三十二話 交渉は時間に余裕がない方が進む
日陰の部屋と冥利の世界が繋がったのは彼女の作った装置によるものかそれとも偶然か。いずれにせよ冥利はその装置の電源は切ってしまっているだろうし、どうせ日陰にできるのはカーテンを開いて窓の向こうを確認することだけだ…………そしてその作業を今日彼は迷うことをしなかった。
ただ繋がっていることを祈ってカーテンを開く。
「!?」
その瞬間日陰の目に飛び込んできたのは思わず目を細めるような激しい赤い光の点滅だった。窓の向こうの光景そのものはこれまで繋がっていた冥利の研究室に相違ない。しかしその場所が今は明らかに警告と思わしき赤い光を繰り返し点灯させていたのだ…………そしてその部屋の真ん中に椅子を置いて彼女が座っている。
「冥利さん!」
「…………にぃあ、なうhぐだふぁあ」
日陰が叫ぶとそれで気づいたように冥利が振り返って何かを口にする。窓が閉まっているからか最初会った時のようにその言葉は理解できなかった…………もどかしいというように彼は窓を開く。
「大丈夫ですか!」
「あたしの世界にはもう繋ぐなって警告したはずなんだけどね」
困ったような表情を冥利は浮かべた。
「君だってこんな世界の戦争になんて巻き込まれたくはないだろう?」
「そりゃあ嫌ですけど…………でも!」
だからと言って目の前の女性を見捨てられるかと言えば別だ。
「どうしてもっと早く相談してくれなかったんですか!」
「相談したってどうにかなるものではないからね」
「…………できることもあろう」
追いついてきたユグドも会話に参加する。
「上役に知られたのが問題なのであれば、その上役を事故や病気に見せかけて殺すくらいわしにならできるぞ?」
「そんな真似友達にさせられないよ」
「友と思ってくれるならなおさら相談が欲しかった」
責めるような言葉に聞こえるのはそれだけユグドが冥利に親しみを覚えたからだろう。まだ短い付き合いではあるが、それぞれの世界の技術的なことを話す二人はとても楽しそうだった。
「友達だから迷惑をかけられないのさ」
「それでわしらを頼らず自決して済ませると?」
「じ、自決!」
「その赤い光はそういう警告なのではないのか?」
何か危険を示す光であるのは日陰も想像していたが、確かに言われてみれば映画などで自爆装置を押した時によくある演出でもあった。
「な、なんで!?」
「なんでというと今絶賛研究室の扉を空けようと憲兵隊が工作中だからだね」
言われてみれば何か作業音というか扉を無理やり破ろうとしている音が聞こえる。
「彼らが内部に侵入すると同時に何もかも吹き飛ばすように設定してある。あたしの見立てではあの装置だけで別世界に繋がることはできないと思うけど…………可能性は確実に排除しておくべきだからね」
「そんな、駄目ですよ!」
「駄目も何も他に方法がないよ」
諦めているというように冥利は肩を竦める。
「残念ながらあたしには逃げ場がないし…………逃げたところで詰んでいる。仮にあたしがうまいこと他の国に亡命出来たってこの世界そのものが詰んでいることに変わりはないしね」
「無駄にあがくよりいっそ一思いに散ると?」
「それが一番後腐れがないだろう」
「いやそんなの!」
思わず日陰は叫ぶ。
「こっちに逃げて来ればいいじゃないですか!」
そちらの世界に逃げ場がないならこちらに逃げればいいだけだ。
「いやでも、君に迷惑はかけられないよ」
「そ、それは迷惑ではありますけど!」
「そこは正直なんだ」
冥利は苦笑する。
「で、でもそれで冥利さんが死ぬよりはマシです!」
流石に彼だって迷惑だから冥利に死ねなんて言えるはずもない。
「行く当てなんてないからしばらく居座ることになるよ」
「我慢します!」
すでにユグドを迎え入れているのだから今更のことだ。
「…………そうか、君たちに迷惑はかけたくなかったが、そこまで言ってくれるのを無碍にもできないね」
ふう、と息を吐いて冥利は立ち上がる。
「それじゃあ、すまないけどお世話になるよ」
「わ、わかりましたから急いで!」
冥利の座るその向こう、そこに在る扉が赤熱してもう破られるのが間近ではないかという状況になっているのが日陰には見えていた。
「大丈夫、まだ少しは余裕あるよ」
「いやないですよ!?」
なぜだか余裕たっぷりの冥利を急かし、手が届く所まで来た彼女の腕を掴んで日陰は全力で彼女を引っ張り込む。研究室の扉が破られたように見えたのはその瞬間で、即座に日陰は窓とカーテンを閉めた…………その寸前にカーテンの隙間から膨大な光が見えたような気がしたのはきっと見間違いではないだろう。
「ま、間に合った」
研究室が自爆する間に冥利を助けることができ、気が抜けたように日陰はその場へとへたりこむ。
「向こう側からは君の部屋を見ていたけれど、こうして入って見るとやはり見え方が違うね」
「…………なんでそんな余裕なんですか」
今しがた死ぬ寸前だったのに何事もなかったように日陰の部屋を見渡す冥利を彼は信じられないように見る。
「それで、お主の住む場所じゃがどうする? さし当たってはわしが日陰殿に借りておるクローゼットの中を提供してもよいが」
そしてユグドも友人が助かったことをまず喜ぶでもなく実務的な話を始める。冥利を説得する時には珍しく感情的な言葉を口にしていたのに、少し違和感のある反応だ。
「ああ住む場所なら大丈夫だよ。ちゃんと持ってきた」
「…………持ってきた?」
「ほら、これ」
首を傾げる日陰に冥利は白衣のポケットから小さな箱のようなものを取り出す。
「君たちに送ったお風呂場と同じ空間圧縮の技術で作った研究室だ。こっちは外に展開するのではなくこの大きさのまま入る人間を縮小するようにできている。そこの棚の上でも貸してくれればそれで十分だよ」
「へえ、便利ですね」
ミニチュアハウスに住めるようなもので、それであれば日陰だってそれほど気にならない………ん? と彼は疑問が浮かぶ。
「でもつまりそれってあらかじめ用意してたってこと…………ですよね?」
あの瞬間、何かを持ち出す余裕もそんな仕草も冥利はしていなかったのだから。しかも冥利はそれを研究室と言っていて、つまりはあらかじめ自爆する研究室からそちらへと資材なんかも移していたりするのではないだろうか…………そしてそんなことを死ぬつもりの人間がする必要はない。
「もしかして、最初から死ぬつもりなんてなかったってことですか?」
結論として、そうとしか考えられなかった。
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