五十話 悪く見える奴が悪いとは限らない
「それが、お前たちの主なのか?」
「この部屋の主ではあるがわしらの主ではない…………ありがたいことにわしらは友人として扱ってもらっておる」
そのことを誇るように語るユグドを魔王は訝しげに見る。彼女の乱入に驚き怯えて隅に固まるその様はとても友人であることを誇れる存在ではない。
「そのような相手には見えぬがな」
「じゃがお主はそうとは見えぬ相手のせいでそうして床に這いつくばっておる…………そしてその慈悲がなくばわしはとうの昔にお前の頭を潰しておるよ」
「…………」
皮肉気に笑う魔王をユグドは冷たく告げて見下ろす。屈辱的ではあるがそれはその通りで魔王は悔し気に唇を噛む。
「日蔭殿、こやつをどうする? 日陰殿に良いと言うならすぐに息の根を止めるが」
「そ、それは…………」
不意に尋ねられて日陰は動揺する。確かに魔王はこの部屋の扉を破壊しようとしたし彼を殺すつもりで飛び込んできたのは間違いない…………しかし先ほどユグドが言ったように見えないところに落とす爆弾を許可するのと目の前にいる命を奪うことを許可するのとでは話がまるで違う。そんなことに頷ける勇気は日陰にはなかった。
「ま、まず事情を…………聞いて、みないと」
「そうじゃな」
その答えを予想していたようにユグドは頷く。
「魔族がなぜ人種の大陸へと侵攻するかの理由は分かっておらん。大半の者は単純な魔族の支配欲を考えておるようじゃが、あの意識なき表情を見ればそうでないのは明らかじゃ…………ここにその操り主たる魔王がおるのじゃから聞くにはよい機会ではある」
冷たく見下ろしたままユグドは尋ねようとするが、ふと何かに気づいたように目を細めて魔王の顔を見つめる。
「一応確認しておくが、お主が魔族の王たる存在でよいのじゃよな?」
考えてみればまだそれは確定していない。状況からして目の前の女が魔王であると考えていたが、たまたま魔族の拠点を訪れていた強者という可能性もゼロではない。
「…………そうだ、私はお前たちが魔王と呼ぶ存在で間違いない」
状況が状況だけにとぼける可能性もあったが、魔王はあっさりとそれを認めた。こんな状況下であるが見苦しく嘘を吐くなど彼女のプライドが許さなかったのだ。
「ふむ、潔いことじゃの」
少しだけ感心してユグドは改めて魔王を見やる。その姿は魔族たちよりも人種に近いように見えた。魔族は大概その身のいくらかが異形化しているが、魔王のそれは頭部より左右に生えた黒い角くらいのもの。それ以外は浅黒い肌をした若い…………それも極上の容姿をした女にしか見えない。同性であるユグドですら目を奪われそうなくらいだった。
「ふう」
息を吐き、ユグドは気持ちを切り替える。
「それで魔王よ、なぜ侵攻を…………いや、違うな。なぜ魔族以外の全ての種を滅ぼさんとする」
魔族はユグドの暮らしていたエルフの里に協力を持ち掛けたが、過去の事例からすれば一時は協力しても最後には必ず裏切る。それは魔族以外の全ての生命を滅ぼそうと考えていて最終的なその目的のためには何もかもを利用するつもりだからだ。
「憎いからだ」
睨みつけるように魔王はユグドを見る。
「お前たちが、その存在がこの世界にあることが許せないからだ」
「ふむ」
憎しみはあるだろうとユグドも思ってはいた。しかし彼女の予想としていたのは国家の、魔族という種としての憎悪だ。けれどこうして目の当たりにしたのは国家でも種でもなく魔王個人としての憎悪であり予想していたもの違ったことに肩透かしを受けたような感覚だ。
「な、なんでそこまで、憎む……の?」
まだ怯えるような口調で日陰が割り込んで尋ねる。憎んでいるからユグドの世界の人種を滅ぼそうというのはわかる…………しかしならばなぜ憎いのかという疑問が浮かぶ。ただ意味もなく人を憎ことなどないのだから、日陰はそれを知りたかった…………それを知ることさえできれば穏便な解決も望めるかもしれない。
「…………知らぬのか?」
「えっ!?」
逆に問われて日陰は戸惑う。
「やはり知っていて私を殺しに来たのではなかったのか」
「日蔭殿、というかわしらはお前の事情など何も知らぬよ」
だからこそこうして聞いているのだとユグドは言う。この部屋に飛び込んで来て魔王が口走ったことをユグドはきちんと覚えている。何かしら勘違いしているのだろうが、魔王自身もそれが勘違いであったことに気づき始めているようだった。
「言っておくがお主にいかなる事情があろうとじゃ、わしは結果として長く暮らした里を台無しにされたことを許すつもりはない」
「…………エルフ共の里など滅んで当然だ。本来であれば利用など考えずに真っ先に滅ぼしてやりたかったところだ」
「嬉しい評価じゃな」
ユグドは薄く笑って肩を竦める…………しかしその目は笑っていない。
「それで、事情を話す気はあるのか? わしとしては話す気などないと言ってくれた方が恨みも晴らしやすくて助かるが」
「恨みか」
魔王が笑う。
「お前の恨みなど、私の持つ恨みに比べれば大したものではない」
「…………面白いことを言うのう」
言葉とは裏腹にユグドのその表情はまるで面白くもない話を聞いたようだった。
「先に攻めてきたのはお主らのほうじゃろう。わしらはお主に恨まれるようなことなどしておらん」
「言ったはずだ、お前たちがあの世界に存在しているそれこそが許せないのだと」
それはほとんど言いがかりのようなものにしか聞こえない。話したこともない相手に対してお前の目つきが気に入らないといちゃもんを付けているようなものだ。
「あのさ、もしかしてだけど」
しかしそれで冥利は察するものがあったのか、これまで黙って成り行きを見守っていた口を開く。
「君たち魔族がこの世界の先住民族だったりしない?」
「む?」
冥利の訪ねたそれはユグドにはまるで想定外のもので眉を顰める。
「そうだ」
しかし魔王はそれを肯定した。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
冥利はようやく得心が言ったというように頷く。
「ど、どういうこと?」
けれど日陰にはその意味が理解できない。
「つまり、この世界も最初は魔族たちの物だったってことだよ」
そんな彼に今しがた確認された事実を冥利は答えた。
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