。
「そもそもお主は何者じゃ」
「私は母様の娘でお前たちが魔王と呼ぶ存在だ」
魔王は答えるが、それはこれまですでに出ている情報でしかない。
「では質問を変えよう…………おぬしはなぜ生きておる? お主が真にあの世界の創造神の娘であるというのなら、アマテが生かしてはおくまい」
生かしておけば復讐を企むのは明らかだし、実際に魔王はアマテによって移住させられた人種全てを敵として滅ぼそうとしていた…………それが生かされているのは確かにおかしい。
「改めて問おう…………お主は何者じゃ?」
何ものであれば今日この時まで生きることができたのかと
ユグドは問うた。
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