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引き籠りの部屋が異世界に漂流してしまったようです  作者: 火海坂猫


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三十五話 好意があろうが嫌なものは嫌

「んぅ」


 気だるげに呻いて日陰は目を覚ました。目を開いて映るのは見慣れた天井。自分は自室で寝ているらしいとそれでわかるがいまいち前後の経緯が思い出せない。身体は怠く、意識もなんだかぼんやりしていて記憶がはっきりしない。


「ええ…………と!?」


 なんとなしに横を見るとユグドと冥利が揃って神妙な表情で正座していて彼はびくりとする。しかしそれが刺激になったのか意識は一気にはっきりとし、なんで自分がここに寝ていたのかの経緯を日陰は思いだした。


「その、日陰殿には申し訳のないことをした」


 そんな彼へとユグドが深々と頭を下げる。


「日陰殿は最初から拒否しておったのに、その気持ちを無視した結果日陰殿にこんな負担をかけることになってしまうとは年長者として恥ずかしい」

「止めようとせずに同調したあたしも同罪だ。本当にすまない」


 冥利もユグドに続いて頭を下げて、それに日陰は困ってしまう…………もちろん二人に対する憤りは彼にもあった。しかし一度のぼせて意識を失ったせいか気分はいくらか落ち着いてしまっていて、初手からそんな風に殊勝な態度で謝罪されるとなんだか自分のほうが悪いことをしてしまったような気分にさせられてしまう。


「ふ、二人共…………頭を、上げて」

「しかしそれでは日陰殿に申し訳が立たぬ」

「これは間違いなくあたしたち二人が悪かった話だ」

「しゃ、謝罪は充分受け取りました、から…………」


 流石に二人とも年長者なだけあって簡単に謝罪の態度を崩さない。やむを得ずはっきりと日陰が謝罪を受け取ったことを告げるとようやく二人は顔を上げた。


「ありがとう日陰殿、慈悲に感謝する」

「いやもう本当にごめんね」

「…………いいですよ、もう」


 過ぎたことだと諦めたように日陰は息を吐く。


「もうあんなことしないとさえ、約束してくれれば」

「…………」

「…………」

「なんでそこで、黙るんですか」


 それが一番肝心だというのに。


「日陰殿、そういう条件は謝罪を受け入れる前に付けるべきじゃ」

「そうだね。許してもらった後じゃあたしたちが承諾する理由がない」

「…………」


 日陰は開いた口が塞がらなかった。一瞬前の殊勝な態度はどこへやら、二人は面の皮の厚い表情で彼を見返す。


「ま、またあんなことをする、つもり?」

「いやすぐにはせぬよ」

「せっかく許してもらったのにすぐに怒られるような真似はしないよ」


 しかし絶対にやらないという約束はしない。いつかやれる、という点が重要なのだ。どんな権利であっても放棄することなく保持しておくことは大切なのだから。


「なに、仮にまたやるとしても次はこのようなことにならぬように気を付ける」

「のぼせないように水風呂にするのもいいかもしれないね」

「ふむ、暑い季節であれば清涼にもなりそうじゃな」

「日蔭君の世界だと広い場所に水をためて遊んだりもするんだっけ? あたしの世界じゃできない贅沢だしそれも悪くないかなあ」

「湖で涼をとるというのはわしらエルフもやるぞ。泳ぐというのもなかなか楽しい」

「へえ、あの世界樹は湖を作れたりもするのかい?」

「成長していけばいずれそれも叶うじゃろうな」

「それは楽しみだ」

「…………」


 日陰を置いてけぼりで二人の話が弾む。彼が承諾しなくてもきっと二人はやると決めたらやるだろう。


 そんな未来から逃げるように、とりあえず日陰は布団を頭まで被った。


                ◇


 日陰にとっては波乱から始まった冥利を加えての生活だが、正直に言ってしまえばそれほど変化があるわけでもなかった。冥利は基本的に自分の持ち込んだ外から見ればミニチュアハウスにしか見えない研究室からは出てこず、日に一度か二度ユグドに会いに行くくらいだったからだ。元々研究者で研究室に籠っていたのだからそれも不思議な話ではない。


 彼女があちら側の世界にいた時はユグドだけではなく日陰にも結構会話を振っていたから、そのペースで生活されることがなくて日陰はほっとしていた。これであれば彼の一人の時間を邪魔されてストレスをためることもない…………わけでもなかった。


「警告。ハウスから一メートル以内に飛坂冥利が出現します」


 冥利がミニチュア研究室から外出する時には危険を避けるためか警告が流れる…………もちろんそれは警告なしで彼女がいきなり現れるよりずっといい。ずっといいのだがそういう問題ではないのだと日陰は思うのだ。


「や、おはよう」

「もう昼、ですけどね」

「ああ、そうだったか…………どうにも研究をしていると時間感覚がなくなってしまってね」


 外出してきた冥利とは大抵二、三の会話する。多分それは日陰を気遣ってのことだろう。あまり多くの会話は彼の負担になるし、しかし日陰には用が無いからと全く会話せずに通過するのも気まずい話だからだ。


「じゃあ、あたしはユグドに水を貰いに行くよ」

「行って、らっしゃい」


 冥利がクローゼットの中に消えていくのを日陰は見送る。


「…………はあ」


 しかしそれを見送って息を吐いた。確かに大半の時間は冥利のことを気にする必要はないが確実に彼女が外出する時間はある。しかも今しがた冥利が自分で口にしたように彼女は時間感覚が狂い気味でその外出時間は一定ではない。流石に日陰たちが寝静まっている時間は彼女も外出はしないが…………いつ出てくるかわからないというのは日陰にとってストレスだった。


 もっともそれは冥利に始まったことではない。彼女がやって来る前からユグドもいつクローゼットから出てくるかわからない状態ではあったのだ…………もちろんその要件は彼への水食糧の供給という重要な案件ではあったのだけど。


 ただいずれにせよ自分の部屋なのにいつ二人が現れるかわからないせいで落ち着かないというのが日陰にはストレスだった。ユグドの時は何とか我慢していたものが冥利も増えたことで二倍のストレスになって結構彼の精神は追い詰められつつあった。


「…………そもそもなんで僕の部屋に、置くんだ」


 せめて冥利の研究室がユグドのいるクローゼットの中に置かれていればこのストレスは半分だったはずだ…………というかあちらであれば超技術でミニチュア研究室になんかしなくても普通におけるくらいのスペースがあるはずなのだ。どう考えてもわざわざ小さくして日陰の部屋に置いておく必要はない。


 しかしそれならば今からでも場所を変えてくれと言えばいいだけなのだが、それだと冥利が迷惑な存在だと伝えるようで日陰は言えないでいる。


「ど、どうすれば…………」


 いいんだろうかと考えるが答えは浮かばない。別にここは彼の部屋なのだから二人に出ていけと言う権利はある…………しかし二人には追い出されても行く当てがない。それなのに追い出してしまえるほど彼は薄情ではないし、だから余計にストレスを抱えるような人間でもあるのだった。


 コンコン


 そんなことを考える日陰の耳にノックの音が響く。


「…………なに?」

「冥利殿と昼食を一緒にするじゃが、日陰殿もどうじゃ?」

「…………行く」

「うむ、では待っておるぞ」

「…………」


 声の聞こえなくなったクローゼットをじっと日陰は見つめる。ユグドも冥利も間違いなくいい人だ。ユグドに至っては日陰だけでは先に見えなかった現状を何とかしてくれた恩人でもある…………だからこそそんな二人に出ていってほしいと思ってしまう自分が嫌になる。


 ただ、それでも嫌なのだ。


 この部屋にいるのは自分一人でいい、そう思えてしまう。

 だってこの部屋は、彼だけの部屋なのだから。


 他者を拒絶することに意味がある。


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