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四話 エルフの里の事情

「里の存亡の危機って…………それ大事じゃ、ないの?」


 状況が芳しくない程度の話じゃないのではと日陰は思う。


「いや、わしは世界樹の巫女じゃからのう。わしにとっての最悪は世界樹が失われることであって里の存亡そのものはその次の次くらいになる」


 しかもその優先順位の間には結構な差がありそうな表情だった。


「エルフの里が世界樹と共生してる、のなら…………里が滅んだら、世界樹も困るんじゃ、ないの?」


 共生関係というのは一方的なものではない。エルフは世界樹の恩恵を受ける代わりに相応のものを返しているはずなのだ。どちらかが破綻すればその生存が成り立たなくなるケースだってあるだろう。


「いやいや、共生といってもそれほど密接なものではないのじゃ。そもそも世界樹が失われるというのは長い年月をかけて里の中心となった巨木が倒れることではない…………世界樹という種が失われることなのじゃ」


 その認識が違うのだとユグドは日陰を見る。


「例え今ある樹が倒れようとも根が残ればそこから再生する。根ごと焼却されたのならば苗木なり種なりを他に植えればよい…………そもそも世界樹とて生まれたときからエルフと共生していたわけではないしのう」

「…………なんというか、ドライ、だね」

「わしも世界樹も永い時を生きておるからの。いかなる生物もいずれ滅ぶものというのは見て知っておるし個体の死そのものには執着せん」


 だから種の存続さえ守られるのなら共生相手が滅ぼうが問題はないらしい。


「とはいえ永い年月を過ごした里に愛着がないわけでもない。わしにとって優先すべきは世界樹の存続ではあるが、里の運命もできればよい方向に向かえばよいとは思っておるよ」


 そう口では言いながらも、それでもやっぱり無理なら無理でしょうがないと思っているような表情に日陰には見えた。


「それで話を戻すが、何が存亡の危機かといえば里は今二つに割れておってな」


 横道にそれかけていた話をユグドは本筋に戻す。


「今里の外では人間と魔族が大規模な戦争をしておるのじゃが、これを機に魔族と手を組んで人間を滅ぼうそうと若い連中が主張しておるのじゃよ」

「それに反対する派閥、とで二つに、割れてるって、こと?」

「そういうことじゃ。見事に年寄りと若者で分かれてな」


 ユグドは頷く。


「さっきも言ったようにわしらが里を閉ざしていても外部からの興味は消えん。里の周囲は現在のところ人間の勢力圏にあるからの、若い連中はちょっかい出してくる人間たちを害虫のように感じておるのじゃろう」


 異世界とはいえ日陰も同じ人間だ。しかしそう説明されると敵視されるのも仕方ないと納得してしまえる…………もちろんだから滅ぼすと言われれば顔をしかめるしかないが。


「ユグドもそれに反対、なんだよね?」

「そうじゃ」

「それは、なんで?」


 それが同じ人間という点に目を瞑れば若いエルフの主張は正しいように日陰には思える。世界樹とエルフで完結した世界を築けているのだから外部からの干渉は本当に邪魔でしかない。彼らからすればうっとおしく周囲を飛び回る害虫という表現は間違ってないのだろう。そしてそれは世界樹の巫女であるユグドにとっても同じであるはずに思えるのだ。


「簡単じゃ。永く生きておるわしからすれば人間も魔族も大差ない。確かに今の里の周りは人間の勢力圏じゃが、その前には魔族の勢力圏であった期間もある…………その時勢に里にちょっかいをかけてくるのは魔族であった」


 結局のところ魔族であってもエルフの里が魅力的であるのは変わらないのだ。ちょっかいの出せる位置にいるほうが出してくるだけであって人間や魔族であるかは関係ない。ここで魔族と手を組んで人間を滅ぼしてもそのうち魔族が手を出してくるようになるだけなのだ。


「わしほどではないにしてもそれなりに年をめしたエルフであればそれを知っておる。長い目で見ればどちらにも肩入れせず相争わせておいたほうが里にとっては都合がよいのじゃよ。明確な敵がおるうちは里に割ける余力も少なくなるからの」


 明確な敵がいる状況で中立の存在に下手にちょっかいを出すのは愚行だ。どちらにも肩入れしない限りは敵に回すような真似はせず、今回のように味方へと勧誘するくらいだろう。もちろんそれに色よい返事をすればもう一方を敵に回すし、味方になる値を吊り上げようと両者を天秤にかけるような姿勢を見せれば両方を敵に回す可能性もある…………結局は我関せずと貫いているのが里としては一番なのだろう。


「えっと、それならそれを説明、すれば」

「人の話だけでは実感が伝わらぬ。いくら真摯しんしに伝えようとも実際に体験した不快感のほうが強いのはどうしようもない」

「…………」


 それは日陰にも納得できてしまう話だった。人間と魔族とどっちもどっちだと言われても、今まさに人間から実害を受けているならそちらをどうにかしたいと思考は傾く。それを覆すには魔族側からの実害の例を見せるしかないのだろうけど、話を聞く限りでは嫌がらせ程度で教訓として残るほど強い干渉は受けていないのだろう。


「それでも勢力が拮抗しておれば時間をかけて対話して説得という選択肢もあったのじゃが、ちょうど年寄りと若者の人数比が偏っておる時期でのう」


 エルフは長命ではあるが不死ではなく年老いたものは死ぬし新しい命も生まれる。それらのタイミングによっては若者が多く年寄りが少ない時期もある…………運が悪いことに今はその時期で人数の多い若者が間違った主張をしてしまっているのだ。


「しかも魔族に何を吹き込まれたのか世界樹の巫女たるわしがその利益を独占して里の者をいいように利用しているとか主張しておるのじゃ…………まあ、世界樹とわしの命は同期しておるから実質不老で、巫女の代替わりもないから独占しておると言えばそうなのじゃが」


 それが付け入る隙となってしまっていたらしい。


「しかしそれも世界樹を最適に管理するために与えられたもので、そうして生まれた恩恵は里全体に影響があるしわしだけが享受する利益など不老くらいなんじゃが…………しかもそれすら持て余しておるのにのう」


 そうでなければ新しい人格を作って精神のリフレッシュなど図らないだろう。


「代替わり、ないんだ」

「巫女の任命も解任も世界樹の意思次第じゃからな。寿命で死ぬことがない以上何かしら不手際がなければ解任などされんよ」


 つまりユグドは巫女になってからずっとうまくやって来たということらしい。


「もちろん巫女側から辞めることは不可能ではないが、その場合は世界樹が認めた引き継ぎ相手が必要じゃ。しかし世界樹もえり好みが厳しいうえに…………わしはまあ、精神を若く保つ術もあったゆえ巫女をやることが苦ではなかったからのう」


 代わりになるような候補はなかなか見つからず、ユグド自身が巫女を苦にしていなかったから今に至るまで代替わりをせずに巫女を続けていた…………しかし結果としてそれが魔族がエルフの若者に不審の種を植えこむ隙となってしまったらしい。


「そんなわけで里の若いエルフは世界樹を独占するわしを排除しようと考えておる。自分たちで世界樹を掌握し、その力をもって魔族と協力して人間を滅ぼす腹らしい…………今のところはわしの排除にはまだ実力行使以外の方法を模索しておるようじゃがな、それでも見張られている気配はあるし里ではなかなか落ち着く時間がとれぬようになってしまった」


 事情の説明が終わり、話の流れが変わった…………つまりはそこが自分への要求へつながるのだろうと日陰は察して眉を顰める。


「それで日陰殿には水と食料を対価にこの部屋にわしが滞在することを認めてほしい…………なに、日に数時間ほどでよい。わしも長い時間世界樹から離れるわけにはいかぬしの」


 そして予想通りの要求がユグドの口から発せられた。


「え、やだ」


 わかっていようがいまいが、彼の返答はそれ以外にありえないのだが。


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