二十八話 違って見えても共通点はある
「いやあ、今日は為になる話をたくさん聞けて良かったよ」
「わしのほうこそ見知らぬ知識の教授に感謝する」
あれから数時間が経過してようやく冥利は満足した表情を見せていた。まくしたてるようにかけられた質問の数々に応対しきれない日陰を見かねて途中からはユグドが主な彼女の話し相手になっていたが、次第に興が乗ったのか二人はそれぞれの世界の技術的な話を語り合うようになっていた。
それらは日陰の全くついていけない話題だったが、だからと言って知らぬ顔で離れるのも空気が読めていないように思えて、結局その横で理解できない話題を聞き続けていた。それはなかなか拷問のような時間でもあったので終わって彼はほっとする。
「やはり柔軟に考えるように努めていても固定観念は逃れられないものだね。異世界という異なる視点の意見を聞くことでここまで新しい道が見えるとは思わなかったよ…………特にそのユグドさんの空間圧縮技術は素晴らしいね。その話だけいくつものアイデアが浮かんだよ」
「わしのほうこそ感謝するぞ。人の感覚ではなく精緻に紐解かれた法則というのは正にこの世の真理ともいうべきものじゃ。その法則をいかにして活用するか…………そちらで作られておる物の数々はその参考になった」
話は終わったはず、なのだが感想戦とでもいうべきものが始まりつつあった。お互い得るものがとても大きかったようで、互いに相手から与えられたものを称賛してやまないようだ。
「ええと、違う世界なのにそんなに参考になるものなの?」
それで思わず日陰は口を挟んでしまった。なにせ二人の世界はかなり違う。日陰の世界と冥利の世界であれば技術体系は違ってはいても同じ科学によって発展した世界だ。共通する項目は多いだろうし自身の世界の技術に当てはめることもできるだろう…………しかしユグドの世界は魔法によって発展した世界なのだ。日陰や冥利の世界が科学によって解決した問題を魔法によって解決している。
物理法則を解析しそれを活用した技術と、物理法則を捻じ曲げる魔法の力では方向性はまるで違うように思える。
「なるよ」
「なるのじゃ」
しかし二人は同時に答える。
「そもそもわしら三人の世界にそれほど大きな違いはない」
「そうだね。根底にあるものは同じだ」
「…………ええ」
全然違うと日陰は思うのに。
「ほれ、わしらの世界全てに共通しておるものがあるじゃろう?」
「えっと…………」
「さっきから何度も会話に出てるものだよ」
当然冥利はわかっているようでヒントを口にするが、日陰にはピンとこない。卑下するつもりはないが彼は自分が凡人であると自覚している。学業の成績も普通だったし、クイズなども答えを見るまでわからないことが多かったから発想力に欠けているのだろう。
「つまりは物理法則じゃ。それがどちらの世界のも存在しおる」
「え、でも」
その物理法則を捻じ曲げることのできる魔法があるのがユグドの世界ではないだろうかと日陰は思う。
「確かにユグドさんの使う魔法っていうのは私たちの知る物理法則を捻じ曲げる…………でもね、捻じ曲げるのであって元から捻じ曲がった法則があるわけじゃない。根底に物理法則は確かに存在して、それを捻じ曲げることのできる現象があるってだけなんだ」
「あー」
ようやく日陰にも理解が及んできた。ユグドの世界だってリンゴと落とせば地面に落ちる。しかしそれとは別にリンゴを浮かせることのできる魔法という現象があるだけなのだ。
「そもそも根底から違っていたらこのように似通った世界にはなるまいよ」
「…………似てる、かな」
「似ておるじゃろう。わしの世界にも人間はおるし、わしと日陰殿にしたってそれほどかけ離れた外見はしておるまい? 根底が同じであるからこそそれほど差異もなく接することができるくらいに似通っておるのじゃ」
ユグドの世界と自分の世界は全然違うと日陰は思っていたが、そう言われて見るとそう違ってもいないのかと思い直す。例えるなら国の違い程度のものなのだ。日本と他の国の人間だって距離が離れるほど違いは明らかになってくるが、では違う種の存在なのかと問われればそうとはならない。それは根底となる種は同じだからだろう。
それは異世界であっても同じで、もちろん血統を同じくしているわけではないが同じ物理法則のもとに生まれた生命というのは一致している。だから日陰やユグドに冥利の世界の生命は多少の差はあれど似通った外見をしているということなのだろう。
「そんなわけでわしらの世界は相互不可能な関係ではない。お互いに何が違っているのかをしっかりと理解すれば自身の世界で再現や応用も可能ということじゃ」
その擦り合わせを二人はずっとやっていたのだ。
「なる、ほど…………?」
言っていることは理解できる。しかしそれは偉い先生の説明を聞いて「へー、そーなのかーと」思う程度であって心の底から理解したわけではない。次の日に同じことを尋ねられても多分答えられないだろう。
「くふふ、まあ日蔭殿はあまり気にしなくていい事柄じゃ…………日陰殿はもっと上からの視点が必要な立場じゃからのう」
「あ、ええと…………」
「気にせぬでよい」
久しぶりにユグドは思わせぶりなことを言って日陰を戸惑わせる。いい加減しっかりと説明して欲しいところだけれど、詰め寄ってものらりくらり受け流されるのが彼には想像できてしまう。
「ふふふ、二人は仲がいいんだねえ」
眩しいものでも見るように冥利が二人を見る。
「え、そんな…………」
「くふふ、そうじゃろう?」
否定的な言葉を口にしそうになった日陰を遮ってユグドが肯定する。戸惑って日陰は彼女を見るが、その表情はまるで子供のように楽し気だった。
「世界が異なっても仲良くできるのに…………同じ世界で争い合ってるんだからあたしらは馬鹿だよねえ」
心の底から、本当に辟易しているように冥利は呟いた。
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