四十七話 案ずるより吹っ飛ばすが早い
「わしらがとるべき選択肢は二つある。一つはこのまま再度扉を開くことなくあの大陸を魔王から奪うことを諦めること…………もう一つは追撃して魔王を討ち倒すことじゃ」
魔族はその拠点ごと吹き飛ばしたがその王たる魔王らしきものは生き残っていた。しかしぶっちゃけてしまえばユグドと冥利はどうしてもあの土地が欲しいわけではない。二人の滞在が日陰の負担になっていることは間違いないが、別の場所を選定する猶予くらいはまだあると踏んでいた。
魔族の住む大陸というのは偶々最初に目についた場所に過ぎないのだからあえてこだわる理由もない。恨みはあるが今回の件でだいぶ留飲も下がっている。
「討ち倒すとしたら勝算はどれくらいあるだろうね…………あたしの意見としては個人でインフェルノに耐えられる生物を倒す手段なんて想像つかないけど」
爆発を無効化したのならわかるが、周囲の被害を見る限り爆発それ自体は間違いなく起こっているのだ。いくら魔法が冥利の知る物理法則を塗り替えるようなものであっても万能ではないし、個人の力量による上限があることもユグドから聞いている…………その常識を間違いなく魔王は超越していた。
「少なくともその配下は吹き飛ばせたわけじゃが」
「魔族がまともな生物じゃない以上は再生産が可能だろうし…………それにあの場所に全ての魔族が集まっていたと考えるのはちょっと楽観的すぎるんじゃないかな」
人種側に逆侵攻をかける余裕はなかったという話だが、魔族側がそれを警戒しないということもないだろう。だから本拠地以外にも大陸の各所に防衛用の人員を分散させていると考えるのが妥当なところだ。本拠地を失った魔王がそれらの人員に集合をかけても不思議ではない。
「今は時間が惜しい。選択するならば早くせねばな」
「じ、時間が惜しいも何も…………戦わなければ、いいんじゃ」
素直に諦めればそれでいいのではと日陰は口を挟む。幸いというかこの部屋は扉を閉めればユグドの世界とは完全に隔絶する。あちらからでは三人の仕業だとは気づきようもないし、気づいたところでどうしようもないのだから。
「しかしそれではわしらの出ていく場所が見つからぬぞ?」
「そ、それは…………他の場所、とか」
「それがすぐに見つかればよいのじゃがな」
当てがあるのは結局この部屋と繋がりがある場所だけだ。しかし冥利の世界は詰んでいるし他の窓に繋がっているであろう世界は未知数で下手に手を出せない。だから一番よく知っているユグドの世界を選んだわけだがその選択を誤った。
もちろん魔族の大陸を諦めて人種のいない地域で隠遁することはまだ可能だが、今回の一件の下手人を魔王が全力で探すことを考えればそれも安全とは言えなくなってしまっていた。
「もしすぐに見つからねば日陰殿は今以上にわしらを疎むじゃろう…………それこそ全力でわしらを追い出そうとするかもしれん」
「そ、そんなこと…………しない、よ」
しない、しないはずだと日陰は思う。別に彼は二人のことが嫌いなわけじゃない…………ただ、あまり近くにいられると落ち着かないだけだ。
「いや、する」
けれどユグドはそれを断言する。
「だがそれは別に日陰殿が悪いわけではない。そうとわかっていながら日陰殿に甘えてしまっていたわしらのほうが悪いのじゃ」
「いや、しない…………」
「しないのであればそもそもわしらに出ていってほしいなどと告げまい?」
「それは…………」
それもその通りだった。一度は滞在を許していて、別にそれで二人を嫌いになったわけでもなく生活必需品を頼ってもいる…………それなのに出ていってほしいと告げるなんて普通に考えればおかしいことだ。しかも時間的猶予を求める二人に出来る限り早くと要求したのは彼なのだ。
「それ日陰殿の本能的なものじゃ。感情でいくらわしらのことを嫌いではないと考えていてもそれとは別の反応なのじゃよ…………しかしそれも強くなれば感情にだって影響しよう。いずれ自分がこんなに苦しいのに出ていってくれないとわしらのことを憎むようにだってなるかもしれぬ」
人は理性だけでは生きられない。どれだけ二人が悪くないと頭で理解していても本能は二人が自分の部屋にいることを嫌悪して、それが感情に結び付けば二人が悪いと考えるようにだってなるだろう。
「わしは日陰殿とは良い関係でありたいと思っておる。そしてその為にはあの魔王を倒して土地を奪うって居候から解消されるのが一番であろう…………ゆえにわしはあの魔王を倒すことを出来る限り検討する」
このままの状態が続けば日陰との関係は悪化する。だからこそ時間をかけるわけにはいかないのだ。一度悪感情を抱かれてしまえばそれを解消するのは簡単なことではない。
「まあ、あたしも日蔭君には嫌われたくはないね」
冥利もそれには同意する。
「それならとりあえず残りのインフェルノを全部突っ込んでみようか…………防げるといっても消耗はしているはずだし立て続けには耐えられない可能性はある」
幸いというか手持ちのインフェルノは後二つある。本来であれば本拠地以外に残った魔族を仕留めるために使いたかったものだがこの際仕方ない。
魔法というのも無限の力ではなく魔力というエネルギーを消耗することは冥利もユグドから聞いている。もしかしたら魔王は今の爆発を防ぐことで全ての魔力を使い果たしている可能性もあり、それであれば残りのインフェルノを投入することで仕留めることはできるだろう。
「そうと決まれば急ぐべきだね」
用意自体はしてあったのか、冥利は先ほどインフェルノを収納していた小さな箱と同じものをさらに二つ懐から取り出す。
「頼むよ」
「相分かった」
先ほどと同じように手早くユグドが魔法を唱えて扉を開けるよう状況を整える。
「今度は迎撃される可能性を考えて起爆方式は衝撃感知式にしておくよ」
「うむ、そのほうがよかろう」
魔力を用いぬ光学迷彩で覆っていたからインフェルノの存在に気付かれてはいなかったはずだ。しかし見えない何かが爆発したということには気づいたかもしれないし、もう一度それが来ることを警戒もするだろう。爆発の範囲は広いから、衝撃感知式なら何かされたとしても爆発してその影響下に相手を巻き込むことができる可能性は高い。
「頼むからこれで死んでおくれよ」
心から相手の破滅を願って冥利がインフェルノを二つ扉から投下し、扉を閉める。
「しかしリアルタイムで結果を確認できないのが問題だねえ」
「まあ、仕方あるまい。安全なところで結果を待つことができるだけでもありがたい話なのじゃからな」
インフェルノの威力を考えればドローンを一緒に投下して撮影させるなんてことができるはずもないし、そもそも日陰の部屋という世界から隔絶できる場所があるからこそその威力に巻き込まれる心配をすることなく気楽にあの威力の爆弾を投下できるのだ。
「だけどこれで仕留められてなかったらどうする?」
「それは相手の状態次第じゃな」
ユグドは肩を竦める。
「追加の二発を喰らってなお無傷であれば流石にどうしようもない。素直に諦めて他の場所を見つけるしかあるまいて」
「流石にしょうがないか」
「いかんせんわしは拠点防衛には向いておるが攻め手としては力を発揮できぬからな」
世界樹の巫女であるユグドは世界樹のサポートがあって万全の状態だ。世界樹の領域から出て相手に攻めに行くとどうしても弱体化してしまう。
「冥利殿の方は何か他の手段はあるのか?」
「まあ、一番簡単なのがあの爆弾だっただけで色々兵器はあるよ…………なにせそれがあたしの専門だったわけだしね。ただあれだけの化け物を倒そうとすると環境への悪影響が強すぎて本末転倒になっちゃうものが多いかな」
例えば生物を倒すなら単純な威力ではなく毒ガス兵器のようなものもあるが、それで土地を汚染してしまってはその後住むという目的は果たせない。今回使用したインフェルノは威力こそ高いものの環境に影響を及ぼさないからこそ選択したものだ。
「まあ、とりあえず様子を見てまた考えよう」
「そうじゃな」
二人は頷きあって腰を下ろす。
しかし再び一時間待つ前に状況は変化した。
凄まじい、衝撃と共に。
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