四十八話 開かない扉は叩いて開ける
「なっ、なに!?」
部屋全体が揺れたかのような衝撃音に日陰が目を回す。冥利とユグドが魔王に向けて追加のインフェルノを投下してからおよそ三十分後。特に話すでもなく時間が進んでいたその静寂をぶち壊すような轟音だった。
「扉じゃ!」
部屋全体が揺れたような衝撃だったがそれが扉からのものであると正確にユグドは感じ取っていた。日陰と冥利も見やれば確かにユグドの世界と繋がる扉が強く振動している…………その意味は一つしかない。
「そういえば確認してなかったけど、こちらで扉を閉めた時に向こう側で扉の存在はどうなってるのかな? あたしの時は装置を切ったら窓も消えていたのだけど」
「わしの里にあった時も同様じゃ、常にあるわけではなく必要になった時に現れる感じではあったな…………しかしわしが戻った後にすぐに消えるわけでもなかった」
常時存在しているわけではないのは再び繋がらないのではという不安を抱くと同時に、その存在の発覚を防ぎやすくて助かる面もあった…………そうでなかったらユグドを敵視する若者たちに扉の存在を知られてしまっていただろう。
「けれど今は消える前に見つかって…………向こう側からぶち破ろうとしているわけだ。でもこれって鍵なんて付いてないよね?」
「まず普通に開けて見るという発想がなかったのかもしれん。いきなりあれほどの攻撃を仕掛けてきた相手の潜む扉がまさか鍵もかかっておらぬとは想像せんじゃろう」
だから初手からぶち破ろうと攻撃を仕掛けてしかし破れず、そのままさらに強い攻撃で破ろうという方向へ意識も完全に向いてしまって普通に開けようなんて発想は浮かばなくなったのだろう。
「ど、どうするの!?」
今のところ扉は耐えているようだが所詮は木の扉だ。むしろこれだけの衝撃でそれがなぜ耐えられているのか不思議だが、いずれ壊されるのではという不安は日陰に浮かぶ。実際のところは壊れるどころかまだ罅すら入っていないのだが、それに気づけるほど日陰は冷静になれていなかった。
「どうするも何も逃げるのであれば繋ぎ先を変えればよかろう」
そしてそれが出来るのはユグドでも冥利でもなく日陰だ。もちろん扉を消してしまうのが一番いいのだが、意識してやったことのないそれをいきなりやれと言うよりもすでにできていることをさせるほうがいいだろう。
「そ、そっか…………べ、別の場所」
魔族の本拠地の上空へと扉を繋ぎ直したように、別の安全な場所へと繋ぎ直せばそれだけで安全になる。しかし最初と違って今度はどこへ繋げばいいのかという指示はない。人間曖昧な指示ほど簡単な作業であっても迷ってしまうものだ。ましてや立て続けに響く衝撃音の中では冷静にものを考えることはできない。
とにかくひとまず場所を移すことができればどこでもよいのだが、まとまらない頭の中でどこならより安全かを考えてしまい結果として何も浮かばない。そしてそれがさらに思考を焦られせて冷静に考える力を彼から奪っていく。
「ぐっ」
ひときわ大きい衝撃が扉に走ったかと思うと日陰は頭をぶん殴られたような感覚を覚えて一瞬目の前が真っ暗になる。それは一瞬のことですぐに目の前は開けるがますます頭は混乱して扉を別の場所に繋げることなどできそうになかった。
「む、いかんな…………魔王とやら想像以上の相手じゃ」
正直に言えばユグドは扉が破られることはないと高をくくっていた。しかしどうやら魔王は扉をすぐに破ることはできずともダメージを与えられるだけの実力を持っていたらしい。
「どうするんだい?」
尋ねる冥利の声にも僅かに焦りが含まれている。扉が受けたダメージと日陰の反応に何かしらの関連性があると彼女だって気づいている。このままされるままを続けるのは危険だし、かといって早くやるように日陰を急かせばそれは逆効果になるだろう。
「…………賭けになるが、いっそ引き込むか」
「おいおい、正気かい?」
「正気も正気じゃ」
ユグドは真正面から冥利を見て答える。
「魔王がこの部屋の中に入ってくれれば恐らく勝機はある」
「入ってくれれば、だろう?」
扉を開けて素直に入って来るような相手であればいきなり扉を壊そうとなんてしないだろう。それで扉が壊れたなら入り込んでくる可能性はあるが、こちらから扉を開けたなら警戒して入っては来ないだろう。恐らく今扉の外から叩きこんできているその攻撃を、扉の中へと叩き込んでくるようになるだけだ。
「外から撃ち込まれる攻撃はわしが世界樹の力を借りて全力で防ぐ。それであれば業をにやして直接乗り込んでくる可能性も高かろう」
「…………まあ、向こうさんも怒り心頭だろうしね」
状況から普通に考えれば魔王も冷静であるはずはない。直情的に行動してきてもおかしくはないだろう。
「日蔭殿、良いか?」
「え、あ…………え?」
不意に声をかけられて日陰はポカンとユグドを見る。
「これより魔王をこの部屋に引き込んで打ち倒す」
「えっ、え!?」
説明されて余計に日陰は困惑した。少し前まで逃げようとしていたはずなのになぜそんなことになってしまうのかと。
「済まぬがこれ以上の説明する時間も惜しい。とりあえず日蔭殿は部屋の隅にでも寄ってじっとしておるのじゃ」
「ちょ、ちょっと待って…………っ!?」
慌てて止めようとするが再び大きな衝撃が響いて日陰の頭がくらりとする。それ幸いというかその隙にユグドは彼から視線を外して冥利を見る。
「やるぞ、よいか?」
「もう反対はしないけど…………あたしは最低限の自衛しかできないよ?」
「それでよい」
頷きユグドは断続的に衝撃を受けている扉のドアノブに手をかけ…………それを開いた。その瞬間に眼前に迫って来たのは純然たるエネルギーの塊。魔力そのものを圧縮してはなっているようなそれをユグドはあらかじめ準備しておいた防御魔法を唱えて防ぐ…………重い。しかしこの部屋に根付く世界樹から莫大な魔力を供給され続けている彼女は辛くもそれを完全に防ぎきる。
「予想はしておったが、それを上回るか」
たった一撃受けただけで大きな負担をユグドは覚える。攻撃そのものは防ぎ切ったがそれだけの魔力を消費して防御魔法を展開した彼女に肉体に何の反動もないわけではない。果たしてそれに何度耐えられるかどうかはユグドにもわからなかった…………だが耐えられるだけ耐えるしかない。
「すまんが向こうが突っ込んでくる前にわしが耐えられんようなら扉を閉めてくれ」
「ああ、わかったよ」
冥利は頷く。それくらいなら彼女にだってできる。
「…………む、どうやらその心配は無いようじゃ」
しかし待ち構えていたユグドは次の攻撃が来ないことに気づいた。圧縮された魔力の奔流が消えて開かれた空の光景の向こうに黒い影が浮かんでいることに彼女は気づく…………目があったと思った。その瞬間にこちらに対する憎悪が膨れ上がったことも感じる。
「来るぞ」
怒りに任せて突っ込んでくる。
その気配をユグドは間違いなく感じた。
そしてその予感にやはり間違いはなかった。
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