二十七話 見も知らぬ他人なら犠牲にできる
「失敗…………成功ではないのか?」
「本来の目的と違っちゃってるからね。大失敗」
こうして繋がっているのだから成功ではないかと尋ねるユグドに冥利は肩を竦める。
「あくまで同じ世界の中で移動するために作ったもので、異世界に繋げるためのものじゃなかったから」
別の形で結果が出ているとしても失敗は失敗だ。例えば癌を治すための装置で人が倍の速度で走れる身体能力を手に入れたとしても、癌を治せていないのなら失敗には変わりない。
「目的と違っても大した成果ではあると思うのじゃが…………まあ戦争には役に立ちそうもないか」
自分の世界を自由に移動できるのなら、航空機を使えない状況らしいし転移装置は凄まじい利便性を発揮するだろう。それこそミサイルを飛ばさずとも直接起爆寸前の爆弾を送り込むなどすればそれだけ勝利できる。
しかし実際は異世界のそれも日陰の自室に繋がっただけ。それは科学的な成果としては大きいかもしれないが、戦争に役に立つかと言えば否だ。
「そう、戦争の役には立たない…………んだけど、下手したら戦争は終わるかもしれない成果なんだよね」
だから困っているというように冥利は息を吐く。
「え、それってどういうことですか?」
意味が分からずに日陰が尋ねる。
「いやさ、さっきも説明したけどあたしたちの世界は水の奪い合いをしてるんだ」
「それは、はい」
「なんでかって言えば使う量に対してあたしたちの世界にある水の量が足りないからなんだよね」
「…………そういうことか」
そこまで聞くとユグドは察したような表情を浮かべる。しかし尋ねた日陰はまだ理解できていないようで冥利に続きをせがむように視線を向けた。
「つまりさ、日蔭君やユグドさんの世界にはまだ水はたっぷりあるよねって話」
「あ」
そこまで言われば流石に日陰も察する。冥利の世界には限られた量の水しかなかったからそれを奪い合うしかなかった…………けれど異世界という存在が知られれば話は別だ。他にある場所が見つかったのなら自分の世界で奪い合う必要はない。そちらから奪えばいいのだ。
「多分、異世界に行けてそこで水が手に入るなら戦争は終わるんじゃないかな。このまま争いあいながら異世界から水を奪うより協力してことに当たったほうが賢明だからね。直接戦っている現場の人間は当然反発するだろうけど、上はそう判断するだろうさ」
異世界から水を奪うのであれば現地の人間と争いになる可能性がある。そうなれば自身の世界で戦争を続けながらの二面作戦になってしまうし、そのことを知られれば敵国は異世界と接続する技術を奪おうとしてくるだろう…………それだったら最初から敵国と和解して協力してことに当たったほうがいい。独占することのうまみは大きいが、それ以上にリスクのほうが大きいのだから。
「冥利殿の世界にとっては良いことづくめであるように聞こえるが…………何を困る?」
もちろん水を奪われる異世界側にとっては迷惑極まりないが、終末に突き進んでいた世界大戦が平和的に終わり冥利はその功労者として称えられるだろう。それを困るといって奪われる側であるユグドや日陰に明かしてしまっているのは疑問に思える。
「まさかわしらに同情したからとは言うまい?」
冥利と二人はまだ知り合ったばかりでしかない。互いに感情移入するほどまだ交流の時間をもったわけではない。そんな知り合ったばかりの人間に同情して自分の世界を救うという功績をふいにしてしまうようなお人好しなどそうはいない…………少なくともそんなお人好しが目の前の女性のように自由に生きられるとは思えない。
過酷な戦争の渦中でありながら冥利は強制労働させられるわけでもなく自由な研究を続けていたのだ…………彼女はそれなりに政治ができるであろうことををユグドは察していた。
「いやいや、確かにそれが全部じゃないけど同情というか二人に迷惑をかけたくないって気持ちはあるよ。確かに出会ったばかりではあるけれど、あたしにとっても久しぶりに人間味のある対応をしてくれた二人だからね」
冥利の世界はなにせ戦争中だから余裕のある人間のほうが少ない。現実的に不可能な成果を要求しづける上層部に彼女の手柄や立場を奪い取ろうと画策する同僚たち。彼女の研究室に他の人員がいないのは彼女の才能についてこれないというのもあるし、それだけ信用できる相手がいないことでもあるのだ。
「でもまあ大きな理由は技術的な話だよ…………つまるところ上にこのことを知らせてもっと繋がりを大きくしろとか装置を量産しろと言われてもあたしにはどうにもできないからね」
「できぬのか?」
「できないできない」
あっけらかんと冥利はその事実を認める。
「確かに繋がったきっかけはあたしの装置だけどさ、こうして安定して繋がってるのはあたしの作った装置関係ないんだよね。なんせそれまで全く安定しなくていつ暴走しちゃうか冷や冷やしてたような代物だし」
「つまり?」
「話を聞く限りその部屋の力なんじゃないかなあ、今安定してるのは」
だから彼女にはどうしようもない。安定しない空間を繋ぐ装置が偶然に日陰の部屋に繋がったから安定した…………つまりそれ以外の世界と安定して繋ぐのは無理なのだ。
「それにその部屋と繋がってたのも偶然だしね。そちらからはしごを外されたらもう一度繋ぐのなんて多分無理だよ…………そんなもの上に報告できる?」
上に報告してじゃあ証明して見せろと言われたところで繋がりを絶たれたら冥利は終わりだろう。日陰やユグドからすれば冥利の上層部に存在を知られれば自分の世界が侵略される可能性があるのだから当然繋がりを断つに決まっている…………問題はユグドも部屋の持ち主である日陰もその方法を知らないことだが、冥利もその事実を知らない。
「そんなことするくらいなら二人と仲良くして異世界の話でも聞いた方がマシかなあと私は思うわけだね」
だからこのことを報告はしないのだと冥利は言う。
「そもそも無茶ぶりしかしてこない上に忠誠心とか私ないし」
「しかしそれでは成果がなくなるのではないか?」
「それなんだよねえ」
だから困るのだと冥利は溜息を吐く。彼女の言うところの起死回生の一作であった転移装置は失敗に終わり、その副産物である現状も報告することはできない。転移装置の開発に彼女がどれだけの時間をかけたかは知らないが一朝一夕ではないだろう。つまりこのことを報告しないのであれば冥利は時間をかけて何の成果も出せなかったということになってしまう。
「その、大丈夫なんですか?」
「あー、大丈夫大丈夫」
心配そうに日陰が声をかけるが冥利は気楽に答える。
「あたしはほら、一応天才だし上も簡単には切れないから」
あくまで新しい成果を出せないだけでこれまでの成果が消えるわけでもない。一度や二度失敗を挟んだところで問題は無いよと冥利は笑って見せた。
「それよりさあ、日蔭君とかユグドさんの話をもっと聞かせて欲しいな」
「それは構わないけど…………」
答えながら日陰はユグドに視線を向ける。彼にはどうにも冥利が空元気を浮かべているように見えてならない。話を聞いた限り彼女の上司はそんなに優しい相手ではないように思う。過酷な戦争の中でもはや理性的ではなくなっているように思えるのだ…………一つの失敗でこれまでの責任全てを冥利へと押し付ける対象にしてしまうような。
「日陰殿、わしらにできるのは冥利殿の要望に応えてやることくらいじゃよ」
ただそれが想像できても二人に何かできるわけではない。ならば彼女のために自分の世界が侵略される可能性を作るのかと言われれば、肯定などできないのだから。
今できるのはそう…………冥利の望む話を聞かせることくらいなのだ。
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