三十七話 殴って気の晴れるほうを選ぶ
「どちらを殴れば心が痛まぬか、とな」
「生存競争は確かに自然の摂理で善悪なんてないだろうけど、あたしも日蔭君も感情に左右される人間だからね。主観的に見て悪く見えるかどうかは大事さ」
長く生きているユグドであればその人生の中で数多くのそれぞれの善悪を見て達観してしまっているのだろうけれど、まだ百の半分も生きていない二人はそんな風に達観できない。
少なくとも冥利にとっては感情的に納得できるかどうかは大切だ…………あの誰も彼もが終わりに突っ走り続けた戦争を体験しているからこそ彼女はそう思う。
「日蔭君だってどうせなら悪く思えるほうを倒した方が気分はいいだろう?」
「それは、そうですけど…………話が」
日陰には何の話をしているのかよく見えない。
「隠れ潜んでも見つかる恐怖に怯え続けることになる。それならばいっそ勢力一つを潰してその土地を丸々奪ってやろうと言っておるのじゃよ、冥利殿は」
「えっ!?」
それは何というか滅茶苦茶な話に日陰には聞こえる。そりゃ確かにいきなりそんなことができるような相手に残った側だって喧嘩を売りはしないだろう。しかしずっと戦争を続けていたような二つの勢力の片方を潰すなんてことは現実的ではない…………この場にはなにせこの三人しかいないのだ。
「まあ、できるのであれば悪い手ではないが」
「ないの!?」
「それだけの土地を堂々と確保できるのであれば、当てもない地へと逃がした里の者たちを呼び戻すこともできるでな」
ユグドは自らの里を滅ぼしたが別に望んで滅ぼしたわけではない。世界樹より優先順位が下がるとはいえ同胞たちに愛着はあったし、だからこそ逃がした里の者たちに安全な場所を提供できるならそうしてやりたいと思っている…………あれからまださほど時は経っていないし彼らもまだ新天地を目指す放浪を続けているはずだ。
「で、でもそんなの、どうやって…………」
「まあ確かに、実現の方法がなければただの妄想に過ぎぬの」
日陰とユグドは冥利の顔に視線を向ける。
「もちろん方法はちゃんと考えてあるよ」
できると思ったからこそ冥利は口に出したのだ。
「でもそれを説明する前にあたしの質問の答えが聞きたいね」
人種と魔族、どちらが悪いのか。冥利が方法を話すのはそれを聞いた後らしい。
「公正に話すつもりではあるがわしの主観は混じるぞ?」
「それはもちろん構わないよ」
ユグドは長い人生で達観しているがそれでも感情が枯れ切っているわけではない。どれだけ公正に話そうとしてもその主幹が混じるのはどうしようもないし、それを冥利も否定しない。
「ではそうじゃな…………やはり魔族のほうが悪いということになるか」
「その根拠は」
「まず何が悪いという定義について話そう」
根拠を尋ねる冥利にユグドはワンテンポ置く。
「日陰殿は何をすれば悪いと思う?」
「…………それは、戦争に関係ない人を、殺したり、とか?」
急に振られて少し戸惑うが、思いついたものをそのまま日陰は口にする。
「日陰殿、戦争をしている国に所属しているかぎり戦争に関係のない人間などおらぬよ」
「え、でも…………」
「直接戦争に参加しておらぬものでも、その戦争を継続するためのことには関わっておろう?」
「あ」
言われてみれば確かにその通りだった。例え戦争と関わりない仕事をしていても税金として国にお金を収めればそれは軍事費の一旦となる。主婦であったり家族の手伝いをしているだけの人間であってもその家族が軍人であれば、その生活を支えることは戦争に加担していると取れないこともないだろう。
それこそ育てられるだけの子供であっても将来の兵士となる可能性があると考えればそれだけで無関係ではなくなる。
一般市民を虐殺すると言えば大抵は悪と思われる行いだが、将来的な禍根や確実に敵を消すという考え方からすれば間違った行いではないのだ。
「そもそも戦時中の行いなど大抵のことがどっちもどっちじゃ。あれが悪いこれが悪いなんてものは勝ったほうが敗者を黙らせたからこそ言える話じゃな」
「でもそれじゃあ…………何が悪い、の?」
「これはあくまでわしの考えじゃが、戦争の原因…………つまるところ先に相手に仕掛けた方じゃな」
戦争中の行いがどっちもどっちであるなら、そもそも戦争を起こした奴が悪い。
「その理屈で言うと?」
「先に仕掛けてきたのは魔族ということになるの」
尋ねる冥利にユグドが頷いて見せる。
「流石にその頃となるとわしもまだ生まれておらんかったのじゃが、わしらエルフの祖先があの地に降り立ってしばらくして魔族たちが攻めてきたと聞いておる」
「魔族の土地を奪ったとか君らのほうからちょっかいを出したのではなく?」
「そんなことはしておらんという話じゃ、そもそもエルフの里を築いた場所も何もない荒野じゃったらしいしの。その荒野に緑をもたらすべく神より与えられたのが世界樹であったのだと言い伝えにはある」
「神様ねえ」
冥利は怪訝な表情を浮かべる。
「どうにもあたしにはピンとこない存在だなあ」
「それでも実在するのは間違いない。元よりわしらエルフも神によってあの地に招かれたという話じゃからな」
「でも口伝だろう?」
「口伝じゃが、わしの二代目前の世界樹の巫女が当事者という話じゃからの」
形となるものを残さない口伝は人を伝うごとに変化していくことが多い。しかし二代程度であればその変化も微々たるものだろう。元より寿命の長いエルフのさらに世界樹の巫女という特別な立場であるからこその事例だ。
「そんな存在がいるならあたしらの世界もどうにかして欲しかったところだけどね」
「世界との関わり方は神によってまちまちらしいからのう。それこそ掌中の子のように手厚く見守る神もおれば」
「好きに生きろと放置する神もいるってことね」
「そういうことじゃ」
ユグドが肩を竦めるのを見て冥利は息を吐く。
「まあ、その話は置いておくとして…………悪いというか戦争の原因は魔族にあるってことで間違いないんだね?」
「何を思って攻めてきたのかは知らぬがの」
「そういえば今更だけど和解とかはできないのかい?」
「できぬ」
きっぱりとユグドは答えた。
「えっと、なんで?」
日陰が尋ねる。ユグドのその物言いはその可能性すらないと言わんばかりだ。
「それは魔族の目的が自分たち以外の全ての生物の駆逐だからじゃ」
ゆえに一切の妥協の余地はないとユグドは言う。
「あれ、でもエルフに協力を求めて来てたって…………」
人間を供に倒そうと魔族に協力を持ち掛けられたのがユグドの故郷を割ることになり滅ぼすことになった要因だったはずだ。
「そこがあやつらの狡猾なところでな。最終的に自分たち以外の全てを駆逐するという目的のためなら、その過程で忌み嫌う相手であろうと協力することを厭わん。実際にわしらエルフもそれで痛い目を見た経験があるらしいからの」
だからこそそれを知るユグドをはじめとする年配のエルフは魔族を信用しなかった。
「なんで、そこまで」
「それはわからん。これまで攻められることはあっても攻め返すことがなかったゆえに魔族については判明しておらぬことの方が多いでな」
「それならそれでいいかもしれないね」
日陰はなぜ、と気になったのだが冥利はそうでもなかったらしい。
「これから消し飛ばす相手のことなんて、知らない方が気に病まないで済むしね」
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