二十九話 後は天に身を任せる他なし
「冥利さん、大丈夫……かな」
冥利が去った後に思わずといったように日陰は呟く。去ったと言っても実際はカーテンを閉めただけであるのだが、不思議なことにそれだけで世界が隔絶したように彼女との距離が遠のいたように感じる…………だからこそ思わず彼は不安を口にしてしまったのだが。
「まあ、大丈夫ではなかろうな」
それにユグドは慰めるような言葉を口にすることなく、直球で己の印象を告げた。
「えっ!?」
「日陰殿だってあちらの状況を聞いてはおったろう? 冥利殿の環境もあちらの世界の状況も末期に近い。しかも聞いた限りでは処置無しじゃ」
容赦のない言葉が続く。それはつまり遠からず冥利は破滅するだろうし、あちらの世界の戦争は終わることなく壊滅的な状態になるということだ…………そしてそれは回避不可能でありどうにもならない。
「や、でも…………いくらなんでも、世界が終わるまで戦争は」
しないんじゃないだろうかと日陰は思うのだ。このままでは世界が滅んでしまうという状況が見えれば、いくら何でもこのままでは不味いと冷静になるのではないだろうか。
「それに、戦争の原因って水だけど…………結局は他の資源の問題、なんだよね?」
「そうらしいのう」
冥利の世界では鉱物資源などのあらゆる資源を自然から得るのではなく、品種改良によってそれらの資源を肉体に生成する生物から採取するのが基本となっているらしい。しかしその生物を大量に育てるためには水が大量に必要であり、その状況が長く続いた結果水が不足して奪い合いで戦争が始まったのだ。
「でも、よく考えたら自然に資源そのものは手つかずなんじゃ、って」
ふと日陰はそう思ったのだ。生物のほうが安定して資源を生み出してくれるから冥利の世界はその方法で資源を得ることに完全にシフトした…………しかしそれであればもともと自然に存在していた資源は手つかずか、途中で放置されてまだ埋蔵しているのではないかと彼は思ったのだ。
「日陰殿、あまりこういういい方はしたくはないのじゃが…………それは窮地に陥れば皆が最初に考えることではないか?」
「あ」
指摘されて日陰は顔を赤くする。それは確かにそうだ。水不足によって生物による資源採取が厳しくなれば誰だって代替手段を考えるはず。それによくよく考えてみれば向こうはその問題に関して世界単位で頭を悩ませていたわけで、日陰のような凡人が思いつく解決策などとうの昔に向こうでは出し尽くされているだろう。
「まあその辺りのことを冥利殿から聞いたわけではないがな、わしの予想では恐らく一度は日陰殿の言ったような解決策を実行したとは思うぞ」
彼を慰めるようにユグドはそう続けた。
「え、でもそれなら…………」
「それで完全に国々の関係は破綻したのじゃろうがな」
それなら解決したんじゃという日陰の言葉は、その真逆の回答で遮られた。
「な、なんで?」
「なんでもなにも…………当然の帰結じゃろう?」
考えるまでもないとユグドは日陰を見る。
「のう日陰殿よ。水が枯渇しそうで大変じゃから今日から生物から資源を生み出すのはやめて天然の資源を採取しましょうと決まったとするの」
「う、うん」
「では世界中の埋蔵資源を国々で公平に分割しましょうとなるか?」
「…………ならない、かな」
流石に日陰だってそこまで頭はお花畑ではない。
「うむ、当然それらの資源は自国にあるものを採掘せよとなるじゃろうな」
それは当然と言えば当然の話だ。自分の国の生活は自分の国にあるもので賄う。それをわざわざ他国に分配してあげる道理などない。
「そして当然の話じゃがどの国にも都合よく豊富な資源が眠っておるわけではない…………特に領土の少ない小国などはその可能性は低いじゃろうな」
資源がどこに眠っているかは未知数にしても、単純に広い領土があればその可能性は高くなるし狭ければその逆だ。大国は大国であるがゆえに資源の消費をそちらにシフトしても賄える可能性は高いが、そうでない小国は当然立ちいかなくなるだろう。
「もちろん運良く資源の眠っている小国などもあるじゃろうが、そんなものは稀じゃろうしあったとしても飢えた獣の中に餌を投げ入れるようなものじゃろうさ」
持っていない国からすればそれは殺してでも奪いたいものだからだ。
「じゃ、じゃあその奪い合いで戦争に?」
「いや、そうはならんかったじゃろうな」
しかしそれをユグドは否定した。
「な、なんで?」
「戦争するよりもっと簡単な手段があるじゃろう?」
「あ」
言われてみればその通りだ。それは禁止されただけで方法が失われたわけではないのだから。
「うむ、当然資源の埋蔵が少なかった国は従来通り繁殖させた生物から資源を採取する方法へと戻したのじゃろうな」
「でもそれじゃあ…………」
「そうじゃ、水不足という問題に逆戻りじゃな…………当然それを他の国が許すはずもあるまい」
だから戦争が起こった。埋蔵されていた資源を使って水の使用を控えていた国々からすればそれは許しがたい約束破りだろう…………しかしやむを得ず禁を破った側からすれば自分たちは恵まれているのにこちらには枯死することを求めているようにしか感じられないだろう。当然両者が話し合いで済むわけもなく戦争が起こるのは必然だ。
「そしてわかっていると思うが戦争というものは大量の資源を浪費する…………そうなればもう流れはわかるじゃろう?」
「結局みんな水を使う、ってことだよね」
「うむ」
資源は浪費されるがそれを補充しなくては戦争に負けてしまう。そんな状況になれば天然の資源よりも安定して生み出される生物資源のほうが有用だろう。最終的にはどの国も資源を生み出すために大量の水を再び消費していく光景が見えるようだった。
「恐らくじゃが、今更戦争を止めたところでどうにもならん…………一度は止まってもすぐに生存のための戦争が再開するじゃろうな」
もうすでに冥利の世界は全ての人々が生きるには水が足りない状況なのだ。戦争をやめてもそこが解決しないままでは再び奪い合いが始まる…………例えば別世界に新たな水を発見でもしない限り。
「つまるところ冥利殿の世界が救われる方法は二つしかない。一つはこの繋がった異世界への道を公開して別の世界に水を奪いに行くこと」
「もう一つは?」
「運よく人類が生き残ることを祈ることじゃな」
「…………どういうこと?」
それは方法とは言えないように聞こえる。
「つまりじゃな、世界が滅ぶと言ってもそれはあくまで比喩じゃ。文字通り一瞬で世界全てが滅ぶようなことはまずなかろう?」
「…………それはまあ」
核兵器よりももっとすごい爆弾とかがあれば起こりえなくもないが、そんなものでもない限りは一瞬で世界全てが滅ぶようなこともないだろう。
「世界がほとんど滅んでも大抵は僅かな生き残りはおるじゃろう。そしてその僅かな生き残り同士が殺し合う理由はない…………僅かであれば残った資源でも足りるじゃろうからな。進んだ技術は持っておるのだからそんな状況下でも再生は可能じゃろう」
「あー」
嫌な話ではあるがそうかもしれない。
「つまり今は、隅っこで隠れてるのが一番ってこと?」
「そうなるのう」
世界はどうにもならないが、それであれば命運が繋げる可能性はある。
そんなことのできない立場に、冥利はあるわけなのだが。
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