三十三話 感情は矛盾しない
「えーっと、ちゃんと自爆するつもりだったし実際に研究室は吹き飛んだよ?」
本当は死ぬつもりはなかったのではないかと尋ねる日陰に冥利は誤魔化すような笑みを浮かべながら答える。確かに研究室は彼女の言う通り吹き飛んだように思う…………しかしそれでも疑問は残る。
「よく考えたら、侵入と同時に爆発って、何かおかしい、ですよね」
定番で言えばカウントダウンの後に爆発だろう。もちろんそれは誤作動した際に解除する時間のための安全装置であったり退避する時間を稼ぐための物だ。逆に侵入者に対しては逃げる時間を許すことになるし、強行して解除するためのチャンスを与えるものにもなってしまう。
だから一見すれば冥利の考えは合理的だ。侵入されたその瞬間に自爆するのであれば相手を逃がさず自爆を解除される危険もない…………ただ、それなら最初から爆破すればいいのではないかと思うのだ。冥利の目的は侵入者を道連れにすることではなく日陰の部屋に繋がるようなデータを研究室ごと吹き飛ばすことなのだから、わざわざ相手が侵入するのを待たずに自爆してもよかったはずである。
もちろん自爆ということは自分も死ぬわけで、そのスイッチを自分で押す勇気が出させず侵入者に押させるという選択もわからなくはない…………ただ、死ぬつもりだったはずの冥利の用意の良さを見るとそれはぎりぎりまで自分が死ぬ時間を引き延ばすためだったんじゃないかと日陰には思えてしまうのだ。
「考えて見ると、ユグドもなんか、変だったよね?」
「変とは?」
「珍しく感情的な感じだったのに、直接冥利さんを助けようとは、しなかったし」
例えばユグドであれば日陰の説得を待たずともとりあえず魔法で冥利を拘束して引っ張り込むくらいのことはできたはずなのだ…………というか普段の彼女からすればそんな対応が自然のように思える。エルフの里を滅ぼしたこともそうだが、ユグドは割と結果のためであればその他の被害を考慮しない大雑把さがある。
「もしかして、冥利さんの意図に気づいてアシスト、してた?」
「さてなんのことやら」
ユグドはとぼけるが、その反応がますます疑わしい。そう考えるとユグドのあの時の発言は全て冥利の悲壮感を漂わせ日陰の同情を買うためのものだったように思える。
「もしかして、正面から頼むと僕が拒むと、思って?」
「あっはっは、そんなこと…………あります」
誤魔化そうと笑ったのが一転して、冥利は恐縮したように肩を縮めて認める。
「そ、そのためにこんな…………」
「いやしかし日陰殿よ」
流石に日陰も心配した分だけ怒りが湧いたようにわなわなと手を震わせるが、それを見かねたようにユグドが声をかける。
「仮に冥利殿が正面から頼んでいたなら日陰殿は断るじゃろう?」
「えっ、いやそんなことは…………」
流石に切羽詰まった状態の冥利を無碍には自分だってしないはず…………と思いながらもなぜか彼の視線はユグドから逃げるようにそれていく。それをジト目で彼女は見やる。
「故郷を失い行く当てもないわしの懇願に日陰殿は何と言って応じたかな?」
「…………故郷は自分で滅ぼしたんじゃ、ないか」
いい訳のように日陰は返すがそれは何の返答にもなっていない。ユグドの思い切りは良すぎたがそれは追い詰められていたからであるし、ここに置いて欲しいという彼女の願いを感情のままに拒否したのも事実だった。
「いやそのね、君には悪かったと思うけど…………その辺りの話をユグドからも聞いていたしね。ただ頼んだんじゃ許可してくれないだろうからってついね」
「つい、じゃないです、よ」
二人をとりなすように冥利が日陰に謝罪するが、彼もそれを素直に受け入れられない…………それくらいあの時は本気で冥利のことを彼は心配したのだから。
「結局、二人共グルだったってこと、ですか?」
「いやいや、あたしはユグドには何も話していないよ!?」
「わしが勝手に察して手伝っただけじゃ」
恨みがましく自分たちを見る日陰に二人は首を振る。
「…………そんな一目、でわかるもの、かな」
「冥利殿であればあのような潔くなくもっと生きあがくと思えたのでな」
「それは何とも喜んでいい評価なのか迷うね」
「…………」
あはは、と苦笑する冥利の姿に確かにその通りだなと日陰も思えた。彼女は詰んだ世界と状況に陥っていながらどこか楽観的でそのことに重く囚われてはいなかった。それは自分ならどうにかなるどうにかしてやるという意思が根幹にあったからなのだろう。
「はあ」
諦めたように日陰は息を吐く。ユグドと同じように初見で見抜けなかった、見抜けずにこの部屋に滞在することを認めてしまった時点で彼の負けだ。今更それに気づいたところで彼女を放りだすわけにもいかないのだから。
「もうわかりました、けど…………どこまで本気だったん、ですか?」
「どこまでって?」
「いやだって、僕があと少し遅れていたら侵入されてたん、ですよね?」
彼が冥利のもとに辿り着いたのは侵入される直前だったのだから。
「そうしたらまあ、爆発であたしは死んでたね」
「え」
「いやほら、ちゃんと爆発してたでしょ?」
「え、でも…………」
確かに冥利を部屋に引き込んだ直後に閃光はあった。しかし冥利の意図に気づいた時点でそれは彼女が逃げ際に起爆したものと考えていた。
「死ぬ気は、なかったん………ですよね?」
「そりゃああたしだって死にたくはないから最大限の努力はするよ…………でもそれで君たちに迷惑をかけるのは死んでもごめんだったからね」
だからあれは冥利にとって本気でもあった。憲兵に侵入される前に日陰たちが来るなら良し、来なければ潔く死ぬつもりだったのだ。
「まあ、結果としては二人が来てくれたし最良の結果だね」
「…………最良じゃ、ないですよ」
日陰の気持ちはずいぶんと振り回された。
「いやほんと…………ごめんね?」
「…………」
本当に申し訳なさそうに冥利は謝るのだけど、日陰としても簡単に彼女を許すとは言えない…………かといって相応の覚悟を決めたうえでの行動だと知ってしまいこれ以上冥利を責めることもできず押し黙るしかない。
「ふむ、日陰殿もここは一度気分を切り替えるために風呂にでも浸かってきたらどうじゃ? せっかく冥利殿が作ってくれたのだしあれ自体は喜んでおったろう?」
「っ、ああそれがいい! あれはあたしとしても自信作だしね」
「…………お風呂か」
そういえばそんなものもあったなと日陰は思いだす。確かに気分を変えるのならそれは悪くいない選択肢のように感じられた。
「そうだね、そうするよ」
一風呂浴びてゆっくりすれば、気持ちの整理もつけられるかもしれない。
「あ、そうだ。せっかくだからあたしが背中を流してあげるよ」
いい思い付きのように冥利が言う。
「ふむ、それは悪くないの。日頃の感謝をこめてわしも参加するとしよう」
それにユグドも反対することなくのっかった。
「えぇ…………」
なんでそうなる…………と、日陰は強く思った。
彼はゆっくりとお風呂に入りたいだけなのに。
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