四十九話 感情のままに動くと大抵失敗する
何が起こったのかを彼女も理解できていなかった。ただいきなり尋常ではない爆発が起こり、反射的にそれを防ぐと何もかもが無くなっていたのだ。
長い時の間に疎んじて簡素にまとめていたとはいえ、この場所は彼女の家でありその聖域だ。破壊されてなにも思わないはずがない。しばしの間は呆然としてしまったが、すぐに何者の仕業かと怒りを震わせた…………そこに何かが近づいて、いや下りてくる感覚を覚えた。
先ほどは気づくことができなかったが、何もなくなった今であるからこそ気づくことができたのだ。
「っ!」
怒りのまま半ば反射的に圧縮した魔力を放出する…………その瞬間に再び爆発が起こり彼女は自らの軽率さを呪う。先ほどよりも大きなその爆発は防ぎきれるものではあったが消耗は大きい。しかし彼女の中の怒りはより大きく燃え上がった。
「上か!」
最後までなにも見えはしなかったが爆発するなにかは空から降って来たようだった。それであれば単純に考えて下手人は空にいることになる。仮にそうでないとしても何かしらの手掛かりは見つかろう…………そう考えてやはり直情のままに彼女は空へ飛びあがる。
その身一つで空に飛びあがることなど彼女には魔法を使うまでもないことだった。
「扉、か?」
ドラゴンすらも舞い上がることのない上空に扉が一つ浮いていた。何の変哲もない木造りのようだったがその精度は高いものと彼女には思える。少なくとも彼女の知る技術で作られたものではないだろう。
「どうでもいい」
だがそんなことなどどうでもいい。重要なのはその中にいる何者かが彼女に攻撃を加えた可能性が高いということだ…………ゆえに引きずり出して殺す。その為にはまずその扉をぶち破ってやる必要がある。彼女は再びその手に魔力を固めてそれを打ち出した…………直接殴り飛ばしてやりたかったが怒りに任せていてもそれくらいの警戒はする。
「なにっ!?」
だが扉は硬い。一見するとただの木造りのようなのに彼女の魔力放射を受けても傷一つついていない様子だった。あれだけの爆発を起こす相手だから並大抵の存在ではないだろうと予想はしていたが、まさか今の一撃で傷もつかないとは思わなかった。
だがそれで彼女は止まらない。
より強く、より圧縮した魔力放射を行う。多少は冷静になったが小細工を弄する気にはなれなかった。感情のままに魔力を放射して扉へと幾度なく撃ち込み続ける…………すると見た目の変化はないが何かしら手ごたえらしきものを覚えた。
もちろん放射した魔力に手ごたえなどあるはずもないのだが、相手が苦痛を覚えたという意思とでもいうべきものが伝わってきたような気がしたのだ。それを好機と感じて彼女はさらに強く魔力を放射する…………と、それに耐えかねたように扉が開いた。
どう考えても罠にしか思えなかったから彼女はその扉に飛び込むような真似はせず、離れた位置から魔力を打ち込んだ。
「なっ!?」
しかしそれは扉に入ることなく弾かれる。その扉の内側を守るように立ちふさがるエルフの女が見えた。それが下手人かと思うとまた頭がかっと熱くなる。さらに威力を高めて打ち込んだ魔力放射もまた防がれる…………それであればもはや躊躇しまいと彼女は再びその激情に身を任せた。
あれが罠であろうが中から食い破るだけだと。
◇
「来るぞ!」
ユグドが叫んだほとんどその直後に彼女は日陰の部屋へと飛び込んできた。全身に魔力を纏って直進するだけの愚直な突撃。しかしその身にまとった圧倒的な魔力はこの世のあらゆるものを粉砕して突き破るだろうと思えた。
そのままであればいくら世界樹の全力のサポートを受けたユグドであっても防ぎきれなかっただろう。死ぬことはないにしても部屋へと及ぶ余波を全て抑え込むのが精いっぱいで自分自身は重傷を負って動けなくなるほどだった。
「!?」
しかし部屋へと入ったその瞬間に彼女…………魔王の表情が驚愕に変わる。その身にまとった魔力も突撃の勢いも何もかもが突如として消失したのだ。自身を支えていたものがいきなりなくなって彼女はバランスを保てず床へと倒れこむ。
「冥利殿、扉を閉めよ」
「っ、わかった!」
そしてその理由を魔王が察するより前にユグドは手を打つ。指示に従って手早く扉を閉めた冥利と、倒れながら目線を後ろに向けた魔王との目が合う…………明らかに敵意のこもった視線だったが冥利はそれに威圧されることはなかった。
先ほどまであれだけの暴威を振りまいていたはずの相手なのにまるで恐ろしくない。護身用程度とはいえ武器を持った自分の方が優位だと彼女にはわかった。
「っ…………なぜ、だ」
部屋ごと全てを吹き飛ばしてやりたいのに全くと言っていいほど力が出ない。
「やはりお主も神の端くれのような存在だったようじゃな」
そんな彼女を見下ろすようにユグドは言う。
「なぜ力が出ぬのかと疑問なのであればそれはここがお前の領域ではないからじゃ。そしてこの領域の主はお前が暴力的な力を振るうことを望んではおらぬ」
だからお前は何の力も振るうことができないのだとユグドは告げる。
「なっ、まさかここは神域だとでも言うのか…………それであればお前たちは神々の約定を破ったと!? それで母様を殺しただけでは飽き足らずに私まで殺しに来たのか!」
「ふむ、何やら事情はありそうじゃの」
魔王のそんな反応を見てユグドが顎に手を当てる。
「まあ、関係はないが」
しかしその手をすぐに魔王の頭へと向けた。
「今の状態のお主であればわし程度でも容易く討ち取ることはできよう」
「っ!」
悔し気に魔王がユグドを睨みつける。事実だった。今の彼女はあらゆる力を封じられているような状態だ。それでも常人に容易く負けるほど弱くもないが、全力に近かった彼女の攻撃を防ぐほどの力を持ったユグドであれば抵抗もできずに殺される。
「母様の、願いも果たせずここで果てるか…………」
悔しげに呟くが不思議と胸のつかえがとれたようでもあった。それくらい自分は疲れ果てていたのだなと諦観の中で魔王は自覚する。
「やれ」
「やりたいのはやまやまなのじゃがな」
潔く促す魔王にユグドはかざす手を外して肩を竦める。
「残念ながらこの場の主はわしではない…………そしてその主はわしがお主をこの場で殺すことは認めぬじゃろう」
「あれだけのことをしておいてか?」
「それはそれ、これはこれじゃ」
直接見ることのない場所に爆弾を落とすのと、目の前で誰かが…………しかも訳アリ気な相手が殺されるのとでは話が違う。前者の方が明らかに被害は大きくとも心証は後者に傾くのも人の心理なのだから。
「ではその主とやらはどこだ」
「そこにおわすじゃろう?」
ユグドが向けた視線の先に魔王も目を向ける。
「…………?」
そしてその眉を怪訝そうに潜める。
そこには部屋の隅で縮こまるように彼女を見る日陰の姿があった。
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