三十八話 大体知らない人が割を食う
「け、消し飛ばす?」
「そうだよ?」
動揺する日陰に冥利は何でもないことのように答える。
「確か日蔭君の世界には核爆弾ってものがあるんだろう? あたしの世界では管理し損ねた際の生物への影響が大きすぎるからって理由で核分裂は早々に廃れた技術だけれど、同じように地域一帯を殲滅するような爆弾は開発されたんだよ…………そしてそれをあたしはいくつか持っているわけ」
冥利の世界は生物によって資源を生産していたのでそれに影響を与えてしまうような技術は認められなかったということなのだろう。しかしそれでも技術は似たような収束をするのか大量破壊兵器の開発は別の技術で行われてしまったらしい。
「核爆弾というのはわしも日陰殿から借りた書物で見て知っておるが…………そんなものがあるなら冥利殿の世界はもっとひどいことになっておったのではないか?」
「それがそうでもないんだよね」
冥利はユグドに首を振る。
「あ、ミサイルとかは撃ち落される、から?」
以前聞いたことを日陰は思いだす。冥利の世界は対空兵器が発達したせいで飛行物は撃ち落されてしまうのでミサイルや航空兵器は役に立たなくなってしまっているのだと彼女は説明していた…………しかしそれにも冥利は首を振る。
「その爆弾が開発されたころはまだ対空兵器の精度も微妙だったね」
だから爆弾を搭載されたミサイルが撃ち落されることもなかったのだ。
「ならなんで?」
「その爆弾を開発した国が最初の一発を撃った後にさ、あまりに威力が高すぎたせいで他の国全てが対抗策を得るために全力でその情報を探ったんだよね…………それで運よくその爆弾の設計図を手にしたのがそれほど国力もない小国だった」
「それでどうなったのじゃ?」
「手に入れたはいいものの持て余した」
「まあ、そうなるじゃろうな」
自分たちもその爆弾を作って覇権を取る…………なんてうまくいくはずもない。小国であれば製造できる爆弾の量もたかがしれているだろうし、それをどこかに使えば他の国が安全のために全力で潰しに来るのが目に見えている。そうでなくとも爆弾の設計図を握っていることが知られた瞬間に狙われるだろうし、それこそ大元の開発国からその爆弾が撃ち込まれるのは間違いない。
「それで、どうなったの?」
「爆弾の設計図を世界中にばらまいた」
「…………なるほど、抑止を狙ったか」
その爆弾を全員が持っているなら使えば同じ爆弾によって反撃を受ける。仮に敵国を先制して潰すことができたとしても、こんな危険な兵器を躊躇いなく使ってしまえるような国は世界の敵だと他の国から敵視されて潰される可能性は高い…………結果としてどの国も爆弾の使用を躊躇うだろう。それは日陰の世界でも同じようなことが核兵器でもあり核抑止力と呼ばれていた。
「そうそう。どの国も対抗策としてその爆弾を作って、だからこそ使えなくなったんだよね…………それでその状況が続くうちに根本的な対策が開発されちゃってね」
「ほう」
「その爆弾っていうのが簡単に説明すると空気中で二つの物質を組み合わせた化学反応を利用したものだったんだけど、その化学反応を抑制する方法が開発されたってわけ。そしてその方法も世界に拡散されたんだ」
「その爆弾は完全に無力化されたわけじゃな」
「そうそう」
冥利は頷く。
「でもそれはあたしの世界であってユグドの世界で無力化されたわけではないんだよね」
「なるほど、確かにわしの世界であれば有効であろうな」
そもそも冥利の世界でもそれが無力化されたのはそれなりの時間が経ってからだ。初見では対策のしようもなくどうしようもない。
「いやでも、さ。別の世界で、ちゃんと使える、の?」
「それは問題ないよ」
祈るような日陰の疑問にもあっさりと冥利は答える。
「前に説明したと思うけどあたしの世界もユグドの世界も根幹となる物理法則は同じだからね。問題なく動作することは確認済みさ」
その辺り冥利には抜かりはない。だてに研究室ごと避難してきていないのだ。
「だから問題なく魔族、だっけ? まとめて吹き飛ばせるよ」
「…………」
さらりと言う冥利に日陰は押し黙る。
「ふむ、日陰殿は魔族を滅ぼすことには反対か?」
そんな日陰の反応を見てユグドが尋ねた。
「は、反対っていうか…………その」
どちらかと言えば戸惑いが大きい。日陰には魔族という一つの種族を滅亡させることをあっさりと決めてしまえる二人が信じられなかった。
「な、なんでそんな、簡単に…………」
「別に簡単というわけでもないが…………わしの場合はすでに故郷を滅ぼしておるでのう」
相反していたとはいえ同胞を故郷の土地ごとユグドは葬っている。それに比べれば魔族はもとより敵だし根絶することに抵抗は少ない…………そもそも今回里が割れる原因となったのも魔族に原因がある。
「あたしに至っては見たことすらない相手だしね」
だから冥利には魔族に対する同情とかそういうものすらない。知りもしない相手を滅ぼしてしまうのかと思うが…………だからこそ彼女はユグドにどちらが悪いという確認をしたのだろう。それだけで冥利にとっては大義名分が立つのだ。
「それにこれはまあ、少しばかし卑怯な言い方かもしれないけどさ…………なんで滅ぼすかってなるとしたらそれは日蔭君にあるわけなんだよね」
「えっ!?」
「まあ、原因を辿るなら確かにそうなってしまうの」
「え、でも…………僕は、そんな」
日陰は魔族を滅ぼしたいなんて思ってはいない…………だが、だがである。二人は日陰にこの部屋を追い出されるから新しい住居を得るために魔族を滅ぼそうとしているのだ。それはつまり根本的な原因が彼にあると言えなくもない。
「で、でも滅ぼす以外にだって方法は…………」
「それはあるじゃろうが、安全な土地となるとなかなか難しいものじゃぞ?」
確かに土地だけであれば人のいない場所はいくらでもあるのだが、そこで安全に暮らせるかと言えば話は別だ。ユグドの故郷がそうであったように常に外敵に気を遣う必要がある…………だからこそその外敵を葬ると同時に場所を確保しようと冥利は提案したのだ。
「そもそもわしらは日陰殿から追い出されるがゆえに土地の確保が必要なわけで、その方法にまで口を出されると流石に困ってしまうぞ?」
「…………うう」
ユグドのそれは間違いなく正論だ。二人は彼の部屋を出ていった時点で日陰に対しての義理は無くなる…………というか水食糧の供給を考えれば日陰のほうこそ頭を下げて何か対価を考えなくてはいけない立場になるのだ。それなのに追い出した先での行動に文句を付けていい訳がない。
「無論、日陰殿がこれまで通り部屋に置いてくれるのならそのような真似はせんで済むのじゃが」
結局はこの部屋を出なくてはいけないから選択肢に上がっただけのことなのだ。そうでなければユグドにも冥利にも魔族をあえて滅ぼす理由はない。
「えっと、その…………」
自分の選択一つで一つの種族の命運が決まることを日陰は理解した。彼らに同情するのなら彼は二人が同居しているという不快感を我慢するだけでいい…………別に二人が嫌いなわけではないのだ。ただ何となく生理的に嫌な感じがするというそれだけ。たったそれだけを我慢すればいい話なのだ。
「す、好きにしてください…………」
けれどそれを日陰は我慢、できなかった。
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