四十五話 配慮の必要がない
「そういえば確認まではどれくらい待てばよいのじゃ?」
日陰たち三人のいる部屋には何の変化も起こっていない。しかし次元隔てたユグドの世界では核兵器に相当するような爆発が起こっているわけで、普通に考えればすぐに様子を伺うのは危険なはずだ…………冥利の説明によれば核兵器の放射能のような後に残る危険はないという話ではあったが。
「そうだね、熱もあるし爆発で押し出された空気で大気も荒れてるだろうから…………一時間くらいは様子を見た方がいいんじゃないかな」
奇しくもまた一時間。行動よりも待機時間のほうが長いことが続くが、技術による戦争というのはこういうものだ。人の手を減らすための技術なのだから発展すれば人が直接動く時間は短くなっていく。
「ではまた話でもして待つとするかの」
ユグドは腰を下ろす。結果がどうなっているのかどうか確認したいと逸る気持ちはない。そもそも今回の行動に大した労力はかかっていない。もちろん使用した爆弾は消費するが逆に言えばそれだけだ。失敗したなら別の方法を考えればいいし、日陰の部屋にいる限り魔王軍から報復を受ける可能性も退くい…………そもそも彼女らの仕業とも気づけないだろう。
「日蔭君度々ごめんね」
「いえ、それはいいん……ですけど」
日陰はユグドと冥利の表情を見る。二人とも実に落ち着いた顔をしている…………今しがた街一つを消し飛ばしたとは思えないほどに。
「あたしの兵器で人がたくさん死ぬなんて今更だからね」
そんな彼の表情を察したように冥利は言う。
「わしなど道を違えたとはいえ同胞ごと故郷を滅ぼしておるからのう」
「…………」
確かに今更の話だった。二人はそれを好んでいるわけではないし楽しみもしないが、必要であればやれるだけの経験を積んでいるのだ…………今更敵の町のしかも自由意志のないとわかった魔族たちを消し飛ばしたくらいで動揺するはずもない。
しかし町、と改めて日陰は思う。そう、今しがた吹き飛ばしたのは町程度の規模でしかなかったのだ。
「よく考えたらあれって…………魔族の拠点ではあっても、本拠地じゃないん、じゃ?」
「なんというか今更の疑問じゃのう」
それこそ実行する前に浮かべるはずの疑問だ。
「いや、それはその…………」
なんというか流されていて考える頭がなかったのだ。
「心配せずともあれが魔族の本拠地で恐らくは間違いないはずじゃ」
「…………なんで、わかるの?」
「一つは日陰殿がそうと意識して繋げた場所じゃからじゃな」
「え、それは…………」
何の根拠もならないのではと彼は思う。確かに日陰は二人に求められるままに魔族の本拠地へと繋がれと意識はしたが、それで繋がったという実感はないのだ。
「では日蔭殿は偶然どこかの上空の、それも魔族の町がある場所に扉が繋がったと思うのかの?」
「…………」
「そのような低い可能性が起こるより、日蔭殿が意識した場所に扉が繋がったと考えるのが自然ではないか?」
どちらの可能性が高いのかと考えれば比べるまでもない。
「でも、別の大陸に侵攻してるくらい、なのに…………あれじゃあ、小さすぎる」
どう考えても大陸侵攻をかけるような規模の軍隊の本拠地にしては小さすぎる。
「それなんだけどね、魔族をまともな生物として見ないならそうでもないかなと思うよ」
それに答えたのは冥利だった。
「日蔭君も見た通り魔族は自由意志のないロボットのような存在だった。映像を確認した限りでは飲食をしている様子もなかったよね?」
「確かに無かったな」
ユグドが同意する。町とはいえ結構な数の魔族は行き来していたのだからその中に一人くらい飲食している者が混じっていてもおかしくはないはずだ。まともな生物であれば食はともかく水は必要であり、ユグドの知る限り人間やエルフその他の種族もあの世界では飲食を必要としている。
「あたしが思うに魔族は飲食を必要としないか、適宜補給しないようにしているんじゃないかな…………例えば一日分のエネルギーをまとめて朝に摂取しているとか。それも普通に食事するんじゃなく、ね」
「普通、以外って?」
「それは色々あるよ。点滴のような形で補給しているのかもしれないし、栄養剤のようなものを飲むのかもしれない…………ユグドの世界なのだし魔法的な方法でエネルギーを補充できる可能性だってあるし」
重要なのは魔族がまともな食事方法をとらなくていいということだ。
「どんな生き物でも自由意志があればその行動に様々な無駄が生じる…………まあ、無駄っていうのはあくまで何かの目的に対する行動の無駄って意味だけどね。普通の生物であればその無駄にこそ人生の意義を見出すわけで」
趣味や日頃の楽しみのような無駄があるからこそ人は生きていけるのだ。ただ延々と与えられた仕事だけをこなすために生きるのならそれこそロボットと変わらない。そしてその無駄を楽しむためにも様々な非効率が必要だ。
「つまるところね、自由意志がなければその無駄を完全に削ることができるんだ。まともな飲食が必要ないなら飲食店や食料品店なんていらないよね…………そもそも自由意志がないんだから物資も商取引じゃなくて配給だろうし関連施設はまるっと消せる。プライベートスペースだって必要ないから住居もなしにして集団で寝れる場所を用意すればいい…………そのスペースだって最低限収納できるようにすればいいはずだよ」
「…………」
日陰の脳裏には凄まじいディストピアな光景が思い浮かぶが、それは魔族をまともな生物としてまだ見ているからそう感じるのかもしれない。あれを完全なロボットとして置き換えてみれば飲食はエネルギー補給所があればよく、補完する際もできる限りコンパクトに大量収納するのは当然のことだろう。
「つまり、普通であれば大都市となるような規模の数の魔族がおっても、それが文化的な生活しないのであればあれくらいコンパクトにまとまると言いたいわけじゃない」
「そういうことだよ」
まとめてくれたユグドに冥利は頷く。
「それにあの様子だと魔族がまともな生殖活動をして数を増やしているとは思えないしね。魔王とやらが魔族を生産する力を持っているのだとすれば最低限の人員で本拠地は回して、侵攻に必要な数は随時生産している可能性だってあるんじゃないかな」
相当に長い間人種と魔族は戦争をしているようだからその数が減り続けているということはないだろう。もちろん減り続けた結果本拠地があの程度の規模になったという考え方もできるが、それにしては魔族の行動に焦りのようなものがない。戦線がずっと膠着していることを考えれば減った分を随時補充しているのではないだろうか。
「つまりその生産者である魔王さえ消えれば魔族の殲滅は容易いということじゃな」
「下手をすれば命令者が消えてそのまま動かなくなる可能性だってあるね」
二人の考えが正しければ魔族全体を動かしているのは魔王一人なのだから。もちろんその魔王も操り人形の可能性はあるが、その後ろにいる存在だって数多くはないだろう。
「えと、でも魔王って…………いたの?」
その確認までするのは危険だと二人は実行に踏み入ったのだ。
「一応町の中にそれなりに大きい建物はあったよ。位置的にも町の中心だから普通であれば行政府とかが置かれるんじゃないかな…………見た目は他と同じ地味な作りだし王様が住んでいるような雰囲気じゃなかったけれどね」
「見せびらかす相手もおらぬ場所で飾っても仕方なかろう」
なんの反応もしない魔族たち相手ではそれこそ虚しくなるだけだ。
「いずれにせよそこに魔王がおってくれれば面倒がないのじゃがな」
「そうだね」
冥利は頷く。
「あれを喰らって生きている生物ってのは想像できないし」
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