四十三話 静かすぎると怖い
「待たせたの」
「あ、お帰り」
話し終えて戻ってきた二人を見る日陰の表情は何とも微妙だ。二人が戻って来たことを嬉しく感じつつもそれを不快にも感じる自分に自己嫌悪している…………彼だって好き好んで二人を追い出したいわけではない。わけではないはずなのに不快感を強く覚えてしまうのだ。
「なんの話を、してたの?」
「それは言えぬ」
きっぱりとユグドは首を振る。
「女同士の、でりけーとな話という奴じゃからな」
「………ご、ごめん」
聞いてはいけないことだったと日陰は俯いて謝罪する。
「なに、気にしてはおらんよ…………それよりそろそろではないか?」
「ああうん、そうだね」
冥利が頷く。ドローンを魔族の拠点の偵察に行かせてそろそろ一時間が経過する頃だ。問題がなければ扉がある付近へとドローンは戻ってきているはずだ。
「それじゃあ回収しよう、ユグド」
「うむ」
ユグドが何やら呟いて空気の移動を防ぐ魔法を唱える。これで扉を開けても以前のように空気が吸い出されることはない。それを確認して冥利は扉を開けた。
「うん、ちゃんと戻ってきているね」
その向こう側にはドローンがちゃんと待機して回収を待っていた。冥利が招き寄せるように手を振ると、ドローンは展開していた翼を収納するように元の丸い形状へと戻って冥利の腕へ収まった。それを片手で支えながら彼女は扉を閉める。
「それじゃあ日蔭君、そこのテレビを借りるよ?」
「え、いいけど…………」
「大丈夫、対応するように改修してあるから」
世界が違うのだし規格も違うのではと日陰は思ったが、冥利はすでにその対応も済ませていたらしかった。彼女はドローンのどこかの蓋を外すとそこからコードを抜き出して彼の部屋のテレビの裏の端子へと繋ぐ。
「後はこれで」
冥利はドローンをそっと床に置くとポケットからリモコンのようなものを取り出して操作する。するとテレビの画面に恐らくはドローンが撮影したのであろう映像が流れ始めた。それは初めは雲しかない空を移していたが高度が下がるに従って建造物らしきものとその中や外を動き回る人影のようなものを捉え始めた。
「ふむ、これが魔族の拠点か」
興味深そうにユグドがテレビの画面を見つめる。そこは拠点というより町のようだった…………まあ、前線の砦というわけでもなく魔族たちの故郷でも言うべき場所なのだからそれは当然でもあるのだが、魔族の暮らす場所と聞いて思い浮かべるようなおどろおどろしい雰囲気はそこにはなかった。
「なんていうか、普通、だね」
むしろ地味ですらあるように日陰は思う。彼の世界であれば中世の時代に用いられたような石造りの建造物が集まっているのだが、どれもこれも白い壁で装飾のようなものもないから印象としては地味で華がない。
「んー、これが魔族って生物…………聞いた通りの外見ではあるけどなにか行動に違和感があるなあ」
冥利はそこに住まう魔族たちに興味を覚えたようだった。概ねシルエットとしては人に近いが意見をしているが、肌は色黒というか黒だったり青だったりと様々で、角や牙のようなものが生えている物もいる。
それどころか龍のような顔をしたものや狼男のような者もいたりで外見としては統一されておらず、それらをひとくくりに魔族という種で呼んでいいのか疑問に思えてくる光景だった。
しかし冥利はその外見ではなく行動に違和感を覚えているようだ。
「冥利殿は何が疑問なのじゃ?」
「いやだって、結構な人がいるのに活気がなさすぎやしないかい?」
「ふむ」
言われてユグドが見てみれば確かにそう見える。町の中は結構な数の魔族が行き来しているのだが人の街にあるような活気が感じられない…………それがなぜか、と考えてみて見ると魔族はそれぞれ行動しているものの他者とほぼ絡んでいないように見えた。
「冥利殿、これに音は入っておらぬのか?」
「雑音は自動で消すようにしてあるけど会話とかは拾うはずだよ」
冥利はそう答えるがテレビからは一切の音が流れてこない。それはつまりドローンが映し出している町の中で雑音以外の一切の音が存在しないということになる…………これだけ魔族がいてその間に一切会話がないということなのだ。
「念のために、雑音を消すのをやめてくれぬか?」
「そうだね、一応確認してみようか」
頷いて冥利はリモコンで操作する…………と、テレビから音が流れ始めた。
「静か、だね」
それを聞いて思わずといったように日陰が呟く。確かにテレビからは音が流れ始めた。それは町中を魔族が歩く音や何かしらの作業音だ…………それが絶え間なく聞こえるからこそよりその静けさが際立つようだった。魔族たちはその活動以外の余計な音を一切発していないのだから。
「あー、魔族っていうのはこういう生態なのかい?」
唯一それを知るであろうユグドに冥利は尋ねるが、それに彼女は首を振った。
「いや、わしの知る限り姿形を除けば普通の人格をもった種族のはずじゃ。そうでなければいくら経験の浅いうちの里の若者共でも信用したりはせん」
ユグドの故郷であるエルフの里の若者たちは魔族にそそのかされてユグドを裏切った。いくら人生経験の浅さからユグドへの不信感を植え付けられたと言え、この映像に映っているような連中から説得されて信じるほど愚かではなかったのだ。
「つまりここにいる連中と君らの大陸に侵攻している連中は別物? それとも本質はこれだけど外面を整えることもできるってことかな」
それであれば以前にユグドの言っていた魔族がどれだけ協力的であろうとも最終的には絶対に裏切るというのも理解できる。全ては張り付けただけの仮面に過ぎないのだから裏切ることに何の良心の呵責だってありはしないだろう。
「それだとまるで生き物というかロボットのようだねえ」
「あ、確かに」
冥利の言葉に日陰も納得したように映像を見る。そこに映っているのは見た目こそ様々な外見をした人のような生き物ではあるのだが、その行動だけ見れば定められたプログラムに従って黙々と作業するロボットたちのように見える。それが人種への侵攻に送られる際には状況に対応できるようある程度の人格のようなものが搭載されると考えれば理屈は通る。
「ふむ、そうであれば幸いじゃな」
「幸いって何が?」
「考えても見よ」
尋ねる冥利にユグドは答える。
「いくら必要なこととはいえ種族一つ滅ぼすことにわしとて何も思わぬわけではない…………無論恨みもあるし躊躇いはないがな」
あいつら嫌いだから全員殺してもなんとも思わない、というのはただの狂人だ。もちろんユグドは魔族が嫌いだし滅ぼすことができたなら多分祝杯くらいは挙げるだろう…………しかしそれはそれとして一つの種族を滅ぼしてしまったことには思うところはできる。
「しかし魔族の正体が意思も持たぬ傀儡であるというのなら何も思うところはない」
言うなればそれは物を壊すようなものなのだから。
「遠慮なく、滅ぼしてしまうとしよう」
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