二十六話 一人じゃどうしようもない
「その、どうしようもなくなる前に対策はとれなかったんですか? 資源が取れる生物の生産を抑えるとか」
「あー、無理無理」
水の奪い合いで戦争になる前にそれが足りなくなることは予見できたはずだ。それであれば事前に生産を調整するなどの対策も捕れたはず、しかしそんな日陰の当たり前の疑問を冥利は手を振って否定する。
「水の問題自体は確かに戦争が起こるずっと前から議論されていたけどね…………結局はどの国も自分の生産を抑えるようなことはしなかったんだよ。他が我慢しろってね」
たとえ遠くで破滅が見えていても自国の発展を優先して見ないふりをする。そういった事例は日陰の世界にだってあったことだ。
「しかもあたしたちの世界は資源が生産できるおかげで技術なんかの発展も早かった…………普通なら少しずつ発展してそれに伴う問題なんかにも対応していくんだろうけど、発展のスピードについていけなかったわけだよ」
何もないところで文明は発展することはできない。何かしらの技術革新が起こったとしても、それを大量に普及できるだけの資源がなくては意味がないのだ。しかし冥利の世界では資源は生産することができた。結果として発展は止まることがなく急速に行われてしまったのだ。
「で、戦争と」
「そういうこと」
「和解点は無いのか?」
「ないね。あるものを分けても足りないから戦争になってるわけだし、負ければ石器時代に逆戻りどころか生きていくのに必要な水すら残らない可能性があるからね」
だから互いに必死に戦う。資源は資源でもそれは文明の維持だけではなく生存に必要なものだから諦めることなどできるはずもない。
「それで冥利殿はその戦争でどんな役割を担っておるのじゃ?」
ユグドは尋ねる。過酷な戦争をしているのだと冥利は説明しているが彼女自身にそれに参加している雰囲気はない。今も自分一人の研究室で二人と話している余裕がある。
「最初にも言ったけどあたしは見ての通り科学者だよ。日之本軍の兵器開発者さ」
「兵器…………戦車とかミサイルとかいうものじゃったか」
日陰の世界の兵器に関してはユグドもある程度の知識はある。
「戦車はあるけどミサイルはもうほとんど使われないね」
「そう、なんですか?」
日陰が思わず口を挟んで尋ねる。兵器というのは技術が発展するにつれ遠距離化していく者だと彼は思っていた。冥利の世界は日陰の世界よりもかなり技術が発展しているようだから、近づく前に全てミサイルで粉砕みたいな戦争になっていたもおかしくないと思っていた。
「ジャミングや対空兵器の性能が高くなってからは飛翔物が目標到達できなくなってね、飛行機なんかも後方輸送以外では使われていないかな…………ほとんど殴り合いだよ、今の私達の世界の戦争は」
だから戦車は使われている。探知装置のほとんどは妨害されてしまうから戦闘の基本は目視距離で飛行物を使えないので移動も陸路か海路。当然移動速度が遅くなるから劇的な機動で相手の不意を突くなんてこともできず正面からの殴り合いになってしまうことが多い…………それも消耗戦になっている一つの理由だろう。
「で、あたしの仕事はそんな状況を打開する新兵器開発というわけだね」
今あるものでは状況が変わらないから新しい兵器を作る。理屈で言えば単純だが問題はそれが作れと言われて簡単に作れるものではないということだろう。
「えっと、できるんですか?」
「もちろんできるよ。だからこそあたしはこういう待遇を受けているのだからね」
手を広げて冥利は自身の研究室を示す。その広い研究室を使っているのは彼女だけ。それは冥利に与えられた権限の大きさを示しているし、彼女の助けに慣れるような助手がいないほどその才能が高いことを想像させる。
「それでも、戦争は終わっておらぬのじゃな」
ぽつりと呟くようにユグドが指摘する。冥利がその待遇に見合った成果を出しているのなら、それはつまり戦局を打開するような兵器を生み出しているということになる。それであれば消耗した状況が続いてはいないはずなのだ。
「それが困った話なんだよね」
冥利は大きくため息を吐く。
「あたしは天才ではあるけれど…………大天才ではないんだよ」
「えっと、それってどういう…………?」
天才であるのなら、それで十分でないかと日陰は思うのだけど。
「あたしが新兵器開発を任されてから生み出した兵器は一つや二つじゃない。中にはいまいちなものもあったのは認めるけど、そのほとんどは実戦投入されて大きな戦果を挙げたよ」
「それなら…………」
「その全てが一月も経たないうちに相手側も同じ兵器を使うようになったけどね」
「え」
「つまり真似をされたということかの」
「そういうこと」
冥利は頷く。
「あたしがどんな新兵器を開発しても二週間もすれば技術解析されて相手側もコピー品を実践投入してくる…………だからあたしの新兵器で得られる優位は一時的なんだよ」
それが戦場に投入される以上は相手側に解析される可能性は必ずある。もちろんその兵器にもよるだろうが例えばそれが戦車などであれば撃破された機体からであったり、下手をすれば鹵獲されて解析される可能性もあるだろう。そしてそれが有用な平気であれば解析した情報を基に再現して実戦投入される…………それで互いの戦力は五分に戻ってしまうだろう。
「相手に解析されないような兵器を作れなんて上は行ってくれるけどねえ…………そんなもの無理なんだよ。相手に解析されないような兵器なんてものはこちら側からしても容易に製造できないものなんだからね。量産できない一点物の兵器なんて戦争で役には立たないだろう?」
だから基本的には既存の生産ラインに乗せられるような技術の範囲内でやるしかない。相手の解析を少しでも阻害するように被撃破時に自戒するような構造にしたりと努力はするが、結局は相手との鼬ごっこでしかない。
「多分だけど、相手にもあたしと同じくらいの頭の技術者がいると思うんだよね。時々相手側の兵器の解析依頼が回ってくるけど、それを見る限りほぼ間違いない」
「なるほど、それで自分は大天才ではないからということか」
「そういうこと」
自嘲するように冥利は頷く。彼女がただの天才ではなく大天才であったら解析されることもなく自国の生産ラインに乗せられるような発明ができただろう。しかし彼女はただの天才でしかなく…………ただの天才であれば他にも存在するのだ。
「そしてただの天才には国は優しくなくてね…………短期的とはいえ成果は出してるのに今度はもっと完璧な兵器を作れと突き上げがひどいんだよ。状況が改善しない理由を全部私のせいにされても困るんだけどね、ほんと」
本当にうんざりしたような表情を冥利は浮かべる。恐らくなのだけどそれは彼女が成果そのものは出してしまっているからなのだろう。成果は出すがそれが上の望んだところまで届かない…………それを繰り返すうちに彼女がもっとちゃんとしたものを作ればというような、戦局が打開されない原因が彼女にあると責任転嫁されてしまったのではないだろうか。
誰だって、特に責任の重い立場の人間であればその責任から逃れたくなる。そう言った人間にとっては半端に成果を出す彼女はちょうどよかったのかもしれない。
「それでここに繋がった、ということなのかの?」
「わかるんだ? ユグドさんは本当に察しがいいみたいだね」
冥利は感心したようにユグドを見る。
「そう、そんな上の面倒くさい圧力を一刀両断にしてやろうと私は誰にも真似できないような画期的な新兵器を生み出すことにした…………転移装置。次元そのものに穴をあけて異なる空間との距離をゼロにして繋ぐ。実用できれば戦局を一気に覆して我が国に勝利をもたらすことができる…………はずだったんだけどね」
冥利は肩を竦める。
「この通り、見事に失敗したってわけだね」
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